ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

あなたの見ているモノは本物ですか?そしてあなたは?

レプリカたちの夜  』の

イラストブックレビューです。

 

 

動物レプリカ工場の中で、動いているシロクマを発見した往本。そのシロクマは
絶滅したはずの本物か、それとも産業スパイなのか。工場長からシロクマを見つけ
出し、殺せと命じられた往本は、同僚で女好きの粒本や、資材部の女性、うみみず
と共に、シロクマについて調べはじめる。

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この世界では、動物はほぼ絶滅しています。そこで、往本が働いているような
レプリカ工場では、そうした動物のレプリカを作り、イベントなどで使用されたり
しています。ある夜、工場で動くシロクマを見つけた往本は、工場長から、スパイ
かもしれないから、見つけて殺すようにと命じられます。

殺せと言われても困る、という往本の訴えは全く聞き入れられません。会話の一方
通行具合に、ざわざわとした不安を感じます。不安を感じるのはそれだけではあり
ません。同僚の粒本の妻だ、という女が往本の家に押し入ってきたり、自分は人工
知能であると主張する若い女性に、見知らぬ家に連れ込まれたり、うみみずさんが
シロクマに襲われそうになったり。

起こる出来事も奇妙なものばかりなのですが、往本の記憶がたびたび失われるのです。
失われるばかりでなく、全く身に覚えのないことまでやっていたようで、会社の
ほかの人から言われて、首をひねる、といった具合です。

挙げ句の果てには、工場長から殺せ、と言われたシロクマが自分の上司になると
発表されたりして。 非現実的な出来事、記憶の断絶。夢と現実を行ったり来たり
しながらも、意識とは何なのだ、自分が自分であるとなぜそう言えるのだ、と
問いかけられているようです。

絶対条件で存在している世界などない。
そもそも自我なんて存在するのか。
知的生命体というが何を持って「知的」とするのか。

読むほどに、この世界の、自分自身の不安定さを強く感じると同時に、決めつけ
られるもの、絶対的なものなど何もないのではないか、と思えてきます。
自分が見ているものは本物なのか。そもそも本物とはなんなのだ。
そんなことを考えてしまう物語です。

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あなたは歴史が動いた瞬間の目撃者となる

読み始めたら止まらない本があります。
一度読んだら深い満足感を得ることができ、そして時間を置いて、また再読したく
なる。何度読んでも、一気に最後まで読みたくなってしまう、そんな本。
自分がそう感じたのはこちら。

 

蒼穹の昴 1

蒼穹の昴 1著者: 浅田 次郎

出版社:講談社

発行年:2004

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巨大な清王朝が滅びていく時代に生きた、国を支えた者たちの生き様と、国が変化
していく様子を描いた、壮大な物語です。

西太后が国を統べる清王朝。国は科挙と言われる官僚たちが、国策や実務をこなし
宦官と呼ばれる、局部を切断した者が西太后の身の回りの世話をしています。

第1巻では、地方の若者、文秀が科挙の試験を合格するまで、そして彼と親しく
していた貧しい少年春児が、占い師の言葉を信じて行動に起こす様子が描かれます。
科挙になるまでの試験の厳しさ、受ける者の多さに気が遠くなります。こんな中で
受かるには、神がかりでなければ無理なのでは、と思っていたら、本当にそんな
出来事が起こります。

程よくファンタジー要素も入りますが、その途方もない試験の様子では、たとえ
実力があったとしても確実に合格するのは難しいでしょう。神様の力を借りたのだと
いう方がかえって信憑性が高まるというものです。

そして糞を拾って、燃料として売って歩いている少年、春児。占い師から受けた
言葉を信じてなんと自分で自分の局部を切断します。自分が今よりも豊かな生活を
手に入れるには、宦官となってお城に入るしかない、と考えたのです。

破天荒なおぼっちゃま、文秀と、糞拾いの少年、春児の運命はその後、奇妙な形で
交錯していきます。

 

蒼穹の昴 2

蒼穹の昴 2著者: 浅田 次郎

出版社:講談社

発行年:2004

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蒼穹の昴 3

蒼穹の昴 3著者: 浅田 次郎

出版社:講談社

発行年:2004

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蒼穹の昴 4

蒼穹の昴 4著者: 浅田 次郎

出版社:講談社

発行年:2004

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西太后に対する描写も実に興味深いです。恐ろしい女傑、というイメージは、
海外のジャーナリストによって植えつけられたもので、実際には慈悲深く、
執務能力の高い女性であったというのです。そして、国とともに生き、最後まで
見守るという強い覚悟を持った女性であるということ。心の中には常に愛情と国益
せめぎ合いで苦しんでいたということ。西太后に対するイメージがガラリと変わります。

