ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

理想郷なんてどこにも存在しないのだ

ユートピア 』の

イラストブックレビューです。

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太平洋を望む美しい港町、鼻崎町。ここは昔からずっとこの町に暮らす住民と、
新たにやって来た住民が混在する町。この町で生まれ育ち、幼い頃の事故に
より、車椅子生活となった小学生の久美香を広告塔に、車椅子利用者を支援する
ブランドを立ち上げた陶芸家のすみれ。しかし、ある噂がネットで流れるように
なってから、歯車が少しずつ狂いだす。

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美しい町の景観に魅せられてやって来た陶芸家のすみれ。ほかにも景観を
気に入ってやってきた芸術家が何人もいる。
そして、夫の転勤により、この町に家族でやってきた光稀。鼻崎町で生まれ育ち、
町の商店街にある仏具店を営んでいる菜々子。

3人の女性は、町で行われた祭りの準備をきっかけに意気投合します。
それぞれ生きて来た環境も、性格も違う女性たち。
すみれは自然派志向のスタイルで、陶芸家として自分を世間に認められたいと
思っています。
光稀には手のかからない小学4年生の娘、彩也子がいます。この町では自分は
よそ者であるという自覚を持ち、発言もハッキリとしていてドライです。
菜々子には、幼稚園の時の事故が原因で車椅子生活となった小学1年生の娘、
久美香がいます。普段は大人しく、あまり主張しないタイプです。

久美香を広告塔にして、車椅子利用者を支援するブランドをつくり、すみれの
作った作品を販売して、その売り上げを寄付するという思いつきは、最初は
順調だったのですが、そのうちおかしな噂が流れはじめます。久美香は本当は
歩けるのではないか、と。

この出来事から、穏やかにつながっていた3人の関係に変化が現れます。
美しい景色の中で仕事をし、満足した生活を送っているのだと思われたい。
自分と自分の娘は、こんなところで燻っているような存在ではない。
娘が歩けるようになるのであれば、何を言われても構わない。

そんな思惑がむき出しになっていくと同時に、過去の殺人事件の犯人が
鼻崎町をうろついている、という噂まで出てきて、3人の関係と徐々に
絡んでいきます。

3人の女性の描写が非常に鮮やかで、クッキリと浮かび上がってくるようです。
彼女たちはエゴイスティックな部分を持ち合わせていますが、常に何かと
闘っている人たちです。それは自分の家族であったり、町の住民であったり、
世間であったり。見えるもの、見えないもの、まさに敵はそこかしこにいるのです。

最初は心を許せる相手のように思えた3人も、物語が進むにつれ、その関係性が
少しずつ変化していきます。ちょっとしたトラブルが、彼女たちの首をじわじわと
閉めていくような、そんな嫌な雰囲気が漂います。

彼女たちにとってのユートピアは見つかったのでしょうか。
少なくとも、すみれと光稀にとっては、鼻崎町はユートピアではなかったようです。
では菜々子にとってはどうか。菜々子はほかの2人とは少し違うようです。
この町に生まれ育ち、結婚して子どもも生まれ、ここで生きていく。
そして娘の久美香のことは、何があっても全力で守る。

町の美しい景色に、見慣れているせいか何も感じていなかった菜々子。
しかし、自分のユートピア探しは娘の久美香が大きくなってからでよいのだ、と
決意したときにはじめて町の景色を美しい、と感じるのです。
菜々子にとってのユートピアは、母親として生きる覚悟を決めたこの鼻崎町で
あるのかもしれません。

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