ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

恋するようにクラフトビールを楽しもう♪

恋するクラフトビール 

知識ゼロから好みの一杯に出会える』の

イラストブックレビューです。

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ビールが苦手な二条麦穂は、ひょんなことからビアバーで働くことになった。
ビールの知識は皆無である麦穂が、様々な種類のビールを試してみると
気を失ってしまい、気がつけばそのビールが生まれた地へと来てしまって
いた…。ビールを擬人化し、その生い立ちや味わいを楽しく学べる
コミックエッセイ。

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夏といえばビール!ビアガーデン!居酒屋入ればとりあえずビール!
ひとむかし前まではそんな単純な飲み方をしていたような気がするビール。
最近ではクラフトビールを店内で作り、販売していたり、世界中のビールを
飲めるビアバーが登場したり、ビールのフェスティバルも開催されたりして
ビールの楽しみ方も多様化してきたようです。

ホワイトエール、ピルスナー、スタウト、ポーターなどなど。
飲んだことはあるな…。まあ数杯目からは味とかだんだんわからなくなって
しまったりしますけど、でもビールはおいしい。そのビールはどこで、どのように
作られたのか、そしてその味の特徴はどういったものなのでしょうか。

そんな知識をマンガでわかりやすく取り入れれば、ビールの味わいをより
楽しめるというもの。ビールが生まれた国の様子を思い浮かべながら味わうなんて
ちょっといいですよねえ。大手会社の国産ビールももちろんいいのですが、
それとはまた違った、異国の香りを感じる楽しさがあります。

ビールを擬人化することにより、より印象的になり、記憶に残りやすいような
気がします。とはいえ、ビールは気軽にグイグイ飲んで、みんなでガハハハと
楽しむための飲み物。知識を詰め込もうと肩肘はることはありません。

味の特徴などから気になったビールをチェックしておいて、ビアバーに
行った時にサッと注文するのが良いでしょう。ついでに連れの方に、この本で
覚えた知識を披露したら、羨望の眼差しを浴びること間違いなし!
深酒せずに解散できれば、ビール通としての地位を獲得できるでしょう。

ビール好きな人にはもちろんおススメなのですが、こちらはビールが苦手、
という方にもおススメします。苦い、炭酸がキツい、といったビールの
先入観を覆す様々なクラフトビールが紹介されています。おまけに、この
著者の方ももともとビールが苦手だったそうなのですが、ホワイトエールを
初めて飲んだ時に、目からウロコが取れ、ビールの世界への扉が開いた、
とおっしゃっています。

お気に入りの味を見つけ、恋するようにビールを楽しむのもいいかもしれませんね。
クラフトビールとの新しい出会いに胸がワクワクしてくるコミックエッセイです。

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何かが「いる」、何かが「ある」ところに住むということ

営繕かるかや怪異譚』の

イラストブックレビューです。

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ほとんど会ったことのない叔母から、古い町屋を受け継ぎ、そこで
暮らしはじめた祥子。使われていない奥座敷の襖が、何度閉めても
開いている。人ではない「何か」から助けてくれるのは「営繕かるかや」の
尾端という男なのだが。

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閉めても閉めても開く襖。建て付けが悪いのかと見てもらっても問題はない。
そのうち、開いた隙間から何か顔のようなものが見え、それが、そこから
出てこようとして…。

身の毛もよだつシチュエーションです。ここに住んでいた叔母さんも、その
「何か」の正体に怯え、一時期はその部屋を塞いでしまったとのこと。
しかし、そこから聞こえてくる物音がさらに頻繁に聞こえるようになったために、
封鎖を解き、以前と同じように襖を取り付けましたが、襖が開いた後にその
「何か」が入って来ないよう、箪笥を襖の前に置いていました。

そんな事情を知らなかった祥子が、おかしな場所にある箪笥を移動したところ
恐ろしい思いをしてしまったのです。正体不明の存在に怯える祥子のもとに
やって来たのは営繕屋の尾端という男。霊感などは全くないのだが、なぜか
こうした物件の修繕に呼ばれるのだそうです。

