ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

物語がまた新しい物語を生み出す

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

物語のおわり 』の

イラストブックレビューです。

 

病の宣告、就職内定後の不安、子どもの反発…。
様々な悩みを抱えて北海道へと旅に出た彼らは、その旅の途中で
書きかけの小説を手渡される。その小説が迎える本当のラストとは。

 

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ある田舎町のパン屋の娘が、小説家を目指し頑張っていたところ、
東京の著名な作家から声がかかりました。婚約者や親に強く反対されながらも、
自分の力を試したい、そう強く願った娘は駅へと向かいます。
たどり着いた駅にいたのは婚約者の姿でした。

…と、そこで小説は終わっています。自分の体験をもとに小説を
書いた娘から、どういう経過なのかその小説は手を離れ、北海道を
一人で旅をする人物の元へと渡っていきます。

妊娠3ヶ月でガンが発覚した智子。
家業を継ぐ事を迫られ、カメラマンの夢を諦めようとしている拓真。
希望する会社に内定が決まったが自信が持てない綾子。
夢に向かってアメリカへ行こうとする娘を反対している木水。
夢を追う人と別れ、仕事一筋に働いてきたあかね。

北海道で、旅人同士のちょっとしたふれあいの中から、その
物語は人から人へと移っていくのです。
悩みや年代、性別もそれぞれ異なる彼らは、北海道の雄大な景色と
旅先での開放感から、受け取った物語を素直に読み始めます。
そしてそれぞれが、それぞれの立場や状況から物語のラストを
考えていきます。

人物ごとに、訪れる場所も小樽、美瑛、旭川摩周湖洞爺湖
札幌と変わっていきます。その景色の色鮮やかさ、雄大な広がりの
描写に引き込まれます。この景色の中でなら、普段かぶっていた殻を
たしかに脱ぎ捨ててしまいそう。そんな、静かで美しい風景です。

そして、それぞれの人物が抱える悩みと、書きかけの物語が
次々と渡っていく様子が、非常に自然で、納得できるものです。
だって小説だからね、と全く思わせないところが作者のうまさと
言えます。

登場人物たちは、悩みを抱えて北海道を訪れ、書きかけの小説を読み、
そのラストについて「自分だったら?」と考えます。それが、自分を
客観的に見ることに繋がり、自分の力で答えを見出していくのです。
そして、旅先で出会った、自分と同じように何らかの悩みを抱える人物に、
この小説から何か答えを探して欲しい、と託します。ちょっとした出会いの
中での、さりげなく送られたエール。押し付けることなく軽やかに託された
それは、柔らかく、そして暖かく心に響くのです。

そして、この物語の作者が迎えた、本当のラストシーンとは。
その構成の上手さに思わず唸る、見事なストーリーです。
物語が背中を押してくれることがある。進む力を与えてくれることがある。
そんな、物語の素晴らしい力を教えてくれるお話です。