ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

戦国時代でバンドやろうぜ!!

桃山ビート・トライブ』の

イラストブックレビューです。

 

豊臣秀吉が天下を治める安土桃山時代。四人の若者が出会い、一座を結成した。
叩きつけるように激しく、驚く速さで三味線を弾きこなす藤次郎。出雲の国一座の笛役者、小平太。信長の従者であった黒人の太鼓叩き、弥助。天性の舞姫、ちほ。彼らは型破りな芸で民衆を熱狂に巻き込み、やがて民衆への支配を強めていく秀吉に立ち向かうことに。

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桃山時代のお話なのに、まずタイトルに「え?」ってなります。「桃山ビート・トライ
ブ」。なぜカタカナ?ビート?トライブってなんだ?ちなみにトライブとは共通の興味
や目的を持つ集団とのこと。この四人の場合は音楽が共通の目的となるのでしょう。
なるほど。

さて、桃山時代。信長が倒れ、秀吉の天下となります。芸術好きな秀吉の時代、お茶や
芸などが盛んに行われていたようです。演奏や歌、踊りを披露する一座もあり、民衆にも人気があったようです。当時の公演スタイルは、笛や太鼓などが座って演奏し、その旋律に合わせて踊り子が歌ったり、踊ったりするものでした。

そこで、三味線弾きの藤次郎はこのスタイルを一新。立って演奏しようとメンバーに提案。三味線と笛は動きも激しく、立って演奏。そしてこの一座、というかまさに「バンド」と呼ぶのがふさわしいと思うのですが、要となるのが太鼓叩きの弥助。彼はなんとアフリカ出身の黒人。彼が叩き出すリズムはこれまでの日本人が聞いたことのないような、それでいて魂がたぎるような激しいリズム。

うわあ、桃山時代にアフリカンなリズムですよ!?聴衆にとって、これはカルチャーショックというか、世界がひっくり返るくらいの驚きでしょうね。そこに、叩きつけるかのように激しく早く弾きまくる藤次郎の三味線と、これまた熱くメロディを載せる笛吹きの小平太。そして中央には、リズムと旋律を身体に染み込ませ、思うがままに跳んだり跳ねたりまわったりする踊り子、ちほ。

こりゃあ、自分この時代に生きていたら、小屋の行列に並ぶよ!スタンディングでこぶし振り上げる!読んでいても聴衆たちの興奮ぶりがこちらまで伝わってくるのです。和楽器の演奏でまさにビートを感じる文章なのです。熱いぜ!

やり手劇場主の戦略的公演により、評判を高めていった藤次郎たち。ついに秀吉の元で演奏せよとの命令くだされます。しかし藤次郎はこれを拒否。上の者たちのやり方に合わせる演奏はしない。あくまでも自分たちがやりたい演奏をする、とこれを突っぱねます。ロックだなあ。

メンバー脱退、小屋の取り壊し、パトロンやその妻子たちへの迫害。身を切られるような思いをしながらも彼らは音楽で、芸で戦っていくのです。桃山時代に、ビートだの、リズムだのといった言葉がこんなにしっくりと馴染むとは!現代の要素を取り入れながらも、しっかりと歴史物語として成立しているのは時代考証がしっかりしているからでしょう。どっしりとした事実に少しずつ創作が混じっているから、本当にあったことなのでは!?と非常にワクワクさせてくれます。古くて新しくて骨太な、時代小説です。

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ヤバい人たちが作り出すカオスは強い引力がある

私が失敗した理由は』の

イラストブックレビューです。

 

 

成功するには失敗しないことが大切。そう思っているものの、なかなか「成功」とは言えない日々を過ごしている落合美緒。ある夜、コンビニで勤務先の同僚と偶然会う。翌々日に出勤すると、その同僚は隣家の一家四人を殺害した容疑で連行されていた。彼女と出会ったのは、ひょっとして彼女が殺人を犯した後だったのか?他人の「失敗」に心をときめかせる美緒だったが。

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登場人物たちのアクが強すぎて、何をしでかすかわからない不安で胸がドキドキしてしまいます。まずは冒頭に登場する美緒。子なし夫婦二人暮らし。かつては共働きで美緒もしっかりと働き、収入も充分にありました。結婚し、妊娠しましたが死産。長くとるはずだった休暇を繰り上げ会社に復帰しましたが、周囲の空気に耐えきれず退社。鬱気味となったために引っ越しをして、最近ようやく落ち着いてきたので近所のスーパーでパートタイムで働き始めたのです。

