ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

思い込みという名の贅肉から解放されたい

あなたのゼイ肉、落とします』の

イラストブックレビューです。

 

 

話題のダイエット本『あなたのゼイ肉、落とします』の著者、大庭小萬里はマスコミに一切登場しない謎の人物。個人指導も行っているが、本人が気になった人物しか実施しないと言う。彼女に依頼を持ちかけたのは、アラフィフの働くママ、19歳の女子大生、30代前半のサラリーマン男性、果ては小学生男子など。様々な事情でぜい肉を身につけた彼らに、謎のベールで包まれた小萬里は一体どのようにして痩せさせるのか。

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夫と社会人の娘と三人暮らしの照美。これまでは割と美人扱いをされてきましたが、最近太ってきたせいか、会社の人たちから自分に向けられる視線が冷たいような気がしています。食べたものを記録するレコーディングダイエットもやってみたし、糖質制限メニューも研究して、だいぶヘルシーな食事を毎日作れるようになりました。それなのに一向に痩せないのは何故?

 

『あなたのゼイ肉、落とします』を読んでみたところ、自分に該当する部分が多々あると感じた照美。ダメ元で小萬里に依頼のメールを送ってみたところ、なんとキャンセルが出たためにOKですとの返事。待ち合わせのカフェに現れた小萬里の姿とは。

 

グレーのパンツに黒のカーディガンを身につけ、キルティング生地で作られたお手製トートバッグを手にした小太りのおばさん。そんな小萬里の姿にあっけに取られる照美。あなたの方がダイエットが必要なのでは…?などと考えてしまいます。小萬里から指導された内容は、食生活や生活習慣などどれも照美にとっては理解しているし、心がけているものばかり。不信感と諦めを態度に出す照美に、小萬里はこんな一言を放ちます。

 

「ブスとして生きる訓練をすることです」

  

ええ!?どういうこと!?

照美はもちろん読者もびっくりです。この言葉をきっかけに照美は自身の現在の状況を振り返ります。

 

女性ということを最大限の武器にして生きよという母の考え方が嫌いで、勉強を頑張り大学を出て、堅実に働いてきたこと。しかし、ブスが生きていくには愛嬌が必要。今までそんなことを考えてこなかった自分だけれど、まずは笑顔を心がけてみるべきなのかも。

 

また、懸命に家事をやっているのに無駄になることも多く、それがストレスになり、どか食いに繋がっていくことにも気づきます。そこから、照美は自分の体に合ったダイエット、さらに生き方を見つけていくのです。

 

体が太った、ということは、心や体に何か問題が起こっている状況に目をつぶっているサインなのかもしれません。環境の変化や自分の体の変化は、適切なものなのでしょうか。ちょっとした変化や違和感をそのままにして、見ないようにしているといつの間にか厚い脂肪に包まれて、問題そのものが見えなくなってしまうものなのかもしれません。今までこうだったからそのままでいいのだ、世間的にもこうだからいいに決まってる、といった多くの思い込みは脂肪と同じように体の動きを鈍らせ、新しい考えや行動の妨げとなるのです。

 

愛想のない小太りのオバさん、小萬里はズケズケと遠慮ない言葉を放ちます。それは衣服も言葉も、無駄なものは身につけないから、真実が他の人よりも良く見えるという一面もあるでしょう。彼女が凄腕のダイエットトレーナーである理由は、クライアントが痩せた姿を想定するのではなく、彼らの本当の望むことを手に入れ、笑顔になれる未来を描くことに力を入れているからなのではないでしょうか。ダイエットをしようかな~と思っている方にも、今はいいかなと思っている方にもぜひ読んでみていただきたい物語です。

 

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稀代の悪女かそれとも女神か。その素顔とは。

悪女について』の

イラストブックレビューです。

 

 

他殺か、自殺か。謎の死を遂げた女性実業家の富小路公子。彼女に関わった二十七人へのインタビューから、次々と驚きの事実が明らかに。人によってまるで違う印象を使い分ける女の生き様を描くミステリー。

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美しき女実業家、富小路公子が転落死しました。元夫、愛人、友人、母親、息子、使用人など彼女と関わったことのある二十七人の男女が、彼女との関係や出来事、彼女への思いを語っていきます。

 

