ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

指先から生まれ出る生命の輝き

線は、僕を描く  』の

イラストブックレビューです。

 

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学一年生の青山霜介は、ふとした
きっかけで水墨画の大家、篠田湖山と出会う。湖山に気に入られ、内弟子となった
霜介は、湖山の孫娘・千瑛に反発され、翌年の「湖山賞」をかけて勝負する、と
宣言されるのだが…。

f:id:nukoco:20190930053130j:plain

両親を亡くしてから、心の中にあるガラス窓から外の景色を眺めている霜介。
大学に通い、友人もできましたが、食欲もなく、自分から何かに興味を示すことは
ありません。そんな中、水墨画の大家である湖山に何故か気に入られて内弟子となり、
湖山の手から生み出される線を見つめ、そして自分の手からその線を生み出すことで、
霜介は少しずつ変わっていきます。

墨を擦るということ。筆に含ませた墨を硯に落とす、ポトリという音。
静けさと、ここち良い緊張感の中から生まれるモノトーンの世界。
墨一色でありながら、真紅の花の色を感じたり、景色の中に流れる風を感じたりする
ことができます。

そして、水墨画という絵は、墨が紙に染み込んでいく速度も考慮しながら、スピーディーに筆を運ぶものであること、その上やり直しのきかない一発勝負であることに驚きます。滲みなども想像しながら、戦略的に筆を置いていく技術的な部分と、そこをしっかりと抑えた後に、自らの感性を活かした筆運びが絵の表情を生み出すのです。腕を動かす、後戻りを恐れない大胆さと、一色でありながら濃淡で奥行きを表す繊細さの両方を兼ね備えた芸術なのだということがわかります。

心の中の、芯となるような、自分の支えとなるようなものを無くした状態にある霜介が
どのように線を描いていくのか。描けるのか?とも思います。気力が感じられない霜介を支えるのは、飄々とした中にも奥底に潜む強靭さのようなものを感じさせる師匠の湖山、霜介をライバル視している気が強く美人の千瑛、兄弟子たち、大学のすこぶるあやしげな友人たちなどです。

彼らは霜介を見守り、支え、時に霜介の心が緩やかに震えるような言葉や、線を見せて
くれます。そして霜介の、ガラスの壁越しのように見ていた世界は、水墨画の世界にも
反映されているようです。主観が入らずにただひたすらにものを「見て」「捉える」と
いうのは、芸術家にはなくてはならない能力なのです。

水墨画で描かれる「線」を通して、ほんの一瞬の今を切り取る。それは今の命を
紙の上に誕生させ、刻みつけるということです。その行為は、霜介自身に「自分は生きている」ということを感じさせ、その静かな喜びのようなものが線に現れてくるために、人を感動させる絵になるのかもしれません。線が人と人をつなぎ、ひとりの人間の輪郭を作っていく。そんな風に感じる物語です。

にほんブログ村 本ブログへ