ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

喋りたい女たちと「スマート泥棒」の関係とは

スマート泥棒   』の

イラストブックレビューです。

 

巷を賑わせる「スマート泥棒」、略して「スマドロ」は白昼堂々、人が在宅している
ところに盗みを働く泥棒。被害に遭った主婦、サロンの女社長とその妹、犯人の
幼馴染など、犯人と関わった女性たちが被害の様子や自分の事を語っていくうちに、
彼らの人間関係も明らかになっていき…。

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スマート泥棒は男性の二人組。イケメンのほうが女性の相手をしている間に、もう一人が家の中を物色するのです。被害に遭った女性たちも、それはもうクセの強い方たち。何なら自らすすんで、今、被害に遭いにいきます、といった様子。それも彼女たちの生い立ちや、今抱えている困難な状況などが原因となっているようで。

夫の兄の子供を産んで欲しいと頼まれた主婦。
夫を亡くし、IQの高い一人息子と暮らす、サロン経営者であるシングルマザー。
アラサーにしてアイドル活動を続けているその妹。
スマート泥棒の中学時代の同級生で、現在はスリ師の女性。

何ら関わりのなさそうな彼女たちですが、実は少しづつ繋がっていて、それも「スマート泥棒」と関わったことでその関係性が明らかになっていくのです。最初の被害者の主婦も、ただのおしゃべり好きな被害者から泥棒との関わりを聞くうちに、かなりヤバイ人なのでは?と思わせ、しかし最後はなぜか同情すらしてしまう。これは著者の思うツボなのでしょうか。

彼女たちの語りはそんなことの繰り返し。中には共感できずじまいの女性もいますが。
どちらにしろ、呑気に過ごしてきたとはとても言えないような生い立ちや、苦しい現実と向き合っている女性たちです。だからこそ、スマート泥棒の手の内にコロッとハマってしまったのかもしれません。

そして面白いのはなんといっても登場人物たちの関係性。複雑に絡み合ったその関係を、各女性が語った最後に相関図として示されます。一人話すごとに、相関図の中の人物が書き加えられていくのです。図があることによって、より時系列的に、そして関わり方が明確になり面白さが倍増します。

被害に遭った女性たちは、本当に被害者なんでしょうか?
被害に遭ったのは金品以外のものもあったのかもしれません。場合によっては被害と言い切れないのでは…ということも。スマート泥棒を介して見えた、女たちの多面性の描写が見事な、エンタメミステリー小説です。

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夢は何度でも書き換えられる

秋葉原オーダーメイド漫画ラボ 

今日から「0課」担当します!』の

イラストブックレビューです。

 

子供の頃からの夢だった漫画家になれた月高アユムは連載を打ち切られ、アラサーに
して職を失う。失意のどん底秋葉原の街をさまよっていたところ、ある女子高生から
声をかけられ、スカウトされる。そのスカウト先とは、彼女が社長を務める、あらゆる
ものを漫画にするという会社だった。

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連載漫画の打ち切りを告げられ、途方にくれ、秋葉原の街を彷徨っていると、キラキラした女子高生がアユムに声をかけてきました。そして彼女は言うのです。

「貴方を、あたしにちょーだい?」

男性ならば喜んで尻尾振ってしまいそうなセリフですが、アユムは28歳の女性なので
驚くばかり。漫画家としてのアユムのこともどうやら知っているようなこの女子高生は
胡桃叶絵。あらゆるものを漫画にする会社、秋葉原オーダーメイド漫画ラボの社長なの
だと言います。アユムの前職を知ってのスカウトなのですが、その仕事は漫画を書くことではなかったのです。

企業や個人を扱う他の部署とは扱いの異なるお客の担当をする。それがアユムが働くことになった「0課」のお仕事です。なぜ扱いが異なるのか、それはちょっと面倒なお客様だからなようで…。

メイドカフェで働く若い女性が、自分のための名刺を漫画付きで作って欲しい。
ついてはその漫画を自分が描いたことにしたい。

初恋の女性との出会いを漫画にして、ネット上に拡散したい。
それに反応して、相手の女性が現れてくれたら嬉しい。

と、ちょっとクセのある依頼者たち。メイドカフェで働く姫井メイ(18歳)が本当に望んでいることは何なのか。そして、姫井が気に入った絵柄を描く漫画家・すみのと、3人での会話の中で次々に明らかになっていく姫井の本質と無意識下にある希望、そしてそぐわない現実。漫画家として挫折したアユムにもザクザクと心に刺さる言葉が飛び交います。夢を追い戦い続ける者、新たな戦い方を知る者、戦いをサポートする者。
三人はそうした勇者たちのように目に映ります。