昭和30年代。戦後の復興を遂げ活気付き始めた日本。まだ10代の公子は夜学の簿記の学校へ通っていました。クラスで女性はただ一人。清楚な雰囲気で、周囲の男性は遠巻きに彼女を見ていたのでした。同じクラスの若者は、彼女を自宅まで送り届ける機会があり、その時に彼女の生い立ちを聞きます。自分の母親は育ての母であり、本当の母親ではない事。華族の血を引いている事。それは、彼女のおっとりとした喋り方、控えめで上品な所作などからも納得のいく話でした。

 

そして、一人目の夫に当たる人物は、公子を激しく嫌がっています。公子と付き合い同棲し、結婚を迫られていましたが、その気が無かった男は彼女を捨て、実家に帰ります。地元で親に勧められた相手と結婚したのですが、その時に驚くべき事実が判明します。何と、妊娠していた公子が勝手に彼との婚姻届を出していたのです。その後出産した公子は、彼の親から別れるように頼まれた際に、慰謝料として高額な金額を要求し、受け取ったのです。

 

その金を元手に、公子は飲食店や宝飾店、果ては高級女性向けクラブまで経営し、やり手女実業家としての実績を着々と積み上げていきます。簿記で学習した数字と法律を駆使して、土地転がしのようなことをしつつ、宝飾業においても安物の石に色を塗って出すという危ういこともする。しかしそれはあくまでも「そうに違いない」と発言する人がいるということで、決定的な証拠を掴まれるようなことはありません。実際にやってないのかもしれませんが…。限りなくグレーです。

 

彼女をひどい女だ、と叩く者がいる一方で、彼女の落ち着いた、愛情深い一面を賞賛する者が多いのも面白いところ。美しいものが大好きで、そうしたものを眺めていると心が癒される公子。華族出身で、母親は本当の母ではない、というのも嘘なのですが、上品な仕草や話し方を徹底的に身につけ、自分のものにしていくバイタリティはものすごいものがあります。

 

これだけ精力的に動き回り、仕事でも成功を収めている彼女も年をとるにつれ、埋めることのできない寂しさに悩まされるようになります。弱い部分を見せられると、なんとも切ないような可哀想な気分にもなります。悪女だって人間ですもの、私たちと同じように落ち込むこともありますよね。

 

しかし最後までのんびりと読ませてくれないのがこの物語のすごいところです。ラストに近づくにつれ、彼女の生き方年表のようなものが読者の頭の中に出来上がってきます。それをおさらいした時に、もう驚くばかりです。あんな出来事が起こっていた時に、この人とこんなことしてたんかい!?うわ~そりゃ悪女だよ…と背筋が寒くなります。

 

そんな公子ですが、どうにも憎めないのは、彼女の美しいものを愛する気持ち、純粋で潔癖な部分が芯にあったと思わせるから。超絶計算高い、女性の魅力も頭脳もフル活用して全てを手に入れた彼女の素顔はどんなものだったのか。何を考え、何を感じながら生きていたのか。読んだ人の数だけ、その人が感じた彼女の人間像が浮かび上がる。幾層にも重なった女の生き様を描くミステリーです。

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死神は地の果てまでも犯人を追い詰める

皇帝と拳銃と』の

イラストブックレビューです。

 
 

 

二人組の人気作家「四季社忍」の一人、和喜田が殺された。証拠となるものは処分したし、雨で流された。自分が捕まることはないはずだ。そう、「四季社忍」のもう一人の作家である自分、伊庭照彰の犯行を証明するものは何もない。そんな伊庭の前に現れたのは奇妙な二人組の刑事だった。

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犯罪を犯し、完璧だと犯人が思っていた四つの事件。異色の刑事が事件を解決していきます。モデルか俳優かと思うほど整った見た目をしている若い刑事、名前はいたく平凡な鈴木と、死神のような陰鬱な佇まいと話し方の中年、しかし名前は可愛らしい警部、乙姫のコンビで事件の捜査を進めます。

 

伊庭は、仕事の相方が土手をランニング中に撲殺。現場から少し離れた場所に隠してあった自分の自転車を取り出し、家に戻ります。マンションの前に停めておいた自転車は、雨が降ったことでタイヤについた現場の土も洗い流すはず。そして、タイミングの良いことに帰ってすぐに宅急便の配達が来たため、自分のアリバイを証明してくれることになったわけです。これで自分が犯人だと特定されることはまずないだろうと考えていたのですが。

 

