ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

究極の二択の中で、親が息子に望むこととは

望み 』の

イラストブックレビューです。

 

建築設計事務所を営む一登は、妻の貴代美、高一の息子・規士、中三の娘・雅と
一家四人で暮らしている。ある日、息子の規士が帰宅せず、連絡が取れなくなる。
警察に相談したが、他にも規士の友人で行方不明の者がおり、死体で発見された者も。
規士は事件の加害者なのか、それとも被害者なのか。

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規士が消息を絶ち、家族が不安な気持ちを抱える中、彼の友人が死体で発見された
というニュースが流れます。規士を含む行方不明になっている者たちも、息子の
知り合いであり、サッカー部に所属していた頃に起こったトラブルが原因となって
揉めていたメンバーのようです。

行方不明者三名のうち、二人は殺人犯として逃亡中、残る一名は殺害されている
可能性が高い…。そんな状況の中、まずは自分の息子が人を殺すわけがない、と
強く思う母親の貴代美。しかし、マスコミの取材攻勢やネットでの情報に疲弊し、
何を信じたらわからない状態に。たとえ息子が殺人犯だったとしても、生きてさえ
いれば、何とかなる。その心構えをしなくては。そんな考えを胸に、貴代美は
折れてしまいそうな心を支えようとします。

一方、父親の一登はまさかという思いを抱えてはいますが、仕事の取引相手の孫が
殺されたこともあり、その関係で今後仕事ができなくなる可能性も出てきました。
自分の息子が犯人と決まった訳ではない、と必死に訴えますが、ニュースを見た
取引先の建設会社や大工は一登を疑いの眼差しで見ているのです。娘の雅も、
塾や学校で周囲から受ける視線が気になり、自分の高校受験にも影響が出るのでは
ないかと心配しています。

貴代美は、口数が少なくなった息子の日々の様子や人間関係が全く分からず、不安を
感じています。息子の置かれた状況を心配していますが、息子自身は素直で優しい
子なのだと信じているのです。

対して一登や雅は、社会的な目を通して規士を見ていて、規士が犯人だったら自分は
これからはどうなってしまうのか。仕事ができなくなったらどうやって家族を養って
いくのか。自宅で校閲の仕事細々とやっている貴代美とは状況も立場も異なりますし、
父親と母親としても考え方が違ってくるのは仕方がないことなのかもしれません。

規士は無実。殺害され被害者として発見され、家族は被害者として世間から扱われる。

規士は有罪で。友人を殺害した犯人として逮捕されるが、命はある。犯罪者の家族と
して世間から扱われる。

この二択は、はっきり言ってどちらも選びたくないですよね。
そのうえマスコミが執拗に煽り、警察が捜査中ということで家族にもろくな情報が
入ってこない状況で、世間が「規士が犯人なんじゃないの?」と思わせるような発言を
家族からも引き出そうと、いやらしい質問をしてきます。そしていいように編集して、
世間に流すわけです。これは疲弊してしまう状況ですね。

それまで交流のあった人から向けられる猜疑の視線、見知らぬ人間から向けられる
悪意。ネット上で繰り広げられる憶測や予想。そうしたドロドロしたものが何層にも
重なっていく状況の中で、息子や自分たちの今後の事を考えるのは、脳内で拒否して
しまいそうです。

犯人か、被害者か。
息子が行方不明になってから発見されるまでの数日間で、両方の立場を経験した一家は、自分たちに降りかかった結末に対し、とても静かな、フラットな状態を迎えました。それが良い事なのか悪いことなのか判断はつきませんが、通常であれば、互いの立場を理解する、しようとすることさえままならないことが多いでしょう。

しかし、それは一歩間違えれば互いの立場になり得たのかもしれないのです。
テレビかネットから流れてくる情報に安易に振り回されるべきではない。
そのことで必要以上に傷つく人たちがいるのだという事を改めて気づかされる物語でした。

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