そして漫画により、初恋の女性を探し出そうとしている男性、永坂雲行(40代)。この件にはなぜかクルミ社長から中止せよとの命令が入ります。永坂の話の内容にいたく感激していたアユムは納得がいかず、自身でこの話を漫画にしようと思いつきます。そうして完成した漫画を永坂に引き渡したのですが…。

初恋の女性から「夢は叶う」と言われ、何十年もその言葉を信じて作家になるべく
待ち続けていた永坂。その夢の形は自分の都合の良いように変えられ、作品を
作るための努力をする方向には向かなかったようで。そして彼が知った初恋の
女性の真実と自分がやってきたこと、そして待ち受ける絶望しか感じられない未来。

ショックを受ける永坂にアユムは声をかけます。

「私は・・・夢の形は、常に変化し続けるべきだと思うんです!」

漫画家としての夢を挫折してしまったアユムは、一度漫画を描くところから身を離し、
依頼人の心の奥底にある希望を見つけ、形にすることに光を見出しています。
雑誌に掲載されるわけではないけれど、他人の夢を漫画にして表す、という形に
夢が変化しているとも言えます。

人間は成長していくし、環境も変わっていくものです。そうした中では夢を変化させて
いくことはごく自然なことであるのかもしれません。自分の変化に気づくことなく同じ状態で夢を見続けているから、現実との齟齬によって自身の中に不具合が発生してしまうのではないでしょうか。

アユムには、無理矢理丸めこむオチをつける、という特技があります。連載打ち切り
によって無理矢理ラストを作った経験から身についた能力ですが、それが夢を見ることに否定的な胡桃を救うことになります。挫折したから巡り会える夢もある。
そんな風に感じる物語です。

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思いやりでつながるステキな他人の関係

大家さんと僕これから』の

イラストブックレビューです。

 

初めて出した単行本が大ヒットとなり、一躍時の人となったぼく。
忙しい日々を送るなかで大家さんとの楽しい日々には少しの翳りが見えてきて…。
感動の物語、堂々完結。

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トホホな芸人、カラテカ矢部さんと80代の大家さんとのほっこりとした日常を描いた
「大家さんと僕」の続編。大家さんからのおすそ分けは鮎とともに魚焼きの網が、肉まんとともに蒸し器がセットでついてくる、そんな大家さんは電子レンジが苦手なんだとか。何でも過去に爆発したことがあるんだそうで・・・(汗)。

高齢でありながら、丁寧な暮らしぶりの大家さんからは、学ぶことがたくさんあります。電子レンジは使わない、など身の回りのことから戦時中のことまで、淡々と大家さんは語ります。疎開先での出来事、玉音放送を聞いたときのこと。空襲があったために部屋の明かりはごくわずかなものにしていたこと。

そして、フロア配置が完璧に頭に入っているほどに利用している伊勢丹。上品でお金持ちな大家さんだから利用されているのかなと思っていたのですが、伊勢丹は大家さんが5歳のときにオープンして、17歳の終戦GHQに接収され、25歳の時に戻ったのだそうです。華やかで訪れるだけでも楽しめる伊勢丹は、大家さんの歴史とともに存在しているのです。人の人生に寄り添う伊勢丹。ファッションの最先端発信基地というこれまでの観点とはまた違った目で見えてくるようです。

矢部さんの後輩で、大家さんのお庭の草刈り要員であるのちゃーんさんもイイ味出して
います。ウェイウェイ系で意味不明な言葉を発しているのですが、草刈りの仕事ぶりは丁寧で、なぜか大家さんとも話が合うという。矢部さんのオロオロとしたツッコミももろともせず、ノリで会話を進める。そんなのちゃーんさんに嫉妬したりする矢部さんも素直でかわいいですね。

豆まきや季節の行事を楽しんだり、時には外で食事をして昔の話を聞いたり。互いの友人達と交流したり。おすそ分けをいただいたり。大家さんと矢部さんの、ゆっくりとした、あたたかでやさしい時間に胸が暖かくなります。しかし、そんな時間も翳りが見えてきて。

大家さんが亡くなられ、その後のお話も掲載されています。大家さんが語るお話を
矢部さんが描くと、とても詩的に、言葉にできない感覚が画面の中に現れているように感じます。一作目に比べて、その間合い、テンポがより洗練されていて、2人のやりとりがじんわりと胸に染み込んでいくようです。