またある時は、大学の副学長が、経費の不正使用を見つかり、経理担当者から脅されたため、経理担当を殺害。しかし、警察の捜査では殺された男はビルから飛び降りた自殺なのか、それとも他殺なのか判別がつきません。副学長が次の学長となることを邪魔するものは何もないはずと思われたのですが・・・。

 

死神と美青年の組み合わせは、まず人をギョッとさせます。犯人を疑うようなあからさまな態度は取らないものの、何を考えているのかわからない不気味さを漂わせる乙姫警部は、見た目だけでも犯人に圧力を与えているのかも。重ねられる質問に容疑者が、不備な点があったのかと不安を感じたあたりでスッと身を引いたりと、見事な駆け引きも見せてくれます。

 

暗く、鋭い目つきで、現場の小さな違和感から事件の真相に近づいていく乙姫警部の様子は、死神が首を切るための大きな釜を持って近づいてくるような、そんな不気味さを感じます。静かで暗い様子ながらも、時折見せるアイドルや俳優の事情にやけに詳しい知識を披露したりして、外見と内面のギャップは広がるばかり。ますます不可解な乙姫警部が気になって仕方ありません。

 

キャラの濃い警部ではありますが、それぞれの事件も練られたトリックであること、犯人の生々しい心境や焦りなどが手に取るように伝わることから、芯の通ったミステリ集と言えるでしょう。犯人を斬る死神警部の活躍に今後も期待が膨らみます。

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親も、子も、ロボットもいっしょに成長していく物語

ロボット・イン・ザ・スクール』の

イラストブックレビューです。

 
 

 

三十代のダメ男ベンと幼児のようなポンコツロボット・タング。彼らが世界を旅し、帰ってきてからは妻のエイミー、姉のボニー、そしてロボットのジャスミンと、三人と2体のロボットで家族生活が始まる。ボニーやロボットたちの成長とともに様々な問題が発生して…。

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4歳になったボニーはプレスクールへ通い始めます。するとタングは「僕も学校に行きたい」と言うのです。最初はロボットを学校に通わせるなんて無理だと主張していたベンですが、エイミーと話し合い、タングは家族の一員であること。その家族が学校に行きたいと言っていることは尊重するべきだし、自分たちはそのために協力を惜しまない、という結論に達します。

 

妻のエイミーはこんな時にその能力を遺憾なく発揮します。まずはPTAの仕事を熱心に取り組み、プレスクールの先生たちや保護者からの信頼を十分に得たうえで、校長先生に話をしにいくのです。さすが弁護士、理路整然と、そして決して相手を責めるような表現を避けつつ、自分たちの有利な方向へと誘導していくのです。彼女の働きにより、タングは無事に学校へ通えることになります。

 

友達もたくさんでき、喜ぶタング。一方ボニーは学校が嫌い。タングと一緒に通うことになってからは少しはマシになったようですが、学校ではいつも友達のイアンとだけ関わり、二人だけで遊んでいる様子。今だけなのか、それともボニーにとってどうにもならないくらい学校という存在が嫌なものなのか。やんちゃで口の達者なボニーの元気がない様子を見て、ベンとエイミーは心配します。

 

もう一体のロボット、ジャスミンも変化の兆候を見せます。オンラインで参加していた読書会のオフ会に参加したいと言うのです。ベンが会場まで一緒に行ってあげることにしたのですが、その会場でジャスミンは参加者から差別的な言葉を投げつけられます。想像していたことではありますが、ベンはジャスミンを慰めます。それ以降、ジャスミンはベンに「愛とは何か」「好きな相手ができたら告白すべきか」などと質問をしてくるように。驚くべきことに、ジャスミンに好きな相手ができたようなのです。

 

エイミーの日本出張が決まり、学校の休み期間中でもあり、今の職場を辞めることを考えていたベンは、家族全員で日本を訪れることに。かつての仲間たちとの出会い、心地よいひと時を過ごしたベンに、ジャスミンが自分の好きな相手のことを打ち明けて…。

 

ベンとエイミーの親としての奮闘ぶりが、生き生きと描かれています。やはり親としては初めての経験で、手探りで子供とロボットたちの成長を見守り、助けようと必死に取り組んでいます。子供は時に理不尽な要求や、どうにもならない問題の答えを求めようとします。成長途中にあるロボットたちもしかり。なだめたり、すかしたり、時にはイラついたりもするけれど、そんな時にハッとさせられるような言葉を発したり、行動を起こしたりする彼らに、なんとも言えない胸が熱くなるような思いがするのです。

 