そして、巨大なアジアの国に群がるヨーロッパの国々。虎視眈々と清国がつまづく
瞬間を狙っているのです。王宮には対抗する力も知恵も足りず、たった一人の将軍が
外国に対抗すべく町を整え、諸外国との 交渉にあたるのです。一方で、ただ自身の
欲望を満たすためだけに、西太后の力を利用してのし上がろうとする国内勢力も
あります。この勢力によって、巨大清国は決定的な滅亡への道をたどることになるのです。

春児は、血のにじむような努力によって、西太后のお付きの宦官となります。
多くの富を得ますが、母は死に、たった一人の家族である妹とは顔を合わせられない状況です。
得た富は寄付をしたり、他人のために施したりします。西太后も、そんな春児を
信頼し、側に置くのです。

貧乏であることに納得せず、諦めることをやめなかった春児。ようやく富を得た時には
家族もほぼ失った状態です。しかし、西太后や他人のために心から尽くす彼は誰の心にも眩しく、天使のように映ったに違いありません。

そして、政治の面から国を救おうと尽力した文秀に待ち受けた結果は過酷なもの
でした。しかし、各国のジャーナリストが、「清国の良心」として、彼を全力で助けようとする様は、イギリスやアメリカやフランスや日本、全ての国が「清国」という国を、滅びるのではなくまた強く立ち直って欲しいと思う、良心を持っていたのではないかと感じます。国を超えて共通した思いを持った、ということに感動します。

気の遠くなるようなシステム、しきたりを持って巨大な国を運営してきた清国。
この国の「終わりの始まり」に関わっていた人物たちは、特殊な怪人ではなく
誰もが熱い血を持って生きた人間たちだったということを強く感じます。
巻を重ねるごとに若者は力をつけ、老いたものは力の置き所を変え、国の在り方や
システムも変わっていきます。

時代が音を立てて変化していく有様に、ページをめくる手が止まらなくなる物語です。

 

※このコラムは『シミルボン』に掲載したものです。

 

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サイコパス殺人鬼VS美人(変人)研究者&共感覚

天才月澪彩葉の

精神病質学(サイコパス)研究ノート   』の

イラストブックレビューです。

 

 

サイコパスの研究をしている大学院生・月澪彩葉は、サイコパスの思考が理解
できるため、警察の事件にも協力していた。自分が理解できないサイコパス
会いたいと願う彩葉の周囲で、サイコパスによる連続殺人事件が発生。事件解決の
鍵を握るのは、「共感覚」を持つ大学一年生、北條正人だった。

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人がまとう本質のようなものを、独特な形で見えてしまう共感覚の持ち主、北條
正人は、彩葉の研究を手伝うアルバイトをすることになります。正仁が持つ、共感覚
力によって見える人の本質のようなものは、これまでは見えたり見えなかったりして
いましたが、研究の協力をするうちに見るコツを得ていきます。

研究のためのアルバイトとして、同じ学部の明乃麗奈とデートすることになった
正人。二人で乗った観覧車の中で、正人が見た、麗奈がまとったいつもと違うもの。
そして「私を見ないで」という麗奈の言葉。その日から麗奈による、正人への監視が
はじまって…。

一方、連続殺人事件の犯行は一貫性がなく、理解に苦しむ彩葉。正人の共感力に
よって導き出された意外な容疑者とは。そして、その人物に近づいた彩葉が得た
事実とは。

人がまとう本質のようなものが、色のついたモヤのように見えたり、動物や、気味の
悪い植物のような形で見えたりする正人。研究に協力することで、その能力は磨かれ
ある程度、人が発する感情や、その人が持つ性質のようなものを形として見ることが
できるようになっていきます。それと同時に、リアルな悪夢にうなされるようになり…。

彩葉と正人らによって、犯人の正体が少しずつ明らかになっていく過程で、二人とも
危険な目にあったりと、どこまでもハラハラドキドキが続きます。

サイコパス共感覚といっても様々な種類があるということ。
人の感情を理解することが欠落していると言われるサイコパスも、生きることに苦しみを感じることがあるということ。