普段は人と関わらないようにしている美緒ですが、同僚のおばちゃんが「練馬に引っ越すの」と一言漏らしたところから彼女の心に火がつきます。東京に住む!いいな!私も暮らしたいな!そうだ23区がいい、港区かな!?と思考が暴走して、これまでになく周囲の人々にも陽気に受け応えをしています。もともとパワフルで、自分の思うように強引に物事を進めることを得意とする美緒は、以前の彼女に戻り始めたようなのです。でもちょっといきすぎなんじゃない?というような余韻を残しながら。

彼女の同僚が連行されたと知ると、美緒の中には歓喜とときめきの波が湧き上がります。そして、他人の「失敗」を集めて一冊の本にしようと思いつくのです。こんな失敗した人でも頑張っているよ、というところを描くのは表向き。裏にある本音としては、人の失敗はみんな大好きだから、みんなで楽しめばいいじゃない、といういやらしい部分を遺憾なく発揮した考えのもとです。

出版社に勤める元彼を誘導し、会社をやめさせ、出版社を立ち上げさせ、そして共に本
を作ろうと持ちかけます。男のほうも、強引な美緒に辟易しながらもうまく転がされて、言われるがまま。よ、弱い…。こうして、殺人犯の疑いをかけられてしまった美緒の職場の同僚、かつて大人気だったが借金を抱えて自己破産し、あの人は今状態になっている作家など、いろんな失敗を経験した人物を見つけ出してきては、取材を取り付ける美緒。何気にすごい手腕です。

しかし取材をした人たちにも変化が訪れ、やがて大逆転の人生に…?
そうした彼らの失敗からの大成功を目にした美緒は。

もうすごいです。登場人物たちが、お前それダメだなあってことを必ず何かやっています。つまり全員が「失敗」経験者なわけです。それをまた、他人や環境を恨んだり、運のせいにしたりして、さらに自分より不運な人間を笑う。負の連鎖です。

そして彼らにふりかかる災難の数々。よくもまあこんな展開を思いつきますね、といったカンジでもうカオスです。もはや失敗とは、不幸とは何なのだ?とその概念があやふやになってきてしまうほどです。これでもかこれでもかと重なる不幸の連続に、ラストはどうなってしまうのか、そして殺人事件の真相は何なのか、まったくもって予想がつきません。

イヤミスとは言いますが、悪意のリミッターが振り切れすぎるとなにやら笑えてくるものなのだなあと。もはやエンターテイメントと言えるのでは。さらに著者が自身の過去の作品を登場させ、登場人物に「かなりくだらない作品」とさんざんディスらせています。そして思いがけない形で著者自身が登場したりして…。センスあるなあ。これはもうユーモアの領域でしょう。ということで、この物語の読後感はうわあ…うわはは(乾いた笑い)。そして作家をむやみにディスるのはやめようと強く感じたのでした。
(いや今までもディスっていませんけどもね)

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都会の夜が人をやさしく包み込む

おやすみ、東京 』の

イラストブックレビューです。

 

午前一時、東京の夜では思った以上にさまざまな場所や場面で誰かとすれ違っている。
映画会社で撮影用の小物を調達しているミツキは、深夜に「果物のびわ」を朝9時までに探すように言われ、夜のタクシー「ブラックバード」の運転手、松井に協力を求め、夜の街を探しまわる。わずかな違和感、寂しさ、記憶を抱えた者たちが夜の都会でつながっていく。

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24時間スーパーなどをまわっても、びわは見つからず。ミツキは、カラスの生態に詳しい彼氏に、ダメ元でメールで問い合わせたところ、何とびわが今なっている木が近くにあるという返事が。松井の運転するタクシーで向かってみると、びわのなる木を発見!しかしその木にはすでに先客がのぼっていたのです。恐る恐る声をかけると「びわ泥棒よ」とのお返事が…。

びわ泥棒は可奈子という名の女性。彼女に誘われるまま、住まいであるアパートにお邪魔して、毎年この木のびわを使って作るというびわ酒をご馳走になります。松井は運転があるので香りを楽しむ程度で。それから可奈子が取ったびわをひと枝もらって、安心して帰路に着いた可奈子なのでした。