トラブルが起こるたびにぶつかって、ひび割れて、治ったところは強くなっていく。そうやって絆を強めながら、親も、子も、ロボットもいっしょに成長していく。そんな心温まる物語です。

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ワインの味わいとともに広がっていく世界

東京ワイン会ピープル』の

イラストブックレビューです。

 

 

不動産会社に勤める桜木紫野は、同僚から誘われワイン会に参加し、織田一志というベンチャーの若手旗手と出会う。ワインに対する紫野の感性に興味を持った織田は、別のワイン会へと紫野を誘うが、ある事件が起こり…。

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ザ・トーキョーってカンジの世界ですねえ。麻布に一人暮らしのOL、ベンチャーの若き
獅子。いかにも〜なシチュエーションかしらん?と思いきや、見た目の華やかさだけで
なく、奥に深い味わいのある人物たちが織りなす人間模様。まさに、空気に触れることで幾重にも変化していくワインのようなドラマを描く物語です。

不動産会社に勤める26歳の紫野。クラスで三番以内くらいに可愛い見た目で、本気を出せばかなり美人の部類に入るかなというところ。同じ会社の同僚である千秋は華やかな美人で合コンに参加しては、気になる男性といい仲になりますが、長続きしません。そんな千秋に誘われて参加したワイン会で、紫野は織田という男に出会います。

参加メンバーの多くが二次会に参加するなか、帰宅組として残った形になった二人。
少し飲んで帰ろうということになり、一軒のワインバーに訪れます。まったくのワイン
初心者である紫野は思いつくままに、ワインへの疑問や思ったことを口にします。その素直さに好感を持ったのか、とっておきのワインを開けてもらえることになります。

それはDRCエシェゾー2009年というワイン。栓を抜いていく同時に華やかで馥郁たる香りが周囲を満たします。芳醇なワインというものは、開栓時の香りだけでしあわせな気持ちにさせてくれるのですね。そんな香り、嗅いでみたい!そんでもって飲んでみたい!ネットで見たところ一本に25万円(汗)。高いわ!

紫野のワインへの感性は、その表現にあります。ワインの味を評する時に、赤ならカシス、チェリー、クランベリー、なめし革、タンニンの渋みなど、白ならミネラルの硬質が、グレープフルーツ、キンモクセイ、青リンゴなどの言葉を並べ立ててみたりしますが、紫野は違います。彼女は、このワインを口にすると

ふいに目の前が明るくなった気がした。
まぶしさに目を閉じると、瞼の裏に花畑の幻想が拡がっていた。
無数の大柄な花々が咲き誇る畑の真ん中に、まっすぐに延びる道が続いている。どこまでも続く道を歩くと、傍らに自生するハーブの匂いが風に乗って通り過ぎていく。
向こうから籠を提げた少女が歩いてくる。
日除けの白い帽子。
そこから覗く表情は、微笑みかけているようだ。
すれ違いざまに籠の中を覗き見ると、そこにはたくさんのフルーツ。
フレッシュな苺、ラズベリー、ブラッドオレンジもある。
思わず振り返ると少女は立ち止まり、苺を一つ差し出した。
受け取って口に含むとそれは、思い出のように甘く、そして切なかった…。

と語り始めたのです。
ワインからこんな物語を紡ぎ出して来るとは!紫野、恐ろしい子…。
その香り、風味、色、味わいからここまでの画像が浮かんでくるといのは面白いですね。ワインといえば知識から入り、頭でっかちになりがちな私たちに新鮮な視点を与えてくれます。それに、ワインを飲んだことがあまりない人にとってはそのイメージを楽しむことができるし、すでに詳しい人にとっても、味と画像を比較して新しいワインへの一面を見つけることができるのでしょう。

織田がそんな紫野に興味を持ったのも自然な流れであると言えます。別のワイン会へ紫野を誘うのですが、何と織田は粉飾決算の疑いで逮捕されてしまいます。そこで織田は、自分の代わりにワイン会へ参加し、その味を手紙に書いて送って欲しい、と紫野に言うのです。約束を果たすべく参加したワイン会のメンバーは、モデルや医師など華やかで個性的な人たち。彼らとワインを飲み、交流を深めていくうちに、彼らもそれぞれに問題を抱えていることが明らかになってきて…。