サイコパスについて新たな認識を与えてくれ、そして彼らの苦しみと希望を描いた
新しいサスペンス小説です。


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キーワードは「男と女」。その結末に思わず唸る、驚愕のミステリーたち。

ラストに驚くミステリーは数多く存在すると思いますが、あるキーワードが共通する
ミステリーを紹介したいと思います。そのキーワードとは「男と女」。
その性が話の重要なポイントとなるのです。

まずはこちらです。

 

レジまでの推理 本屋さんの名探偵

レジまでの推理 本屋さんの名探偵著者: 似鳥 鶏

出版社:光文社

発行年:2018

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本屋で働くスタッフたちが、日常の業務をこなしつつ、本屋さんに持ち込まれた奇妙な
謎を解いていきます。彼女から送られてきた本のラインナップの謎、盗まれた作家の
サイン本、落書きされた作家のサイン入りポスターの謎。

品出し、発注、レジ対応、フェア準備にポップ書きから万引き対応。
そして版元、取次と地方の小さな書店との関係、出版業界全体を巡る現状が物語を通して
非常にわかりやすく伝わってきます。本屋さんと謎は相性が良いのか、次から次へと
面白そうな謎が登場し、そして気がつくと姿が見えなくなっている店長が、鮮やかに
解決していきます。

万引き犯見逃しから始まり、どんどん雰囲気が悪くなっていく本屋さん。ある日、
脅迫メールがスタッフたちに届き、心配になって店を見に来たスタッフたちが目にした
状況と、本屋に危害を加えようとした犯人とは。

その犯人に思わず「あっ!?」と声が出てしまいます。それで、もう一度最初から
読み返してしまうのです。犯人自体にめぼしがついていた読者も、その正体には
意表をつかれるのではないでしょうか。性別への先入観がカムフラージュとなって
真実にフィルターをかけている物語です。

続きましてはこちらです。

 

湖底のまつり

湖底のまつり著者: 泡坂 妻夫

出版社:東京創元社

発行年:1994

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旅先で、増水した川の水に足を取られたところを助けてもらった紀子は、助けて
くれた男・晃二と一晩を共に過ごす。翌朝彼の姿はなく、近隣の住民に話を聞くと、
彼はひと月前に毒殺されたという。では、昨夜共に過ごした男はいったい誰だった
のか。そして、晃二はなぜ殺されたのか。

紀子と晃二が過ごした、薄暗い室内で過ごす夜。ダムの工事により沈んでいく村での、
最後の祭り。仄暗い闇と、決して華美ではないけれども、自然と溶け込んだ祭りの
景色が美しく、重厚な空気が漂います。
いくつものシーンや謎が存在し、それらがパズルのピースがはまるように少しずつ
空白を埋めていき、最後にはピタリと絵図が完成するのは見事です。

しかし驚くのはそのラスト。これも読後にはじめからまた読み返してしまうタイプの
本ですね。『レジまでの推理』と同じく、性別に関係があります。物語全体の描写が
とても雰囲気があって、空気にまで重みを感じる世界観なので、個人的にはこのラストはありなんじゃないかなと思っています。ミステリーでありながら、どこかファンタジーでもある、陰を帯びた美しいミステリーです。

「男と女」に対して、我々は多くの先入観を持っています。その思い込みを利用して
読者を上手に騙せるかどうかは筆者の腕次第、というところでしょう。 
上記の2作は、そんな騙しのテクニックもさることながら、書店の現状やスタッフの情熱、または男女間の恋愛やダムに沈んでいく村の悲哀など、そうした話の柱がしっかりとできているからこそ、ラストの意外性が生きていくのです。

「男と女」の問題については自信がある方も、そうでない方にも楽しめるミステリたちです。

 

※このコラムは『シミルボン』に掲載したものです。

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会社の、仕事の正義はどこにあるのか

七つの会議 』の

イラストブックレビューです。

 

 

大手総合電機メーカー、ソニックの子会社である東京建電で活躍する
営業一課の坂戸課長が、年上の部下である八角に、パワハラで訴えられた。
これをきっかけに、社内でのいろいろな問題が明るみに出る。

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営業一課の「居眠り八角」と呼ばれる、八角はその名の通り会議中も居眠りを
していて、営業一課にいながら誰よりも遅く出勤し、誰よりも早く帰るという
ぐうたら社員です。そんな彼が、優秀な坂戸課長をパワハラで訴えます。

