ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

塀の中にいる彼から逃れることはできない

死刑にいたる病 』の

イラストブックレビューです。

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鬱屈した大学生活を送っていた筧井雅也のもとへ一通の手紙が届いた。
それは世の中を震撼させたシリアルキラー・榛村大和からのものであった。
立件された9件のうち、最後の1件だけは自分がやったものではない。それを
証明して欲しい。大和に依頼を受け、再調査をはじめた雅也は次第に彼に
魅せられていく。

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塀の中の殺人者にコントロールされるという、日本版「羊たちの沈黙」の
ような物語です。本作品のすごいところは、何しろこの大和という人物描写に
つきます。雅也が再調査をはじめるにあたり、大和の子供時代からの過去も
次第に明らかになっていくわけですが、ものすごく壮絶です。

毒母としか言えないような母親に育てられ、友人がいなかった少年時代。
それでも、自分よりも小さな子どもたちとは仲良くできた大和は、中学生の頃、
はじめての犯罪に手を染めます。その手口は、王子のような上品な見た目からは
想像もつかないようなおぞましいものでした。

小学生時代、中学、高校と大和に関わった家族、クラスメイト、教師、保護司などに
昔の大和様子を聞いてまわりますが、その感想は真っ二つに割れています。
「彼にも同情すべき点はある」「許す部分は全くない」。
この辺りが、大和の洗脳の力の及ぶ部分と及ばない部分としてハッキリと分かれたのでしょう。

そして、雅也はなぜこの調査依頼を受けたのか。
大学の入学コンパで失態を見せた雅也は、仲間にからかわれ、周囲の人間と
コミュニケーションを取らなくなります。高校入学までは地元で「できるヤツ」
だった雅也は、高校に入ってから自分が井の中の蛙だった事を知ります。
体調を崩し、休学し、勉強に遅れ、仕方なしに入った三流大学。そんなヤツらに
バカにされているオレ…と、孤独と僻みで頭の中がいっぱいの状態です。

そんな時にきたのが大和からの手紙だったのです。
「できるヤツ」だった頃の自分を知る、当時の自分に良くしてくれたパン屋の店主。
孤独と劣等感に押し潰されそうになっていた雅也は、怖さと懐かしさ、そして
変わらぬ自分見つめる優しい瞳に、再調査の依頼を受けることにしたのです。

調査をして、報告。数回のやりとりのうちに、雅也に変化が現れます。
大和だったらこう言うだろうか。大和だったらこうするのだろう。
彼の事を考えて頭がいっぱいになり、そこで起こした雅也の行動は…。

大和は一言も強要する言葉を吐きません。相手に常に選ばせるのです。
それがどんな内容であっても、です。そして、実行した人間は、自分の意思で
やったのだ、と言うしかありません。その誘導の仕方が非常に見事で、見事すぎて
背筋が寒くなります。

一つの事実が明らかになるたびに、 なぜか一つの恐怖が増えていきます。
塀の中にいるというのに、外にいる何人もの人間をコントロールできるという
恐ろしく優秀な頭脳を持ったサイコパスは、物静かな、美しい見た目の好青年
なのです。その優しい目の奥には、闇を抱えた人間の心の隙間を的確に突く機会を
常に伺っているのです。こんな人間に魅入られたら最後、逃げる事はできない。
そう思わせる物語です。

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