人は、ワインのようにラベルが貼り付けられているものなのかも。生まれた場所、仕事、収入、見た目の美しさやステイタス。そんな情報がまず目に行きますが、どんなに高級なワインでも最高のタイミングで飲める、つまりその味が「開く」とは限らないと言います。丁寧に手をかけて作られたワインを、細心の注意を払って保存し、慎重に開栓する。そうして入念に準備した上で、価値観が変わるほど最高の状態で飲めることがあるし、どんなに手を尽くしてもそんな風に味わえないこともある。

まるで人の生き方そのもののようですね。ほかに偽物なのに、他に類のない味を出すワインがあったり、外国の地で日本人が作ったワインがあったりと、本当にいろんな種類のワインが登場します。思わず喉が鳴るような、香りまでも漂ってくるような描写と、紫野が繰り出す変化球的な味わい表現で、様々な角度からワインを楽しむことができます。

ワインのように人も変化し、熟成していくもの。だからこそ、今の一瞬を丁寧に味わっていきたい。そんな風に感じた物語です。

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「生類憐れみの令」に隠された真意とは

最悪の将軍』の

イラストブックレビューです。

 

 

生類憐れみの令を制定したことにより「犬公方」と呼ばれ、その悪名が今に語り継がれる徳川の五代将軍綱吉。その真の人間像とはどんなものであったのか。諸藩の紛争、赤穂浪士の討ち入り、大地震、富士山の噴火。次々と降りかかる災難に立ち向かう男の生涯を描く。

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教科書に載っている徳川綱吉。生類憐れみの令を制定し、犬猫を粗末に扱うとたちまち
重罪というムチャな法律を作って施行した将軍というイメージがあります。そんな生類
憐れみの令が生まれた背景はどのようなものだったのか、徳川五代目ともなる当時の世の中の様子、そして、綱吉本人はどのような人物であったのかを描く物語です。

綱吉は4代目将軍家綱の弟に当たります。次代将軍は甲府藩主である松平綱豊が有力と
されていました。やがて家綱が病のため身罷り、次の将軍を決める話し合いの中で、思いがけず綱吉を将軍に、という話が持ち上がります。

当時は病弱な家綱のもと、家臣たちが采配を振るいはじめ、己の思うままに国を動かし
ていました。そんな中、国の先行きを心配した新参の老中、堀田が綱吉を将軍に、と
発言します。病床の家綱からの書も受けていると。武よりも文を得意とする綱吉に、
国を治めるには力不足とそしる老中たちに、水戸藩主の光圀公がピシャリ。 その場を
収め、綱吉が次代の将軍となることが認められます。

綱吉は、先代将軍が亡くなった後の喪に服す期間を、それまでの慣例よりも長い期間を
設けたことをはじめとして、次々と「これまでのやり方」を変えていきます。例えば、
それまで交代制としていた役人の仕事も専任制としました。そうすることで一連の流れが良くわかり、責任感も生まれ、新たな対策を講じやすいというメリットがありました。以前は、ある程度の期間を過ぎると交代してしまい、引き継ぎがうまくいかなかったり、この期間までやればいい、という無責任な考えをするものが多かったのです。

その中でできたのが生類憐れみの令です。徳川の時代になってから、戦は無くなりまし
たが、親が子を捨てる、子が親を捨てる、そして職を失った浪人たちが人を斬る、など
といった事態が後を絶ちませんでした。人の命が軽過ぎる。綱吉はそのことを問題視し、生きるもの全ての命を大切にするべきだとして、生類憐れみの令を制定したのです。

プライベートでも子供のために犬を飼い、子が犬を可愛がる様子を見て目を細めている
綱吉は、妻と子供を愛する良き父親でした。正室の信子、側室の伝、そして綱吉の母、
桂昌院との関係はとても良く、風通しの良い間柄であったようです。特に、頭の回転が
速い信子との会話を、綱吉は楽しんだようです。

綱吉が五代将軍となってからは、夫婦はそれまでのように頻繁に会話を交わすことは無くなりますが、折に触れ将軍の様子を気遣う信子もまた、綱吉の意図を汲み取り、新しい大奥を築いていきます。天真爛漫な義母、桂昌院とのやりとりも、信子の知性と気遣いが的確で安心して見ていられます。タイプは違いますが、どちらの女性も魅力的です。

綱吉は穢れを嫌い、清くあろうとした人間です。時に厳しく、周囲にも同じように清く
あるように求めてきました。そのことが横暴であるとか、一方的であるというように
伝わるのは、その真意が末端まで達していなかったからのようです。勤めるうちに腹心の臣下を失い、仕事上での真意を言い合う相手がいなくなるという孤独の中で、ひたすらに国全体へ目を向けていたのです。

