ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

大奥最後の日に残ったのは女たちの矜持

残り者』の

イラストブックレビューです。

 

幕末、徳川家に江戸城の明け渡しが命じられる。女中たちが我先にと脱出しようと
する中、大奥にとどまった「残り者」がいた。彼女たち五人の、それぞれ目的と
思惑とは。音をたてて歴史が動いていく瞬間に立ち会った女たちの矜持を描く。

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大奥といえば、ドロドロした女たちの戦い…というイメージですが、幕末ともなると
少々事情が異なるようです。攘夷が決定となり、大奥の人出は減らされていき、
ついに江戸城明け渡しの日が決まります。旦那様、つまり天璋院から「速やかに立ち去るように」との達しが出ます。女同士でゴチャゴチャやりあう暇もなく、取り敢えず急いで出る者、身の回りのものをかき集めて出ようとする者たちでごった返します。

その中を逆方向に向かっていったのは、着物を縫う担当部署、呉服の間のりつです。
裁縫道具を扱う彼女は、誰かが慌てて針の一本でも落としていないかを確認をするために戻ったのです。確認を終えたりつは誰かが近づいてくる気配を感じて…。

大奥に残っていたのは、天璋院の愛猫を探しにきた、料理担当女中のお蛸、大奥の
中からで出世しようと野心メラメラのおちか、口が悪いが裁縫の腕はピカイチの
もみぢ、そして天璋院に仕える女中の中でも高位なおふき。猫が見つかればすぐに大奥を出て行くはずが、なぜかりつともみぢの縫い物対決となり、ついには五人揃って大奥で一晩を明かすことに。

四人それぞれの大奥での仕事ぶりや、上司となる天璋院周辺の情勢をさりげなく伝えて
おり、大奥がどのように運営されているのかがよくわかります。そして、担当する仕事や地位によって、出世が可能な部署もあります。りつは技能を必要とする部署なので出世は関係がなく、ひたすらに縫製の腕を磨いていることが、りつの性分とも合っていたので、熱心に技術の向上に励んでいたのでした。

そして、残った5人の女たちは、くせ者ぞろい。
仕事熱心で真面目だが、苦しいときほど微笑んでしまう癖を持つ、りつ。
とにかく「大奥」で出世したいのだと、最後の最後までそのチャンスを伺う、ちか。
どんなことがあっても天璋院が食す味噌が入った味噌壺だけは手放さない、お蛸。
京言葉で東をけなしまくる毒舌のもみぢ。上位の女中であるのに博徒のような言葉使いをし、立膝でキセルを吸うお行儀の悪い、ふき。

笑ったりイライラしたり、驚きながら、彼女たちのキャラクターに引き込まれていき
ます。そして彼女たちは、その癖の奥に、築いてきたキャリアや生きてきた軌跡に
対する誇りとともに、今まで活躍してきた場所がなくなるという不安を持っています。

女性だけで成り立つ、ひとつの社会。それがなくなれば、まずは働くにも男性を相手に
することが増えるかもしれません。着物を縫う仕事をしていたりつは、着物を縫う以外のことは女中にまかせていたので、料理も洗濯もいっさいできません。それまで当たり前にあった世界がなくなってしまうという状況に、身を引き裂かれるような気持ちであったのかもしれません。

彼女たちが大奥に残ったのは、自分たちがしてきた仕事への誇りを取り戻しに来たの
でしょう。その誇りを武器にして、見えない世界へ新しい一歩を踏み出そうとしたのではないでしょうか。はじめから自分の身ひとつで糧を得てきた彼女たちの未来はやはり力強く、そんな姿を見ると胸がすく思いがするのです。今の時代にもその生き方にはヒントがつまっていると感じる物語です。


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