坂戸課長が、八角に対してきつく叱るシーンはありましたが、まあ、あれだけ
働かない部下を持ったら、坂戸課長だって怒鳴りたくもなるよなあ、と周囲は
同情的。パワハラ委員会があるから、形だけ審議したことにしておきたいんじゃ
ないの。などと囁きあっていたら、なんと坂戸課長は異動。人事部付となって
役職を外されます。

あまりの処分の重さにざわつく社員たち。坂戸課長と違って、毎月の会議で
部長から絞られまくっていた営業二課の原島課長がスライドして一課へ。
原島課長が最初に取り組んだのは、坂戸課長時代に一度取引をやめたネジ会社へ
再度取引を依頼することだったのです。

営業部長、営業課長、営業課の事務担当の女性。それぞれの立場で、東京建電の
中で働います。そして、会社の中では実に様々な出来事が起こっています。
不倫や不正、部署間での確執など、まさに全国のいろんな会社で起こっている
のでしょうなという内容です。

特に、営業と経理のやりとりでは、数字上での問題を営業に指摘し、改善を求める
様子などは自分がいた会社でも日常的な光景でしたね。営業からしたら、金の
ことはともかく、仕事の中身まで口出しするんじゃねえよって話です。
営業の主張も一理あるとは思うのですが、こうした別部署からの指摘が、監査機能の
一角を担っていると言ってもいいのかもしれませんね。経理も納得するような
説明をするべきなのでは。

経理のみならず、カスタマー室長などからも、疑惑の目を持たれる営業課。
昔は優秀だったという居眠り八角が調査し、明確になった事実は…。

会社の売り上げ目標を達成しようと必死になる。会社のために身も心も捧げて働く。
不倫をする。しかも自分の都合で別れたり、また付き合って欲しいと言ったりする。
やっていることの種類が違う、とは思いますが、どれも根っこにあるのは正義や
倫理観。

どんなに追い詰められても、それは人として正しいことなのか。
悪いことは悪い、と認め、謝罪することができるか。そのことで、立ち直れないくらい
ダメージを受ける結果を招くとしても。 会社で働く、ということは、同時にその
覚悟をしっかりと持ちなさいよ、ということなのかもしれません。

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モノと情報が溢れた『平成』という時代の生き方を描いた本

太平洋戦争で敗戦し、戦後の復興で高度経済成長を迎えた日本。一億総中流という
言葉のもとに、生活家電であるテレビ、冷蔵庫、洗濯機がどの家庭でも使われるように
なりました。便利な生活家電がどんどん登場し、手に入るようになると、やがて
バブル期を迎え、生活以外の面でも消費するようになっていきます。

そこで迎えたのがバブル崩壊です。お金をじゃんじゃん使って、モノをどんどん買って
消費しまくっていた状況から一転、国民のお財布の紐は固くなります。ちなみに財布に
紐がつていたのって江戸時代ですかね。今でも言葉が残っているのはおもしろいですね。

そんなバブル崩壊の数年後に始まった平成時代。景気は低迷しているし、給料下がるし、税金と厚生年金上がるし参ったなあという空気が

、いつも漂っていたような気がします。会社でもバブル期の華やかだった接待の様子を懐かしげに語るおじさんがいましたっけね。きらびやかなバブルの後、ちょっと霧がかかったような雰囲気でした。

そこからさっそうと登場したのが「断捨離」のやましたひでこさん。昭和期に蓄積された大量のモノをバッサリと捨てて、心も体もスッキリと暮らしましょう、といったもの
でした。こちらも平成を象徴する本だとは思うのですが、今回はあえてこちらを推したいと思います。

 

 

 

今や世界中で活躍されているこんまりこと近藤麻理恵さんの片付け本です。
こちらの基準は「ときめくかどうか」。ときめきを感じないものは廃棄の対象となる、というわけです。

今までは必要か、必要でないか、入手時の思い出は、などという基準でものを買ったり
捨てたりしていました。それを「ときめき」とは!!この手法を取り入れれば、買う時点で無用なものを買ってしまうのを避けられますし、ときめきを感じて買ったものは、常に自分をウキウキとした気分にさせてくれるわけです。

片付け、捨てる、という行為はどうも腰が重くなりがちですが、「ときめきを見つける
ぞー」という気分で取り組めば、楽しみにすらなるはず。昭和にため込んだものを平成の手法で捨てる。自分にとってはとっても平成を感じる一冊です。

そしてもう一冊はこちら。

 