こうした、ちょっと不思議な出来事からはじまり、出会う人たちが少しずつ関係しながら東京の夜を映し出していきます。電話を処分する女性、探偵と名乗る男性、その男性が常連客だった食堂で働く女性、加奈子の弟、ガラクタを売り物とし深夜だけ開く店の店主。

そんなんある?そんな人いる?でもちょっといるような気もするね…。
というギリギリのラインで、偶然や必然が重なりあっていきます。それもクッキリとしたものではなくて、うっすらとしたした様子で。それは、登場人物たちが、直視してしまったら強く期待してしまう分、希望した結果ではなかった場合の絶望が強くなってしまうために、あえてそのような目線を持たせたのかもしれません。

おとぎ話を信じられなくなった大人たちが、目の前の偶然や事実に魔法のような力を
感じる。東京の夜は冷たいようでちょっぴり温かくて、不思議な偶然があちこちに散ら
ばっている。そんなことを感じさせてくれるステキな物語です。

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大正から令和まで その歴史を刻んできた東京會舘

東京會舘とわたし 』の

イラストブックレビューです。

 

東京、丸の内大正11年に創業した東京會舘
関東大震災、空襲、GHQによる接収など、歴史の荒波にもまれながら、人々を
受け入れてきた、建物の物語。

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東京會舘は大正十一年に、庶民の社交の場として建設されたそう。庶民ですよ!
とはいえお金持ってる庶民ですね。それと、頑張って稼いだお金でやってくる庶民。
役割は主に宴会場。パーティーや結婚式、そしてショーなんかも行われたようです。
昭和になってからは料理教室も開催されています。メニューは、會舘レストランで
出すものと同じ。レストランの味をご家庭で、がコンセプトですってよ奥さま!

この料理教室は「大家さんと僕 これから」の大家さんも通っていらしたとか。
本書には料理教室の先生、つまりレストランのシェフも登場するわけですが、
在りし日の大家さんもこのシェフからお料理を学んでいらしたのかしらと思うと
何やらほっこりします。

前半では、クラシック演奏会、戦時中の結婚披露宴、戦後に生まれたオリジナルカクテルなどがテーマにあります。それぞれ利用する客や、スタッフが主役となり、會舘の内から外から会館での出来事が描かれています。

個人的に気に入ったのはオリジナルカクテルの誕生物語です。戦後GHQに接収され、建物の名前も「アメリカン・クラブ・オブ・トーキョー」と変わり、高級将校のための宿舎とクラブへと役割も変わります。そのバーで働く桝野と、その先輩の今井。彼らはアメリカ兵たちに酒を提供していますが、ある時、マッカーサーが訪れ、昼間からの飲酒を禁止されてしまいます。そこで開発されたのが…。

酒に見えないカクテルです。見た目は何とミルク!ミルク入りのジン・フィズなんですって。いったいどんな味なのか…。モーニング・フィズと名付けられたそのカクテルは、現在も會舘風GinFizzとして提供されています。グラス上部に泡がふんわり。お酒らしからぬ白い見た目はとても興味をそそります。機会があったら是非試してみたい一杯です。

このカクテルが生まれたのは、寝ても覚めてもバーのことばかりを考えている男たちです。バーテンダーという立場ですが、アメリカ人の支配人相手に、自分のすべき主張をハッキリとするのです。それは、自分のバーテンダーという仕事に、この場所で働くということに自信と誇りを持っているから。

本書には新人からベテランまで数多くの東京會舘のスタッフたちが登場します。彼らは
誰もが自分の仕事に決して妥協せず、進化することを恐れず、また良い部分を守る事に力を注いでいます。そしてお客様に対しても、丁寧過ぎず、かといって馴れ馴れしくもない、絶妙なサービス具合なのです。

その心地よいサービスが出てくる理由というのは、彼らがお客様を「人間」として捉え、自らも「人間」としてお客様に接するからなのかなと感じました。お客様の人生に寄り添い、會舘と共に受け入れる。そんな空間を作り上げているのは、そうした彼らの血の通ったプロフェッショナルな思いなのかもしれません。

上巻は創業の大正から戦後経て、改修前の昭和時代を。
下巻は回収後の昭和から、平成までの時代を。
それぞれの時代、會舘を通してお客様や従業員の様子を描いていきます。変わっていくものと変わらないもの。そこに存在し続けるからこそ、多くの人々の心に残ることがあります。東京にこんな場所があったのは知らなかったけど、あってよかった。自分もその存在の歴史の一部に参加して、レストランやバーの昔ながらのメニューや、新しい味を試してみたいなあ。そんな風に思う物語でした。


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詐欺師たちによる騙し合いの結末はいかに!?

