『東京ワイン会ピープル』の
イラストブックレビューです。
ザ・トーキョーってカンジの世界ですねえ。麻布に一人暮らしのOL、ベンチャーの若き
獅子。いかにも〜なシチュエーションかしらん?と思いきや、見た目の華やかさだけで
なく、奥に深い味わいのある人物たちが織りなす人間模様。まさに、空気に触れることで幾重にも変化していくワインのようなドラマを描く物語です。
不動産会社に勤める26歳の紫野。クラスで三番以内くらいに可愛い見た目で、本気を出せばかなり美人の部類に入るかなというところ。同じ会社の同僚である千秋は華やかな美人で合コンに参加しては、気になる男性といい仲になりますが、長続きしません。そんな千秋に誘われて参加したワイン会で、紫野は織田という男に出会います。
参加メンバーの多くが二次会に参加するなか、帰宅組として残った形になった二人。
少し飲んで帰ろうということになり、一軒のワインバーに訪れます。まったくのワイン
初心者である紫野は思いつくままに、ワインへの疑問や思ったことを口にします。その素直さに好感を持ったのか、とっておきのワインを開けてもらえることになります。
それはDRCエシェゾー2009年というワイン。栓を抜いていく同時に華やかで馥郁たる香りが周囲を満たします。芳醇なワインというものは、開栓時の香りだけでしあわせな気持ちにさせてくれるのですね。そんな香り、嗅いでみたい!そんでもって飲んでみたい!ネットで見たところ一本に25万円(汗)。高いわ!
紫野のワインへの感性は、その表現にあります。ワインの味を評する時に、赤ならカシス、チェリー、クランベリー、なめし革、タンニンの渋みなど、白ならミネラルの硬質が、グレープフルーツ、キンモクセイ、青リンゴなどの言葉を並べ立ててみたりしますが、紫野は違います。彼女は、このワインを口にすると
ふいに目の前が明るくなった気がした。
まぶしさに目を閉じると、瞼の裏に花畑の幻想が拡がっていた。
無数の大柄な花々が咲き誇る畑の真ん中に、まっすぐに延びる道が続いている。どこまでも続く道を歩くと、傍らに自生するハーブの匂いが風に乗って通り過ぎていく。
向こうから籠を提げた少女が歩いてくる。
日除けの白い帽子。
そこから覗く表情は、微笑みかけているようだ。
すれ違いざまに籠の中を覗き見ると、そこにはたくさんのフルーツ。
フレッシュな苺、ラズベリー、ブラッドオレンジもある。
思わず振り返ると少女は立ち止まり、苺を一つ差し出した。
受け取って口に含むとそれは、思い出のように甘く、そして切なかった…。
と語り始めたのです。
ワインからこんな物語を紡ぎ出して来るとは!紫野、恐ろしい子…。
その香り、風味、色、味わいからここまでの画像が浮かんでくるといのは面白いですね。ワインといえば知識から入り、頭でっかちになりがちな私たちに新鮮な視点を与えてくれます。それに、ワインを飲んだことがあまりない人にとってはそのイメージを楽しむことができるし、すでに詳しい人にとっても、味と画像を比較して新しいワインへの一面を見つけることができるのでしょう。
織田がそんな紫野に興味を持ったのも自然な流れであると言えます。別のワイン会へ紫野を誘うのですが、何と織田は粉飾決算の疑いで逮捕されてしまいます。そこで織田は、自分の代わりにワイン会へ参加し、その味を手紙に書いて送って欲しい、と紫野に言うのです。約束を果たすべく参加したワイン会のメンバーは、モデルや医師など華やかで個性的な人たち。彼らとワインを飲み、交流を深めていくうちに、彼らもそれぞれに問題を抱えていることが明らかになってきて…。
人は、ワインのようにラベルが貼り付けられているものなのかも。生まれた場所、仕事、収入、見た目の美しさやステイタス。そんな情報がまず目に行きますが、どんなに高級なワインでも最高のタイミングで飲める、つまりその味が「開く」とは限らないと言います。丁寧に手をかけて作られたワインを、細心の注意を払って保存し、慎重に開栓する。そうして入念に準備した上で、価値観が変わるほど最高の状態で飲めることがあるし、どんなに手を尽くしてもそんな風に味わえないこともある。
まるで人の生き方そのもののようですね。ほかに偽物なのに、他に類のない味を出すワインがあったり、外国の地で日本人が作ったワインがあったりと、本当にいろんな種類のワインが登場します。思わず喉が鳴るような、香りまでも漂ってくるような描写と、紫野が繰り出す変化球的な味わい表現で、様々な角度からワインを楽しむことができます。
ワインのように人も変化し、熟成していくもの。だからこそ、今の一瞬を丁寧に味わっていきたい。そんな風に感じた物語です。