読み始めたら止まらない本があります。
一度読んだら深い満足感を得ることができ、そして時間を置いて、また再読したく
なる。何度読んでも、一気に最後まで読みたくなってしまう、そんな本。
自分がそう感じたのはこちら。
巨大な清王朝が滅びていく時代に生きた、国を支えた者たちの生き様と、国が変化
していく様子を描いた、壮大な物語です。
西太后が国を統べる清王朝。国は科挙と言われる官僚たちが、国策や実務をこなし
宦官と呼ばれる、局部を切断した者が西太后の身の回りの世話をしています。
第1巻では、地方の若者、文秀が科挙の試験を合格するまで、そして彼と親しく
していた貧しい少年春児が、占い師の言葉を信じて行動に起こす様子が描かれます。
科挙になるまでの試験の厳しさ、受ける者の多さに気が遠くなります。こんな中で
受かるには、神がかりでなければ無理なのでは、と思っていたら、本当にそんな
出来事が起こります。
程よくファンタジー要素も入りますが、その途方もない試験の様子では、たとえ
実力があったとしても確実に合格するのは難しいでしょう。神様の力を借りたのだと
いう方がかえって信憑性が高まるというものです。
そして糞を拾って、燃料として売って歩いている少年、春児。占い師から受けた
言葉を信じてなんと自分で自分の局部を切断します。自分が今よりも豊かな生活を
手に入れるには、宦官となってお城に入るしかない、と考えたのです。
破天荒なおぼっちゃま、文秀と、糞拾いの少年、春児の運命はその後、奇妙な形で
交錯していきます。
西太后に対する描写も実に興味深いです。恐ろしい女傑、というイメージは、
海外のジャーナリストによって植えつけられたもので、実際には慈悲深く、
執務能力の高い女性であったというのです。そして、国とともに生き、最後まで
見守るという強い覚悟を持った女性であるということ。心の中には常に愛情と国益の
せめぎ合いで苦しんでいたということ。西太后に対するイメージがガラリと変わります。
そして、巨大なアジアの国に群がるヨーロッパの国々。虎視眈々と清国がつまづく
瞬間を狙っているのです。王宮には対抗する力も知恵も足りず、たった一人の将軍が
外国に対抗すべく町を整え、諸外国との 交渉にあたるのです。一方で、ただ自身の
欲望を満たすためだけに、西太后の力を利用してのし上がろうとする国内勢力も
あります。この勢力によって、巨大清国は決定的な滅亡への道をたどることになるのです。
春児は、血のにじむような努力によって、西太后のお付きの宦官となります。
多くの富を得ますが、母は死に、たった一人の家族である妹とは顔を合わせられない状況です。
得た富は寄付をしたり、他人のために施したりします。西太后も、そんな春児を
信頼し、側に置くのです。
貧乏であることに納得せず、諦めることをやめなかった春児。ようやく富を得た時には
家族もほぼ失った状態です。しかし、西太后や他人のために心から尽くす彼は誰の心にも眩しく、天使のように映ったに違いありません。
そして、政治の面から国を救おうと尽力した文秀に待ち受けた結果は過酷なもの
でした。しかし、各国のジャーナリストが、「清国の良心」として、彼を全力で助けようとする様は、イギリスやアメリカやフランスや日本、全ての国が「清国」という国を、滅びるのではなくまた強く立ち直って欲しいと思う、良心を持っていたのではないかと感じます。国を超えて共通した思いを持った、ということに感動します。
気の遠くなるようなシステム、しきたりを持って巨大な国を運営してきた清国。
この国の「終わりの始まり」に関わっていた人物たちは、特殊な怪人ではなく
誰もが熱い血を持って生きた人間たちだったということを強く感じます。
巻を重ねるごとに若者は力をつけ、老いたものは力の置き所を変え、国の在り方や
システムも変わっていきます。
時代が音を立てて変化していく有様に、ページをめくる手が止まらなくなる物語です。
※このコラムは『シミルボン』に掲載したものです。