そして、彼はその「何か」の正体に想像を巡らせ、現在の住民とうまく
一緒に暮らせるように修繕を施すのです。特徴的なのは、その見えざる存在を
拒否するのではなく、そこにいるもの、として認め、その上で現在の住人と
折り合いがつけられるよう、ベストな状態に家屋を作り直していくのです。

住む人にとっては、気味が悪いから、とその場から逃げ出してしまうことも
選択の1つとしては考えられることです。しかし、縁があって住むことになった
場所が、手を加えてもらうことにより、住み続ける事ができたなら、
住む人にとっても喜ばしい事です。

そして、この物語に出てくる恐ろしげなものたちは、正体は明らかにならない
こともありますが、どうやら後から来た住人に敵意を抱いたものたちばかりでは
ないようなのです。そのものたちからしたら、もしかしたらこの住民たちが
これまでの暮らしを邪魔する存在、彼らを脅かす存在だあるのかもしれないのです。

正体不明のものと人間が100%理解し合うのは到底無理なこと。
しかし、相手の状況に想像を巡らせ、互いに少しずつ歩み寄り、共に存在することで
どちらも穏やかに生活する事は可能であるかもしれません。

物語に登場するのは、古い街や家屋。そうしたものには、いろいろな「もの」が
居付きやすいものなのかもしれません。その存在を理解し、認め、今の住民と
うまく共生するための「営繕屋」がいれば、その家屋はより多くのものを
抱えながら存在し続ける事ができるのではないでしょうか。そんな家屋に
住む、ということは、知らずしていろんな人や物と繋がりながら生きて
いける、ということなのかもしれません。

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「私」が選んだ自由への道とは

フリー!』の

イラストブックレビューです。

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広告代理店のデザイナーとして働く緑川千春は37歳、独身、彼氏あり。
人手不足による残業、改善を図ろうとしない上司たちに限界を感じて退職。
しかし、千春に待ち受けていたのは、想像以上に厳しい現実だった。
千春が唯一、ひと息つけることができる日本酒バー「drop」で出会った
人たちとの交流が、千春の人生を変えていく。

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連日続く、終電までの残業。コンビニのご飯を流し込み、部屋の掃除や
洗濯をする時間も気力もない。彼氏が部屋に来ても足の踏み場もない。
会社に行けば、女性社員にお茶汲みをさせる上司にイラつきを隠せない。
それを納得してやっている、と明言し、早期退職制度利用してサラッと
会社を辞めた後輩の女性にも。

仕事が好きだとわかっていても、限界以上の働きが続けば落ち着いて
物事を考えることは難しいでしょう。人員削減で誰もがいっぱいいっぱいの
ところに来て、これまで男女問わず、飲みたいものが自分で飲み物を
用意していたのに、「お茶は淹れるのは女性の役目」という考えの上司が
来てからは、ますます千春の思考と行動は空回りしていくようです。

このような職場は今は珍しいのでしょうか?セクシュアルな役割、というのを
社員に押し付ける年配の方はまだまだ多くいるのではないかなと思って
います。人によっては小さなことかもしれませんが、こうした事が積み重なって
いくと、あっけなく限界に達してしまうことはよくあります。

千春も限界が来て、退職を決意します。衝動的に、かつノープランで
辞めたために生活もギリギリ。ハローワークに通っても、自分が考えているような
条件の会社は見つかりません。これも、冷静に考えて転職先を決めてから
今の会社を辞めれば、確実にステップアップできて、こうした苦労はなかっただ
ろうに、と思います。ですが、長く働いた会社でもうちょっと頑張ろう、と
思いながら限界ギリギリの日々を過ごしていたために、計画的に辞めるという
判断もできなかったし、感情的に行動を起こしたからこそ、退職できたのかも
しれません。

彼氏からは結婚も匂わされますが、先行きがわからない身では結婚など
考えられない、という千春。彼氏も連れてきたことがない、自分の息抜きの
場所である日本酒バー「drop」で、昔付き合っていた歳の離れた彼氏のことを
思い出したりしています。

