『秋葉原オーダーメイド漫画ラボ
今日から「0課」担当します!』の
イラストブックレビューです。
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秋葉原オーダーメイド漫画ラボ 今日から「0課」担当します! (ポプラ文庫ピュアフル)
- 作者: 隙名こと
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2019/08/01
- メディア: Kindle版
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子供の頃からの夢だった漫画家になれた月高アユムは連載を打ち切られ、アラサーに
して職を失う。失意のどん底で秋葉原の街をさまよっていたところ、ある女子高生から
声をかけられ、スカウトされる。そのスカウト先とは、彼女が社長を務める、あらゆる
ものを漫画にするという会社だった。
連載漫画の打ち切りを告げられ、途方にくれ、秋葉原の街を彷徨っていると、キラキラした女子高生がアユムに声をかけてきました。そして彼女は言うのです。
「貴方を、あたしにちょーだい?」
男性ならば喜んで尻尾振ってしまいそうなセリフですが、アユムは28歳の女性なので
驚くばかり。漫画家としてのアユムのこともどうやら知っているようなこの女子高生は
胡桃叶絵。あらゆるものを漫画にする会社、秋葉原オーダーメイド漫画ラボの社長なの
だと言います。アユムの前職を知ってのスカウトなのですが、その仕事は漫画を書くことではなかったのです。
企業や個人を扱う他の部署とは扱いの異なるお客の担当をする。それがアユムが働くことになった「0課」のお仕事です。なぜ扱いが異なるのか、それはちょっと面倒なお客様だからなようで…。
メイドカフェで働く若い女性が、自分のための名刺を漫画付きで作って欲しい。
ついてはその漫画を自分が描いたことにしたい。
初恋の女性との出会いを漫画にして、ネット上に拡散したい。
それに反応して、相手の女性が現れてくれたら嬉しい。
と、ちょっとクセのある依頼者たち。メイドカフェで働く姫井メイ(18歳)が本当に望んでいることは何なのか。そして、姫井が気に入った絵柄を描く漫画家・すみのと、3人での会話の中で次々に明らかになっていく姫井の本質と無意識下にある希望、そしてそぐわない現実。漫画家として挫折したアユムにもザクザクと心に刺さる言葉が飛び交います。夢を追い戦い続ける者、新たな戦い方を知る者、戦いをサポートする者。
三人はそうした勇者たちのように目に映ります。
そして漫画により、初恋の女性を探し出そうとしている男性、永坂雲行(40代)。この件にはなぜかクルミ社長から中止せよとの命令が入ります。永坂の話の内容にいたく感激していたアユムは納得がいかず、自身でこの話を漫画にしようと思いつきます。そうして完成した漫画を永坂に引き渡したのですが…。
初恋の女性から「夢は叶う」と言われ、何十年もその言葉を信じて作家になるべく
待ち続けていた永坂。その夢の形は自分の都合の良いように変えられ、作品を
作るための努力をする方向には向かなかったようで。そして彼が知った初恋の
女性の真実と自分がやってきたこと、そして待ち受ける絶望しか感じられない未来。
ショックを受ける永坂にアユムは声をかけます。
「私は・・・夢の形は、常に変化し続けるべきだと思うんです!」
漫画家としての夢を挫折してしまったアユムは、一度漫画を描くところから身を離し、
依頼人の心の奥底にある希望を見つけ、形にすることに光を見出しています。
雑誌に掲載されるわけではないけれど、他人の夢を漫画にして表す、という形に
夢が変化しているとも言えます。
人間は成長していくし、環境も変わっていくものです。そうした中では夢を変化させて
いくことはごく自然なことであるのかもしれません。自分の変化に気づくことなく同じ状態で夢を見続けているから、現実との齟齬によって自身の中に不具合が発生してしまうのではないでしょうか。
アユムには、無理矢理丸めこむオチをつける、という特技があります。連載打ち切り
によって無理矢理ラストを作った経験から身についた能力ですが、それが夢を見ることに否定的な胡桃を救うことになります。挫折したから巡り会える夢もある。
そんな風に感じる物語です。