オレオレの巣窟』の

イラストブックレビューです。

 

オレオレ詐欺を組織的に運営し、成功させている平田は、奨学金の返済に苦しむ真奈美と
出会い、互いに惹かれ合う。裏社会から足を洗おうとする平田だが、闇の世界は彼を離そう
とはしない。イケメン結婚詐欺師や、出会い系サイトのサクラなどが加わり、騙し合いが
繰り広げられる。

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入念な台本づくり、「架け子」と呼ばれる電話をかける担当者への徹底した教育、「受け子」と呼ばれる受け取り担当者からは上の人間の正体は絶対にわからないようになっているシステムなど、オレオレ詐欺のやり口が詳細に描かれています。これを組織化、運営する平田は「金があるところから奪っているからいいのだ」という理論のもと、部下を教育し、その信頼を集め、儲けています。地頭が良く、人を惹きつける魅力を持つ平田ゆえの成功と言えるようです。

そんな平田と出会ったのは、奨学金の返済に困窮し、ヘルスで働くことになった真奈美。都内の一流私立大学に合格したけれども、奨学金を利用しても学費や生活費を捻出するために、ほぼアルバイトに費やした四年間を過ごし、卒業してもなお奨学金返済に困り、風俗で働き始めます。勉強ができる子なのに、といたたまれない気持ちになりますが、救いは真奈美がスレていないことでしょうか。借金さえなくなればすぐにもとの生活に戻れそうな清廉さと強さを持ち合わせているように見えます。

平田が真奈美の借金を肩代わりし、真奈美は平田が紹介してくれたキャバクラで働きながら、平田に借金を返していく、という形を取り、二人は仲を深めていきます。真奈美の水商売に染まり切らない部分が、平田の心を動かし、闇の世界から足を洗おうとするのですが、そう簡単にはいかず、身の危険まで訪れて…。

一方、結婚詐欺師も登場します。竹崎は、独身で歳のいった、小金をもっている女性をターゲットとし、運用の指導をしますよ、と持ちかけ口座開設のパスワードを盗み、資金を掠めとるという手口で騙します。そこに引っかかったのは、お世辞には美人とは言えない、体型も太っている貴美子。竹崎に騙され、貯金を失います。自暴自棄になっていたところで一人の老人と出会うのです。そこから貴美子の第二の人生が展開していきます。

オレオレ詐欺グループのトップ、その愛人のキャバ嬢、グループ末端の人間、結婚詐欺師、それに騙された女性。それぞれの関係が巧妙に絡み合いながら、騙し騙されの展開が繰り広げられます。人を騙す鮮やかな手口に目がいきがちですが、騙された人間がどのように自分の人生を取り戻していくかが大事な見どころです。

詐欺という社会悪を、多彩かつスピーディーな展開で描き、読者を引き込んでいくエンターテイメント小説です。

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始末をつけるのは借金と叶わなかった妹の恋心

始末屋』の

イラストブックレビューです。

 

吉原で、客から借金を取り立てる始末屋「だるま屋」で働く直次郎は、花魁・真鶴から
依頼を受ける。妹分、花菊の首を絞めて逃げた男を探し出し、百両を取り立てて欲しい、
と言うのだが。

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吉原で妹のしのを亡くし、それから心を閉ざし情け容赦なく借金の取り立てをしてきた
直次郎ですが、真鶴の依頼を受けてから少しずつ様子が変わってきます。取り立てた男の子どもの様子を気にしたり、離れかけた花魁と男の間を繋いでやったり、他人の気持ちを思いやるような様子がでてきたのです。

そんな直次郎の様子を、嬉しくももどかしい思いで見つめているのが、「だるま屋」の
一人娘、お蝶です。お蝶は直次郎に思いを寄せ、何かと気にかけているので、直次郎が
他人に心を開いてきた嬉しさと、それが真鶴のせいであることに嫉妬を感じ、その心は
千々に乱れます。

