ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

ないものが「ある」お店で手に入れたいものとは

注文の多い注文書 』の

イラストブックレビューです。

 

 

川端康成の「たんぽぽ」、サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」、
内田百閒の「冥途」など、五つの物語の中に登場する「この世にないもの」を、
小川洋子が注文し、クラフト・エヴィング商會が探し出す。

f:id:nukoco:20190930050554j:plain

 物語の世界にある、現実世界にはないものを、小川洋子が「注文書」にそのもの
自体の説明や必要とする理由をしたため、クラフト・エヴィング商會が「納品書」
にそのものを手に入れた経緯や補足説明を解説。そして手に入れたお礼や感想を
「受領書」として商會へ。そんな形でやり取りされる五つ物語です。

J・D・サリンジャー読書クラブ会長からの依頼は、「バナナフィッシュの耳石」を
探してほしい、というもの。どうやらサリンジャーという作家は、こうした耳石を
手に入れたことで、これまで優れた作品を生み出してきたらしく、この耳石が手に
入らなくてなったからこそ、作品を出せなくなってしまったのでははないか。
依頼者はそんな風に分析し、サリンジャーに新しい作品を書いてほしいため、ぜひ
とも探し出して欲しい、と言います。

バナナフィッシュ自体が本当にいるのか、そして魚?であるならばその石は本当に
存在するのか?サリンジャー作品を読み尽くし、研究し、作品に情熱を持ちながらも
冷静に分析していく様子は、読むものもつい引き込まれてしまいます。小川洋子による、サリンジャーの世界が目の前に広がっていくような美しい筆致も、読み応えがあります。

こうした難しい依頼に応えるのが、クラフト・エヴィング商會。やはり最初は、
バナナフィッシュ自体を探すことに苦労したようです。アジア方面からニューヨークまで、情報が錯綜し、実物にたどり着くまでに手間取ったとか。この辺りもまさか本当に…?いやいやまさかそんな…。と思わせてくれるような細かな状況報告です。

そして、この本のすばらしいところは、「この世にないもの」のビジュアルがある、と
いうことです。この「バナナフィッシュの耳石」も、美しい写真で掲載されています。
このほかにも「それはビジュアルで出すのは不可能では?」といった品々が実に瀟洒
佇まいで、時代の経過さえも感じさせる形で作られ、写真に収まっています。この写真を見るだけでもあらゆるものの想像をかきたてられるような、すばらしいものです。

本書は完成までになんと十年もかかったのだとか。作家の想像力、創造力を駆使した
物語の枠を超えたような物語です。作中に登場する作家と物語に敬意を評した、そして
重ねてさらにそれらの物語の世界を広げてくれるようなステキな五つのストーリー。
自分にとっては宝物になる一冊となりました。

にほんブログ村 本ブログへ