ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

不安定だけど心地よい場所から踏み出す物語

ギリギリ 』の

イラストブックレビューです。

 

 

脚本家の卵である健児は、同級生の瞳と結婚した。瞳の前の夫、一郎太は
過労死し、それから一年足らずでの結婚。そして、健児は一郎太の母親である
静江とも何故か仲良くやっている。少しずつ変化していく日常に落とす一郎太の
影は今の心地よい関係に陰りと気づきをもたらす。

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健児、瞳、静江。それぞれの視点から亡き一郎太を思い、そして現在の状況を
見つめていきます。健児は脚本家の卵。同窓会で瞳と出会い、ひょんな事から
瞳の住むマンションで世話になる事になり、1週間ほどの予定が長くなって結婚に
至っています。しかし、健児の脚本がテレビドラマで取り上げられることになり、
そこから瞳とすれ違いの日々が続きます。

一方、瞳は生前の夫の不倫相手だったという冴子と会い、定期的に食事をしています。
冴子は、一郎太との思い出話を瞳に対して語り、共に愛する相手を失った悲しみを
分かち合おう、と言うのです。瞳としては、もちろん気が進むものではないのですが、
あなたは自分にとって大した存在ではないのだ、ということを冴子に知らしめるため、
そして自分がすでに別の相手と再婚しているという負い目があるために会っているのです。
また、亡くなった元夫の母親である静江も、瞳にとって重い存在となっています。

静江は息子を亡くし、一人で暮らしています。地デジ移行に伴うテレビの設置などで
健児の助けを借り、一郎太の法事の件で冴子に相談します。最愛の息子がどんなに
優れていたのか、ということをチラリと出したりして、瞳にとっては少々重い、
やっかいな存在であると言えるかもしれません。静江はボランティアで日本語を教える
仕事を始めてから、目をつぶっていた息子の一面に、改めて目を向け始めます。

一郎太という一人の人間が見せていた顔は、優秀で、頼り甲斐のある魅力的な男性で
ある一方で、人の目を気にし過ぎる、気の小さい一面もありました。良い面ばかりを
見ようとしていた静江、悪い面も実際に目にしていた瞳。 夫の嫌な面を見ようとせずに、賛辞ばかりの静江にモヤモヤししてしまう瞳の心境も理解できます。亡くなった人物に対して悪いことを言えない部分もあるでしょう。

瞳と一郎太は、互いの気持ちは向き合っていなかったのかもしれません。もしかしたら、破局に向かっていたのかもしれません。でも、本当にそうだったのか、話し合えば解決できる事だったのか、相手が亡くなってしまえばそれも叶わないのです。

健児、瞳、静江それぞれの思いや感情が、とても細やかに描かれています。
一人の人間が亡くなったから悲しい、といような単純な感情だけではないこと。
夫を亡くした後の再婚に対して、世間が思うこと。自分たちが思うこと。
生前、表面下で渦巻いていた問題と解決しなかったそれぞれの感情。
いろんな思いが交錯し、ままならないことにもどかしさも感じます。

しかし、それぞれが過去や現在の自分を見つめ、顔を上げて進むべき道を
選んでいく姿は尊く、美しくもあります。変わっていくもの、変わらないもの、
変わりたくないもの。そんな人間の美しく、儚いものたちを描いた、心の奥に
いつまでも深い余韻を残す物語です。

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