一方で、外国人を城に招き、気の利いたやりとりをして見せたりもします。未知のものを排除するのではなく、好奇心を持って、良いものは得ていこうという貪欲な部分見せたりすることも。真面目で固いばかりではないのだな、と意外な一面をみせてくれたりもします。

綱吉の時代には、諸藩の紛争、赤穂浪士の討ち入り、地震、富士山の噴火など世の中に
厄災が多く起こりました。その対処を見る限り、温情なくバッサリだなと思う部分もありますが、今後同じようなことが起きないように断ち切る、という意図を知れば、適切であったことがわかります。世間に伝わるのはその「バッサリ」の部分だけなのですが。そして災害に対しては、できうる限りの対策を講じています。

「最悪の将軍」と呼ばれた男は、誰に何と言われようが構わずに、民を守るということに心血を注ぎ、強い覚悟を持って江戸の礎の一部を作った人物でした。教科書からは見えてこない、時代の一部を築いた人物の生き様から、国を統べることの視点や心の有り様が見えてくる瞠目の物語です。

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瀬尾さんの手にかかると家族エッセイも物語風味に

ファミリーデイズ』の

イラストブックレビューです。

 

 

中学校の教師を務めてきた著者は40歳を目前にして予定外の妊娠&出産。やんちゃで元気いっぱいの娘、のんきでマイペースな夫とともに送る日々の生活や、かつての教え子や恩師たちとの交流を描く、心がほっこりと温かくなる家族エッセイ。

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結婚式では感動しきりの夫が涙を流し、横では新妻が教壇に立つ教師のごとく、場を取り仕切った挨拶をする。結婚してからは夫の朝の過ごし方に驚き、誕生した娘の成長に目を細め、時に不安にかられてネットで情報を探しまくる…。

あたたかな心の交流を書かせたら天下一品の瀬尾さんの、はじめてのエッセイです。
のんびりとした旦那さんと、教師としてテキパキする瀬尾さんの対照ぶり、加えてどちらに似たのか?というほど片時もじっとせずに精力的に動き回る娘さんの三人家族をいきいきと描きます。力の抜けた文体でありながら、人物それぞれがくっきりとした形を持って存在していて、彼らの鼓動や息遣い、熱量まで感じられるようです。

ナチュラルに過ごしているのになんだかおかしなことになっていて、クスリと笑ってしまうエピソードが散りばめられ、笑って心のガードが緩んだところに、目元がうるっときてしまうようなエピソードがスッと入ってきます。これはもう、物語の様相を呈していますね。それがちっとも嫌な感じがしないのは、瀬尾さんの、家族という近しい存在をじっくりと眺めているのに、一歩引いたようなフラットな視点を感じるからでしょうか。それでいて、冷たくなく、包み込むような広さと温かさを感じるという。

教師をしていた瀬尾さんならではの、教壇の上から生徒たちを眺めている、そんな目線なのかもしれません。生徒たる中学生への愛情もハンパないです。自分にとっては中学生とは自分自身の当時の記憶を含め「メンドくさい」イメージが大きいですが(もちろん可愛い部分もあるけれども)瀬尾さんは違います。不完全で不安定な彼らのちょっとした変化を、喜び慈しんでいるのです。

なんというか、人間というものが好きな作家さんであるのだなということをつくづくと
感じます。今日という日を見つめていると、昨日と異なる変化に気づく。子供はそうした変化が著しく、それが成長なのであり、著者が喜びや楽しみを感じる部分なのでしょう。

まっすぐと加速する子供の変化、緩やかな大人の変化、そしてそれそれが変化した上で
重なっていくグラデーションが、心地よく読む者に浸透していくのです。はじめての子育てでテンパり不安と緊張でトゲトゲしていた自分、自分の価値観を押し付けてくる大人にイラついていた中学生の自分に対して、いいんだよ、と頭をなでられているような、隣でニコニコと見守ってくれているような、そんな気持ちにさせてくれる文章です。

いい年になったおばちゃんの、そんな素直な部分を引き出してくれるとは、やはり凄腕の中学校の先生、いや、作家さんです。軽い読み心地ではありますが、笑いあり、涙あり、じっと余韻を楽しみたくなるような胸の震えありの、まるで物語のような一冊です。

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