そして、この店で知り合った人たちと交流を始めるうちに、千春の人生に
変化が訪れます。これからの仕事の広がりのきっかけとなりそうな、単発の
仕事の依頼の受託。やはりデザインの仕事が好きだという喜びと、納期までに
間に合わないかもしれないという不安。受けた仕事の成功と失敗。今の彼が
離れていきそうな予感。新しい働き方のカタチ。

千春にとって、会社を辞めてから、怒涛のように人生が動き始めます。
一見、辛いことばかりのようにも見えますが、それは次のステップに踏み出すために
必要な出来事だったのでしょう。一連の出来事は、千春に変わらずにいるものは
何もない、変化を受け入れる、なくしたものに執着しない、といった新しい
強さをあたえてくれたようです。

会社などの庇護から外れ、自分自身で生きていくことを決めた千春。
そこには、これまでと違い、自分自身に責任が発生することでもあります。
その覚悟をまるごと呑み込んで手に入れた自由は、彼女だけのものであり、そして
彼女をより強く、確実に歩き出すための力となるのです。

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女である限り、その選択は必ず訪れる

産む、産まない、産めない』の

イラストブックレビューです。

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40歳独身で、突然の妊娠に戸惑う桜子、不妊治療を続けるが、なかなか子どもを
授かることができない39歳の重美、開業医である妻が妊娠し、育児休暇を取る
ように言われた31歳の雄二。妊娠や出産をめぐる心の葛藤や喜び、そして人生の
選択を描いた8つの物語。

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外食産業のイタリアンレストラン事業部に勤める桜子は勤続18年目。
新メニュー開発、価格決定、店員の採用まで、幅広く手がけていて、
外食をすれば、メニューに使えるかな、と常に仕事のことを考えています。

新たに開発したメニューが評価され、出世の道も開けるか…と思ったところに
妊娠が発覚します。相手は交際もしていない、顔見知りの26歳の男性で、
酔った勢いで2度ほど体を重ねたのでした。

20年近く会社に勤め、女性であるから仕事をきちんとしないで困る、と言われたり
逆に仕事をきちんとしていれば結婚や出産の話をするのに相手に気を使われたりと、
仕事は楽しいのに、単純に楽しめない環境でもあります。
そんな中でも、頑張って働き続けてきた自分は、出産したらもとのように働くことが
できるのか、年齢からいっても、妊娠、出産は最後のチャンスかもしれない、
そして初産で高齢出産…と悩ましい問題が山盛りです。

不安を抱えて訪れたクリニックで、自分が未婚であることを告げた桜子に対し、女医は

「そうみたいですね」
淡々としているが、冷たい感じではなかった。書類から視線を動かし、しっかりと
桜子の目を見据えていった。
「おめでとうございます」
その言葉で心をつつかれて、涙があふれた。

この瞬間、桜子は子供を産むことを決意したのでしょう。
自分に宿った命とともに人生を歩むこと、それが自分の選ぶ道だと理解したのです。

桜子の凄いところは、お相手の男性といっしょになる、という選択肢を持たなかったこと。
年下すぎるからなのか、相手といっしょに生きていく、いっしょに子どもを
育てる、という意識を持てなかったからなのか。それは彼女にしかわかりません。

桜子を待つ未来は決して平坦な道ではないでしょう。
しかし、桜子は後悔することはないと思います。仕事と同じように、やってくる
困難を乗り越え、子どもの成長に喜びを噛み締めるのでしょう。

他にも、不妊治療を続ける女性や、妻に変わって産休を取るために奔走する男性、
高校生の娘が妊娠してしまったシングルマザー、長女が死産だった女性など
妊娠・出産に関わる男女の物語が合計8編掲載されています。

女性である以上、必ず訪れる選択が「産む」「産まない」「産めない」。
その選択の裏には、自分の夢や希望、そしてプライド、身内から押し付けられる
常識、仕事場からのプレッシャーなど、多くのものが潜んでいて、彼女たちは
常にそれらと戦っているのです。

この物語に出てくる登場人物たちは、妊娠・出産という喜ばしい状況に甘えすぎる
事なく、現実を理解し、立ち向かっていく人たちです。あらゆる世代の女性にも
もちろんおススメなのですが、あらゆる世代の男性に、むしろ手に取っていただきたい。