他人同士でありながら、思いやりでつながる2人の関係は、多くの人の心に灯をともしてくれました。一人の女性が歩んできた道を、あたたかで素直な目線で、戸惑ったり感動しながら矢部さんが描き、読者は大家さんの人生を通して、その道を見ることができ、今の恵まれた時代を改めて実感するのです。今の時代を生きていること、ステキな二人の関係を知ることが出来たこと、いろんなことに感謝したくなるコミックエッセイです。

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大事な「家族」の悩みを解決。江戸の『けもの医』物語。

お江戸けもの医毛玉堂』の

イラストブックレビューです。

編集

 

腕は確かだが、無愛想なけもの医者・凌雲と、しっかり者のお美津の夫婦が営む
けもの専門の養生所「毛玉堂」には、今日も問題を抱えた動物たちがやってくる。
ある日、お美津の友人お仙から、八歳の少年善次の世話を頼まれて、面倒を見る
ことになるのだが。人と動物の、理解しようと心を寄せるあたたかな絆を描く物語。

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夜になると、突然襲いかかるようになった猫。
耳の後ろにハゲができてしまったウサギ。
飼い主夫婦に赤ん坊が生まれてから粗相をするようになってしまった犬。

江戸の時代もペットを可愛がる飼い主の気持ちはみな同じ。大事にしながら、共に
暮らして来たというのに、問題を起こすようになってしまった動物たち。病気なのか、
ストレスなのか…。飼い主である人間に害を及ぼすようになっては、一緒に暮らす
ことも難しいのでは…。

悩める飼い主たちは、動物のお医者さんである凌雲に相談します。かつて人間の
病や怪我を見ていて、名医と言われた凌雲。動物たちの見立ても簡潔で鋭く、観点は
あくまでも動物の立場に立ったもの。動物は、人間の言葉や常識を理解するわけでは
ない。だから人間の考えを押し付けるものではない、と主張します。

動物に対するしつけや、良かれと思っていた飼い主の行為は、結局は飼い主の自己満足
のためだったのでは。そんな解釈に、現代人の我々にもハッとさせられるものがあります。動物は動物として生まれ、本来であれば仲間と共に自然の中で生きていくところを、縁があって人間と暮らすことになったのです。ですから、動物が望むような環境にしてあげて、彼らが心地よく過ごせるようにしてあげるのが人間のすべきことなのではないか。そんな凌雲の言葉は、この現代ペットと暮らす私たちにも、そのあり方について改めて考えさせられるのです。

そうした動物たちとのやりとりを中心に、お美津が抱える凌雲との距離感についての
悩み、チャキチャキ美人だけど思いを寄せる男性には弱いお仙、事情がありそうな
八歳の男の子善次など、それぞれの登場人物たちが主役脇役関係なしに、生き生きと、
くっきりとした輪郭を持って動き回ります。

彼ら登場人物たちの一人一人が懸命に、自分のやるべき事を全うしようと真摯に
生きる姿、そして人が人を、人が動物を、そしてまた動物が人を思い合うその姿に胸が
熱くなります。動物の問題も、人の問題も、すべて関わる人間次第。相手を理解して
いるのだと過信することなく、一方的に思い込むことなく、誠意を持って付き合って
いきたい。そんな風に感じる物語でした。

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追い詰められた状況における『カラダの声』の役割とは

自分がとても危うい場所に立っているように感じることがあるでしょうか。
顔が青ざめるような状況で、身体の奥でたぎるものがある。
そのたぎる何かに従って行動することは、目の前の状況に目をつぶっているだけ、
と周囲の人は言うかもしれません。しかし、その熱いものに流されていくことで、
燻っていた閉塞感や絶望も流されていくのです。
これは、そんな男女それぞれが感じる欲望と絶望を描いた物語です。

 

 

結婚式を控え、従兄の賢次と久しぶりに再開した直子。かつて何度も快楽を貪り
あった、そして直子にとってはじめての男でもある。挙式までの五日間、再び身体を
重ねる、出口のない二人の行きつく先とは。
 

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一時期は兄妹のように過ごした賢次と直子。実家を出てそれぞれが一人暮らしをして
いた頃、いとこ同士でもあるせいかしっくりと肌が馴染み、毎日のように肌を合わせて
いた二人。賢次が元妻と付き合いだした頃から二人は自然と離れていったのです。

賢次は、結婚し娘も生まれましたが、自身の浮気が原因で離婚し、勤めていた銀行も
退職。会社を立ち上げますが、震災の煽りをくらい、融資を受けてとにかく続けるか、
それとも潰してしまうのがいいのか、と悩んでいます。