何者

何者著者: 朝井 リョウ

出版社:新潮社

発行年:2015

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映画化もされた、まさに平成という時代を象徴する就活物語です。
5人の男女が、就活のための対策をしようと集まります。本音と建て前、プライドが
交錯し、彼らの関係を次第に変化させていきます。

ネットやSNSが本当に日常となっている若者たちが主役のお話です。SNS上の発言は本人の一部から発せられたものであり、本当かどうかはわからないし、全てでもない。普段から仲良くしている人間と、どんなコミュニケーションを取るのか。
本音を語り合う友人同士であるならば、周囲から発せられる情報に振り回されることもないはずです。

本音を出すのは自分の弱みを見せること。プライドが邪魔をして難しいかもしれませんが、そうすることで相手の信頼を得ることができるし、結局はそういう人のほうが強いということなのかもしれません。

SNS中心のコミュニケーションを過ごしてきた若者たち。夢や希望、将来に対する不安などいつの時代にもあるものを抱えつつも、人との間で起こるトラブルが、SNSを舞台とすることで第三者までも広がっていくというところに恐ろしさを感じます。
情報が多すぎても自分を見失ってしまう。若者に限らず平成を生きる全てのひとに
向けたメッセージのようにも感じます。

生活面と社会面から平成を感じ、なおかつ普遍的なものを含んでいる、いつの時代にも
役に立ち、面白く読める本の紹介でした。

 

※このコラムは『シミルボン』に掲載したものです。

 

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大切なものをなくしてしまった心を癒す ペンギンの役割

 

ペンギン鉄道なくしもの係 』の

イラストブックレビューです。

 

電車での忘れ物を保管・管理する遺失物保管所は湯盥線の終点、海狭間駅にある。
無人改札の小さな駅で、担当者である赤い髪をした守保と、そして彼のかたわらには
一羽のペンギンがいる。なくしものをした人たちは、ペンギンと守保に驚きながらも、
自分の中にある本当の気持ちに気づき、向き合っていく。

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3両ほどの車両で走る湯盥線。その車両には、ペンギンが乗っている…。
この光景を見た人は二度見した後、周囲の人に同意を求めるようにあたりを
見回してしまうのではないでしょうか。この物語の登場人物たちもそのようで
ペンギンに気をとられたために、うっかりと電車に中に忘れ物をしてしまったり
するのです。

ある女性は、一年も前に亡くなったペットの骨壷を。
ある高校生の男子は、小学生の頃に同級生からもらったラブレターを。
ぐうたら専業主婦は履歴書を。

彼らの忘れ物自体がもう気になりますよね。骨壷持ち歩くの?なんで?
小学生の頃にもらったラブレターって!よっぽどすごい思い入れが?
ぐうたらなのに履歴書?相反してない?

…そうです。皆さん、何かしら現状で問題を抱えています。
例えば骨壷の女性は、ペットをなくしたことを認めたくない気持ちが表向きは
あるのですが、片思いしていた先輩が自分の親友と結婚して幸せに暮らしている
ことが、心にひっかかっています。

ラブレターの高校生は、引きこもりでネットゲームばかりしています。
コミュニケーションなんて何一つ気にせず、ラブレターまでもらった小学生時代が
自分の黄金期だと思い、そのラブレターをお守りがわりに持っていたのでした。

ぐうたら主婦は、夫に「妊娠している」と勘違いされ、訂正できないままにどんどん
自分の嘘が膨らんでいき、そして最後には夫との関係が変わるような結果が訪れて…。

なくしもの係の守保は、赤い髪をしていますが、華奢で優しそうな雰囲気です。
笑うと口がフニャっとあひる口になって、なくしものと自分の問題を抱えて硬く
なっている彼らの心を、柔らかくしてくれる効果があるようです。
ペンギンを甲斐甲斐しくお世話している様子にも、思わず笑みが浮かんでしまいます。

そんなペンギンと青年の姿を見たり、時には言葉をもらったことから、自分がなくした
ものと自分が本当に抱える問題や、自分が本当に望むことは何なのか、という事を
登場人物達は見つけていきます。自分をしっかりと見つめることで、明日へと歩き出す
一歩が力強いものとなっていくようです。

なくしたくないもの、大事なもの。時の移り変わりとともに、変わっていくもの、
変わらないもの。それらを時に思い出したり、また忘れたりしながら、前を向いて
歩いて行こう。そんな風に語りかけてくれるような、一歩踏み出す勇気を与えてくれる、
心温まる物語です。

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