周囲にいる女性の中に妊娠、出産、そして産まない事に対して傷ついたり、我慢して
いる場合があります。そうした事に理解を示し、少しでも互いに心地よく過ごせる
職場や家族を作れるよう、考えるための参考図書として活用して欲しい一冊です。

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奇妙でどことなくユーモラス。独特の世界観。

おはなしして子ちゃん 』のイラストブックレビューです。

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クラスでいじめていた女の子を、ホルマリン漬けの瓶が並ぶ理科準備室に
閉じ込めた。今度は自分が同じように理科準備室に閉じ込められ、ある標本から
話をせがまれた。表題の「おはなしして子ちゃん」のほか、奇妙でちょっぴり
ブラックで、どことなくユーモラスな10編の短編集。

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小学生だった「私」は、クラスでいじめていた小川さんを理科準備室に
閉じ込めます。「私」は、小川さんが、理科準備室の猿のホルマリン漬けを異様に
怖がっていたことを知っていました。 小川さんはその日の夜に発見され、
翌日から熱を出し、一週間学校を休みました。

そして登校してきたときにこんなことを言うのです。

ねえ、犯人はあんたちだってわかってるの。だって小猿は瓶から出られないんだもん。
出たいって泣いてた。でも出られないの、まだ。
【中略】
さみしくてさみしくてたまらないって。だからなにかお話をして、なんでもいいから
お話をしてってあの子、私にせがんだの。私、いっぱいお話をしてあげたよ。
知ってるお話はぜんぶ。それから、あんたたちのことも。でも、足りなかった。

小川さんは、今まで黙っていましたが、「私」やほかの人たちから自分がいじめられて
いることに気がついていました。今回、理科準備室に閉じ込められたのも、その
一つであるということも。ただ、小川さんが怖がっていた、ホルマリン漬けされて
いる猿が「話をして」とせがむというのはなんとも不気味な、奇妙な話です。

「私」は、あえて理科準備室へと向かい、小川さんが自分を閉じ込めるように
仕向け、その通りになります。すると、標本棚の方からか細い少女の声が
聞こえてきます。その声は、標本棚の一番下、ホルマリン漬けされた小猿から
発せられるのでした。

もっとこっちに来てよ。そしてお話をして。

背筋が寒くなるような状況ですが、「私」は動揺していません。むしろ、こうなることを
知っていて、敢えてこの場所に出向いたのだ、という空気すら醸しています。
実際、本をたくさん読む「私」は小川さんよりも、多くのお話をできるはずだ、
という自負も持っています。

話し相手はホルマリン漬けの小猿。その命はとうに失っているはずです。
しかし、話を聞いているうちに、小猿の様子に変化が訪れます。
瓶の中で座っていた姿勢でいたはずが立ち上がり、そして瓶の蓋を
開けようとして…。

ホラーとファンタジーが、絶妙なバランスで成り立っていて、そして「いじめ」
というブラックな要素も含んでいます。主人公が、小川さんをいじめ、今度は自分が
理科準備室に閉じ込められ、そして小猿と会話を交わす、という一連の流れの中で、
気持ちが動揺したりすることなく、外側から自分の行動を眺めているような冷静さを
持っていること、そして冷静さゆえの恐さのようなものを感じます。

この表題の「おはなしして子ちゃん」のほか、訪れる先々で周囲の人々が不幸に
なっていく女生徒と友達になる話、猿の頭と鮭の体をくっ付けて作られた人魚の
話、写す写真に全て霊が写ってしまう女性の話、意思を持った宇宙船の話、など
10編の話を収めた短編集ですが、どれをとってもものすごいオリジナリティです。

は?え?なんじゃこりゃ?と設定に度肝を抜かれながらも、気がつけばその
世界に引きずり込まれ、空気の匂いまで感じてしまいそうなほど。
それでいて、ユーモラスな部分もあり、うっすらと悲しさのようなものも
漂っていて、どうも一言では表現しにくい作品です。
何が出るのかわからない、びっくり箱のような楽しさもある短編集でした。