そんな中、直子が結婚するという話を聞き、懐かしい気持ちになります。直子から直接
電話が来て、買い物と機械のセッティングの協力を頼まれ、ひさびさに再開をした二人。あと数日後に挙式を控えた直子から誘われ、ふたたび身体を重ねます。

二人の関係は、恋人同士というのとは少々異なるように感じます。身体の相性はとても良いようですが、兄妹がじゃれあっているような、動物同士がグルーミングして、気持ち良さそうにしているような、そうした行為の延長のよう。場所を変えたり、設定を変えたりかなりハードに交わっていますけれども、男女のねっとりとした感情のやりとりが感じられません。

直子の体調が良くない時もつきっきりで看病したり、食材を買い込んで手の込んだ料理を作ってあげる。賢次の面倒見の良さは、妹を大切に思う優しさを感じさせますが、身体を合わせる時には自分の中のドロドロとした部分をぶつけているようで、賢次の闇の深さというか、奥底の見えない様子を感じさせます。

賢次の、家族を失い、会社も失いそうな不安。会社を畳んで整理し、一から出直すことが最適だとわかっているのに、目を向けようとしないこと。
直子の、結婚相手との新しい生活への不安。賢次に対してするように、自分をさらけ出すことはこの先ないのだ、という諦め。
そして、世の中の、原発事故や放射能に関する情報に不安になり、振り回され、それを胸の奥底に抱えながら見えないふりをして、日常生活を営む人々。

誰もが足場が不安定な、大きな火口の淵に立っているのです。そして、穴の底には普段は隠している不安、諦め、絶望が渦巻いています。それを押し流すことができるのは、
セックスによる身体の熱だけなのかもしれません。身体の声だけを聞き、頭の中を空にすることで、次への一歩を踏み出すだけの力を持てるのではないでしょうか。

火口に立ってみなければ目にすることのない欲望という名の熱の塊は、絶望の淵に立った時にこそ、よりいっそう熱く燃え上がっていくものなのかもしれません。そんな欲望をむき出しにしたカラダの声を聞くことで、自らを浄化する。セックスはそうした役割も持っているのかもしれないと思う物語です。

デパートの売り上げを支える外商の奮闘ぶり描く

上流階級 富久丸百貨店外商部 』の

イラストブックレビューです。

 

神戸の老舗、富久丸百貨店芦屋川支店で外商員として働くことになった鮫島静緒。
高級住宅地をまわり、お客様に買い物をしていただくのが彼女の仕事。そのノルマは
月1500万円。一筋縄ではいかないお客たちに、ライバルの本物のセレブ出身の若手男性
社員。次々と出てくる難題を解決すべく、静緒は奔走する。

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高校を卒業して製菓の専門学校へ、そこから地元の洋菓子店に勤めてパッケージデザインや売り込みなど、洋菓子づくりそっちのけで、自分の店の洋菓子を販売してきた静緒。その仕事ぶりが目にとまり、富久丸百貨店へと引き抜かれます。

百貨店では、地下の洋菓子売り場の販売員から、企画販売を手がけ、静緒が担当した
ワンフロアに食品、服飾、こども用品などを配置した、ママに優しいデパートづくりは
大ヒットして、今も売り上げを伸ばしています。

企画力、販売力ともに優れた静緒は、芦屋のセレブ担当、外商部へと異動になります。
伝説の外商と呼ばれた葉鳥が退職することになり、後任者を決めるためだとか。
食品の世界しか知らなかった静緒は、葉鳥からアドバイスを受けつつ、外商の仕事に
力を入れていきます。

ライバルは、本物のセレブ出身の若手男性職員、枡屋。何と彼自身も外商口座を持つと
いう金持ちのボンボンです。何かにつけ、彼から目をつけられ、嫌味を言われる静緒
ですが、黙っているわけではなく、きっちりやり返しています。そう、静緒は黙って
耐えることはしません。自分の主張はハッキリとします。相手が間違っていたら、誰に
対しても「間違っている」と言うことができます。もちろんお客様相手の場合は上手に
ぼかして伝える賢さも持ち合わせているのです。

そんな静緒ですが、外商という仕事は、金持ち相手の仕事でしないのではないか。
そんな風に考える自分は外商に向いていないのではないか、と悩みます。
葉鳥からの提案で、あるセレブのお宅が長期間家を空けるため、留守中家に住んでくれる人間を探しているから、住んでみてはと言われます。お金持ちが住むエリアに住めば、その感覚もいくらかわかるのではないかと考えた静緒は喜んでその話を受けます。そして後からやってきた同居者は何と、彼女の知る人間だったのです…。

