ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

ちょっと変わった出会いがもたらす幸福

優しい音楽 新装版 』の

イラストブックレビューです。

 

朝の混雑した駅の中から、たくさんの人をかき分け、見知らぬ女の子が自分に
向かってまっすぐ歩いてきて、僕の顔を見つめた。それが僕と彼女、千波ちゃん
との出会いだった。付き合い始めて、身も心もすっかり馴染んだ頃、彼女が僕に
近づいた理由を知る。表題作「優しい音楽」ほか、少し変わった出会いがもたらす、
温かな心の交流を描いた短編集。

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かわいい女の子が近づいてきて、タケルの顔を眩しそうにじっと見つめます。
どう考えても初対面だし、モテるタイプでもない。そんなタケルになぜ話しかけて
くるのか理由がわかりませんが、それでも二人は会うたびに少しずつ会話をする
ようになっていきます。

可愛らしい彼女のことがいつしか心から離れなくなったタケルは千波に告白します。
ところが彼女の反応は…キョトン。嫌なのかと心配したところで、OKだと。
付き合っていくうちに好きになっていければいいんだしね、となんだそれ?という
反応です。話しかけてきておいて、タケルのことを男としては見ていなかったって
こと?そのくせタケルのことは嫌だと思っていないようで。

なんとも不可解な千波の態度は、千波の家に挨拶に行った時に明らかになります。
なんとタケルは千波の亡くなった兄にそっくりだったのでした。

千波がタケルに好意を寄せているようなのに、付き合うことに対して奇妙な態度で
あったことも腑に落ちます。千波の気持ちも不安が残りますが、二人で少しずつ重ねた
時間が、タケルを兄ではなくて、一人の大切な男性として見つめているのだという
ことがわかります。

一方、千波の家族もタケルの容姿に戸惑いをみせつつも、温かくタケルを迎え入れて
くれ、頻繁にごちそうしてくれたりしています。千波の両親が、自分の容姿から
亡くなった息子のことを思い浮かべるのかもしれないが、千波の両親のことが
好きだし、自分なりの形でこの家族と一体感を持ちたいとタケルは考えます。
そこでタケルが考えたこととは・・・。

瀬尾さんの物語は、登場人物たちがみなやさしい。タケルは千波と千波の両親を
とても大切に思っているし、千波もタケルのことをなくてはならない存在だと
感じています。千波の両親もタケルのことを温かく見守ってくれています。

それぞれが「だれかを守りたい」「誰かの喜ぶ顔が見たい」そんな気持ちをにおわせ
つつ、おおらかで微笑んでしまうような優しいやりとりに和みます。
そのほかの二編も、ちょっと変わったシチュエーションで出会った人たちが交わす
やりとりを描いています。

一見悲しい立場の人たちが登場するのですが、物語の空気は不思議と明るく、生きて
いることって、これから迎える未来って、案外悪くないんじゃないかな、という気分に
させてくれます。そんな風に考えることができるのは、自分も物語から幸福な気持ちを
もらっているからなのではないかと。だから瀬尾作品は読んだ後に良い気分になるのかもしれないなあと思うのでした。

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