ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

キレッキレの悦ちゃんの魅力満載の物語

悦ちゃん 』の

イラストブックレビューです。

悦ちゃん (ちくま文庫)

悦ちゃん (ちくま文庫)

 

 

母親に先立たれ、作詞家の父と暮らす10歳の女の子、悦ちゃん
元気でおませでちょっぴり口が悪いけど歌が上手。
ある日、父親の碌さんに後妻を迎える話が舞い込んで来た。

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ちくま文庫獅子文六の作品が出るようになってから読み始めて
三作目。今回は父と幼い娘を描く物語です。
獅子文六の作品は、どれも登場人物と構成がしっかりくっきりと
していて、舞台や映画、ドラマなんかにぴったりだと思います。

主人公悦ちゃんは10歳の女の子。母親を早くに亡くしていますが
明るくて元気で、威勢がいい。口が悪くて生意気なところも
あるけれど、イマイチ頼りない父親にダメ出しなんかしたりして
しっかりしているところもあるから、憎めないのです。

父親の碌さんは売れない作詞家。月々の暮らしがやっとこという状態。
しかし「お買い物は銀座へ行く!」と悦ちゃんにせがまれ、足を運ぶ。
のんびり屋さんの碌さんですが、こんなところは見栄っぱりで
東京者、という感じがします。ちなみにこちらは昭和10年代頃のお話の
ようです。今は東京の人って、見栄っぱりなイメージはあまり
ないような気がします、と一応フォロー入れておきます(笑)。

そんな碌さんに、後妻迎えてはどうか、という話が持ち込まれます。
持参金付きであるし、義兄の会社の取引相手の娘という、大いに
戦略じみた話ではありますが、悦ちゃんだってまだまだ母親が
恋しい年頃であるし、やはり持参金は魅力的だ(やっぱりか)と
いうことで、お見合いをします。

相手は美人ですこぶる教養のあるご婦人、カオルさん。
ただし、この時代のスタンダードな妻の座は全く希望しておらず、
自分は勉強をし、教養を磨き、そして文化的活動をする夫を支えて
生きていきたい、とのたまうのです。
つまり、「育児と家事はしません。文化人の夫と恋人のように暮らしたい」と
こうおっしゃるんですね。相当先進的なご婦人のようでうす。

これがまた悦ちゃんと合わない。まあ、先方も子ども好きでない空気を
醸しているわけですから、悦ちゃんのほうで合わせるなんて気は
毛頭ありません。しかし、大人の事情で結婚の話はどんどん進みます。

悦ちゃん、かわいそう。イヤな継母とくらして、体良く全寮制の
学校へ追い払われて…というところへ、優しいお姉さんが登場。
銀座のデパートで、悦ちゃんへおすすめの水着を見繕ってくれた
女性店員の鏡子さんです。鏡子さんも、幼い頃に母親を
亡くしており、悦ちゃんと意気投合。文通を始めて、2人は
仲良しになります。悦ちゃんは、鏡子さんに「私の母親になって」
とお願いします。それには困惑する鏡子さんですが…。

碌さん、カオルさん、鏡子さん、鏡子さんの父親、売れっ子の
作曲家など、さまざまな人物が登場し、これでもかこれでもかと
誤解が生じていきます。もつれにもつれまくっても、話がこんがらがることなく
登場人物も混乱することなく、面白く読んでいくことできます。

作者の筆力はもちろんですが、悦ちゃんの牽引力も大きいです。
10歳という小さな少女ではありますが、決して悲観することなく、
少々落ち込んでもすぐに解決のために立ち上がる。そんな姿を見ると、
思わずがんばって!と応援したくなってしまいます。
いや、充分がんばっているから無理するな、と言う方が正解かな。
でも、本人はその自覚がなく突っ走ってしまうのですから、
そこが子供らしくもあり、せつなくなる部分でもあり。

後半は前半の陽気さと比較して、打って変わって湿っぽくなって
しまうのですが、ここでは鏡子さんの父親が非常に
いい味を出していて飽きさせません。
昭和10年代における、古き良き時代の人、つまり人情に篤い
頑固者というキャラクターなんですが、この人もいろいろ
面倒を巻き起こすのです。それが悪気がなくて、まっすぐなもんだから
笑っちゃうのだけど笑えないというか。
そのあたりさじ加減も絶妙なんですね。

悦ちゃんと、悦ちゃんを取り巻く大人たちが巻き起こすドタバタ劇場。
時代の古さが、違和感というよりはかえっていいスパイスとなっており
その時代の自由さと不自由さがよく伝わってきます。
小さな体で大きなエネルギー発する、みんなの宝物、悦ちゃん
こどもはやはり愛されて輝くのだ、という事を笑いと涙で教えてくれる
とっても素敵な物語です。