ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

創造と芸術の女神が男に与え、そして奪ったものとは

『ばるぼら』の

イラストブックレビューです。

 

 

小説家、美倉洋介は、耽美派の天才として名声をほしいままにしていたが、自分の欠陥部を隠して生きてきた。ある日、新宿駅で奇妙な女、バルボラを拾い、同居をはじめる。アルコール依存症で自堕落なバルボラだが、美倉のミューズとして、その存在は大きくなっていく。やがて二人に別れの時が訪れて…。

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1973年から1974年にかけてビッグコミックで連載された手塚治虫によるゴシック・ファンタジーです。本書は1996年12月に上下巻として刊行された角川文庫を改版し、合本された新装版となります。

耽美な文章を書き、人気作家である美倉は、新宿駅で座り込んでいた、薄汚れた女性を
連れて帰ります。彼女の名はバルボラ。アルコール依存症で、自分勝手に振る舞う彼女と一緒にいると、不思議で奇妙な出来事が次々と美倉に起こります。

気に入ったデパートの女性店員の正体、美しい犬を連れた美しい飼い主との逢瀬、死んだはずのかつての恋人との出会い。神のいたずらか、美倉自身がもたらす幻影なのか。美しくも怪しい、非現実的な世界が展開していきます。

バルボラの存在により、創作意欲が掻き立てられた美倉には多くの仕事が舞い込み、その名声を利用しようと近づく者たちが後を絶ちません。中でも政治的に美倉を利用しようとする輩にバルボラは強い拒否を示し、絶対に政治に関わってはいけない、と美倉に告げます。そして、ある事件から、バルボラはヴィーナスであり、才能ある者に近づくのだ、ということを美倉は知ります。

薄汚いアルコール依存症女から美しい女性へと変身を遂げたバルボラに、美倉は結婚を申し込みます。しかしながら二人に別れが訪れるのです。

人間の生き方としては破綻しているバルボラの姿を見て、創作の意欲を刺激される美倉。そして、才能ある者には、あらゆる世俗的な罠が待ち受けています。バルボラはそうしたものから美倉を守ろうとしますが、守りきれない部分が出てきてしまうのです。

創作と芸術という世界はどのようなものなのか。溢れる才能というものは、神によるものなのか、それとも悪魔の仕業なのか。創作の世界ではなく現実の世界に目を向けた途端に、手をすり抜けていくミューズ。創作に携わる人々にとっての創作物は、そんな存在であるのかもしれません。

どこまでも深く、その世界を追求し、後ろを決して振り返らない。そうした覚悟はできているのか、とミューズは常に問いかけているようです。覚悟ができない者からはなけなしのアイデアまで根こそぎ奪っていってしまうのです。「芸術」という名の人間の深淵を、幻想的に、そして哲学的に描いた読みがいのある漫画です。


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