ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

真面目な人が繰り出す 信頼できる面白さ

ある日、爆弾がおちてきて』の

イラストブックレビューです。

    

 ある日、空から降ってきたのは、高校生の頃に気になっていた
女の子とそっくりな姿をした『自称新型爆弾』だった。
表題作『ある日、爆弾が落ちてきて』をはじめ、「記憶が退行する
風邪にかかった幼なじみ」「蘇った死者」「図書館に棲む小さな
神様」など、少し不思議な短編集。

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突然空から降ってきたのは、セーラー服を着た女の子。
高校時代にちょっいいなと思っていた女子、広崎ひかりと同じ姿。
自分のことを新型爆弾「ピカリ」と名乗り、病気がちで大人しかった
広崎に比べて、底抜けに明るくて、元気。

ピカリの胸についた時計の針が進み、12時の場所をさしたとき
爆発するという。青春的トキメキでドキドキすると
その分針が進む。

この話をはじめ、どの話も設定が面白いなあ、と思います。
空から降ってきた爆弾が女の子で、しかも当時ちょっと好きだった子で。
青春のやり直しにはいい機会だからと2人でデートをするけれども、
楽しむほどに爆弾する瞬間が近づいていく。

主人公の男性、長島は事態にそれほど焦っていません。
なんだかわからないけど、かわいい爆弾にふりまわされつつ
おとなしく付き合ってあげています。
そこで、高校生当時の、広崎とのとのエピソードを思い出します。

数少ない広崎とのやりとりの中で、爆弾が落ちたらね、という
話をしたこと。
具合が悪くなった広崎に、ニトログリセリンの粒を飲ませてあげたこと。
そして彼女は言います。
「知ってる?ニトロって、甘いんだよ。
だから今キスしたら甘いかも。」

鈍い長島は当時、へえ、と思っただけでしたが、後から考えて
キスへのお誘いだったのか!?と身悶えるも、その後彼女と
進展する機会もなく高校を卒業してしまったのです。

長島は現在二浪中で、目下目標とする大学への合格率もまったく
上がらず、かといって勉強に対してやる気も起きず。
そんな時にやってきた可愛い爆弾と過ごすことは、
きつい現実から目を離すのにちょうどよい存在だったのでしょう。
爆発すればあたり一面、関東一円が吹き飛ぶ、などと言われても
今ひとつピンと来ない。それに、もしかしたら付き合ったかも
しれない当時の自分や彼女に対して、何かしてあげたい、という
気持ちもあったのかもしれません。

そして、ドキドキのクライマックス。
彼女へキスしたら、爆発して彼女も自分も、全ての世界が
終わる。しかし、長島はキスしませんでした。
自分のフックとなるものが、もうあったのです。

それに気づいた爆弾ピカリの悲しい声。
そして彼女は小さなポン、という音を発して消えます。

ラノベ小説らしく、男女の会話や行動も軽やかに感じる部分も
ありますが、男性の真面目な性格が物語を引き締め、軽薄に
見せません。ぼんやりしているようだけど、相手の事を
心から何とかしてあげようと、真摯な気持ちが伝わってくるのです。

死者が蘇るとか、記憶が退行していく風邪をひくとか、
思いもつかない設定で、次はどうなるのかとワクワクしながら
読み進めていけます。そして、どの話も主役の男の子が
相手の女の子に振り回されることになるのですが、
そのやりとりもわざとらしくなく自然で、好感が持てます。

そして、全体に漂うゆらゆらとした哀しみ。
どうにもならないことへのせつなさが、じわじわ伝わってくるのです。
短編集ですが、どの話も読みごたえがあり、おもしろくて
せつなくて、かなしくて。いろいろな感情を味わえる、上質な
物語です。