そんなお蝶に惚れているのは、同じだるま屋で働く、直次郎の兄貴分である伊八。
取り立てに失敗すればだるま屋自体が存続の危機に見舞われるという、真鶴の依頼も
気に食わず、直次郎には何かと突っかかる伊八。しかし、直次郎が人に目を向けはじ
める変化を感じたり、その過去を耳にしてから取り立てに協力することを決意します。

こうして直次郎と伊八が協力して、花菊を傷つけた男を追い詰めていくのですが、花菊の様子がなんだかおかしいのです。その姿は、直次郎に、亡くなったしのが語った恋心を思い出させます。

閉ざされた吉原の世界で、色を売る女たち。客と恋仲になることもあるでしょう。しかし、好きになったからといって、すぐに一緒になれるわけではありません。膨大な揚げ代を払える男性でなければ、吉原から女を連れ出すことはできないのです。

運良く出れたとしても、吉原で幼い頃から育った女たちは江戸の町の様子や常識を知りませんし、周囲から「女郎あがり」と指さされることもあります。一見華やかに見える吉原の世界は、金にがんじがらめに縛られ、身動きできない女たちがひしめきあっているのです。そんな女たちが羽ばたけるのは、好きな男性と共に過ごす時間なのかもしれません。

吉原の世界で生きていくことも、出ていくことも命がけ。吉原に来る客も、借金の取り
立ても、みな生きている証を得るために、仕事をし、愛する人を守っていこうとしているのではないでしょうか。彼らの、熱い息遣いと鼓動が聞こえてくるような吉原の物語です。


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豊かな自然の中で命と喜びが染み込んでくる

いとの森の家 』の

イラストブックレビューです。

 

緑に囲まれた小さな村に引っ越してきた小学四年生の加奈子。都会との違いに戸惑い
ながらも、その豊かな恵みに満ちた暮らしに魅了されていく。そして、森で出会った
おばあさん、おハルさんと交流を重ねるうちに命の重みや死について、そして生きる
ことについて考えていく。

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父が家を建てたため、都会の団地から田舎へと引っ越してきた両親と姉、妹、そして
加奈子の一家。はじめて学校に通う日、道路の上に潰れたカエルがたくさんいて、
その匂いや見た目に気分が悪くなってしまった加奈子。無理もないとは思いますが、
この先の田舎暮らしに馴染んでいけるのか?と少々心配になってしまいます。

ところが、クラスのみんなが対戦して遊んでいたオケラに興味を持った加奈子は、
はじめてできた友達、咲子とオケラをとりにいきます。茶色く、小さなオケラはお腹を
そっと押すと手のカマをふわっと広げます。この様子がなんとも可愛らしく、大事に
持ち帰ります。

残念ながらオケラを使った戦いは、先生に見つかり中止となってしまいます。
しかし、それは加奈子にとって虫の命を考えるきっかけとなったようです。

加奈子身の回りには、様々な出来事が起こります。
自転車から落ちて転び、膝を擦りむいたこと。
蛍を見に連れて行ってもらったこと。
小さな妹が怪我をして、病院に向かったこと。
習字の先生から借りた本と、先生と本の話をしたこと。

それらの出来事は、おハルさんというおばあさんを通して命や生きることを考えることにつながっていきます。

おハルさんは森に住むおばあさんで、死刑囚の慰問をしています。ある日、おハルさんは、身寄りのない死刑囚のお骨を持ち帰ってきます。おハルさんの家にやってきた加奈子と咲子にもお祈りしてくれないか、とおハルさんは言うのですが…。

見たこともない話したこともない、悪いことをした人になぜ祈らなくてはならないのか?なぜその人たちの話を聞いてあげるのか?
死んでいくってどういうことなのか?
その人が死んでいいなんてどうやって決めることができるのか?
生まれてきて、生きていくってどういうことなのか?

たくさんの思いが、加奈子の小学四年生という素直な心と目線でいきいきと描かれて
います。何気ない日々の出来事や自然の営みが、命としてつながってきているのだと
いうこと。加奈子は、そうしたことを肌で感じ取っているようです。

豊かな自然、小さな妹のはじけるような生命の輝き。そして死刑囚の命。実りある美しい自然と素直な加奈子の心は、忘れかけていた「命」や「喜び」についての感覚を鮮やかに蘇えらせてくれるのです。

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