高卒でありながら、トントンと階段を登るように実績をあげていく静緒。
デパートという華やかで、そこに勤めるのはほとんどが女性でありながら、わずかな男性社員がその権力をほとんど握っているという世界。特に外商部は、デパートの売り上げを支える大事な部署です。そんな中で萎縮することなく、おかしな噂を流す輩は口で(場合によっては手足で)叩きのめしながら静緒は突き進みます。

セレブにはセレブにしかわからない世界や感覚がある。そんな風に感じることもあるけれど、決して諦めることなく、自分の得意な分野である洋菓子や、過去にやってきたことのツテや身につけたことを駆使して、お客様の期待値以上のものを叩き出そうとする静緒の姿は本当に応援したくなります。

お客様の喜ぶ顔が見たい。1ピース500円のケーキを売っても、500万円の宝石を売っても、お客様が得る幸せはそれぞれにある。それを提供していくのが、デパートの仕事なのだということを、静緒は教えてくれるのです。

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だれでも、心のなかに少女を飼っている

少女病 』の

イラストブックレビューです。

編集

 

母親と呼ばれることを嫌う、変わり者の少女小説家の母・織子と、父親が異なる
三人の娘たちは一緒に暮らしていた。性格はバラバラの四人だけれど、共通して
いるのは「母親と同じにならない」ということ。自分の中の少女性を持て余し、
苦悩する女性たちの姿を描く。

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家事全般をこなす、おっとりとした長女、都。漫画家の彼と付き合う、直情型次女、
司。父親の顔すら知らない、真面目な性格で美人の高校生、三女の紫。それぞれ
父親は違いますが、母親はひとりの女性、というか、万年少女と言ったほうが良い
かもしれない、少女小説家の織子です。

娘のもとに訪れる人には、「私はこの姉妹の長女です」と言ってみたり、次女宛の封書をこっそり自分の引き出しにしまい込み、挙げ句の果てに開けて見てみたり、「笑って
はいけない」シーンでつい笑いが込み上げてきてしまったり。

美しいもの、綺麗なものが大好きで、家事はいっさいできず、子供達にちょこちょこ
いたずらをする。奔放という言葉がぴったりの母、織子が姉妹全員と直接の血の
繋がりを持つキーマンとなります。

物語は、各章ごとに、登場人物が一人称で語り、本人の目線で家族たちを見つめます。
自分の置かれた現在の状況、これまで育ってきた環境。父親がいない、いわゆる世間で
言う母親像とかけ離れた母親と、一風変わった環境で育ってきた彼女たちは、それぞれ
が自分の世界を持ち、その世界の中で遊ぶ楽しみを持っています。

それはまさに「こうはならない」と思う母親の素質を間違いなく持っているということ。そして、その使い方は姉妹で性格の違いなどによって異なるようです。
長女は空想の中の男女交際を楽しみ、そこにはエロ要素は何一つありません。
次女は売れない漫画家である彼氏にベタ惚れで彼が成功することを信じて疑いません。
三女は、時折「父親かもしれない」相手と架空の逢瀬を楽しみます。

母親も三姉妹もどこか「イタイ」要素を持っているのにちっともイタくない。
それは「ピュア」だからでしょう。混じり気のない少女性を、心の中に置いておき、
育てておける環境が長くあったから。そうすることで、その少女性はその人に、ほかの
人にはない輝きを与えているのではないでしょうか。手本として母親が目の前にいる
ことも大きいでしょう。

そうしたやわらかで、あたたかで、美しい世界から脱出するのは至難のワザ。しかし
その脱出を手助けするのもまた、母親であったりするのです。少女だっていつか大人に
なっていくのです。一番「大人になれよ」と周囲に思われがちな母親が、案外
世の中と家族を冷静に見つめ、家族の変化を嫌い、抵抗していたのかもしれません。

「ステキな王子様がやってきていつまでも幸せに暮らしましたとさ」
そんなの現実世界にあるわけないじゃん!と思いながらも、どこか「いやひょっとした
ら、もしかして」と思ってしまう少女性は、誰もが心の中に少しくらい持っているので
はないでしょうか。完全に決別しなくても、心の中の引き出しに仕舞っておいて、必要のある時にだけ取り出してみる。そんな風に器用に少女性を使いこなせるのが、女性という生き物なのかも。そんな風に感じた物語です。

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