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もう一つの世界の「愛」と「家族」のカタチ

消滅世界 』のイラストブックレビューです。

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子どもが欲しい時は人工授精で授かるのが一般的。夫婦間での性行為は
「近親相姦」とされ、人々の嫌悪の対象となる。両親の性行為によって生まれた
雨音は子どもの頃、母親から叩き込まれた「男女は愛し合って生まれる」という考えに
嫌悪を示している。やがて「家族」となる夫と暮らし、夫以外の人間やキャラクター
に対して恋愛をしていた雨音。しかし、夫婦で実験都市へと移住してから、そんな
日常が思わぬ方向へと変更していく。

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「殺人出産」の前日譚とも言える本書。
説明できないような本能的な感情や行動を嫌い、家族にはどこまでも綺麗で
清潔で、安心できる心地よさを求める世界がここにあります。
夫婦もそうした「家族」です。この世界では夫婦ではセックスしません。
それは「近親相姦」とされ、人々の嫌悪の対象になっています。

人によっては、女性であれば一度もセックスせずに、子供を産むことも可能です。
もちろん夫婦間でも性行為なしに、妊娠・出産することもあり。
子供を授かるということと性行為が完全に別々になっているのです。

とはいえ、人間の性欲が完全に無くなる訳ではありません。
全く興味を示さないタイプの人間もいるようですが、やはり一定数の割合で
恋愛や性行為をする人間たちがいます。夫婦で、それぞれに恋人を持ち、
性行為は恋人と行う、というパターンも普通なのだそうです。

雨音と朔の夫婦は互いに恋人を持ち、互いの恋愛を応援したり、時には
夫婦と恋人と共に食事をしたりして、仲良く暮らしていました。
いつか子供が欲しいね、と話していた2人は、実験都市に行くことにします。

実験都市とは、人口を完全にコントロールしている街です。
ここでは男性も出産できるように、研究が進められています。
妊娠を希望する場合は申請書を提出し、受理されると人工授精を施します。
生まれた子供たちはセンターで育てられます。

休日に公園へ出かければ、沢山の子供たちがいます。
幼児から小学生くらいの男女の男の子で、全て同じおかっぱの髪型と服装。
そして雨音たちは「おかあさん」です。
大人の男女は老いも若きも、全ての子供にとって「おかあさん」なのです。

この様子に背中が寒くなりました。
子供を産むことが女性の特権ではなくなること。母性、という言葉が
誰に対しても有効であること。これは一見いいことのようにも見えますが
「我が子だからかわいい」という概念が一切ありません。
誰から生まれたのかわからない子どもを、ペットのように可愛がる。

そして、子どもたちには名前がありません。「子どもちゃん」と呼ばれて
いるのです。子どもたちを管理している職員は、子どもたちが自分は
愛されているのだ、という認識が育つようにたくさん可愛がってあげて
くださいね、と雨音たちに言います。

「おかあさん」も「子どもちゃん」も、個人であることを必要とされて
いません。完璧にコントロールされた世界で、コントロールされるがままに
生きることは、人間の思考をマヒさせます。コントロールされることに
快感すら感じるのかもしれません。

きれいなもの、説明がつくものをだけを大切にする世界。
そんな世界が排除しようとした、人間の本能とも言える愛することや性行為。
個人に対してではなく、広い範囲に向けたことで、愛もマニュアル通りに与えられ
受け取る側も決まった愛情を受け取ることになります。それは、とても綺麗で
心地よいものかもしれませんが、柔らかく身を包み、だんだんと重さを増して
いくのでしょう。

昨日の世界は今日の非常識。今ある世界も、数十年後にはガラッと変わる可能性が
あります。自分が思っている、信じている「愛」や「家族」の概念は、長い
歴史の中のほんの一部分にすぎないのかもしれない、と思わせる物語でした。

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幸せな気持ちが味を高める最高のスパイス

キッチン・ブルー』のイラストブックレビューです。

 

飲み会も女子会もNG、とにかく人といっしょに食事をとることができない
「会食不全症候群」の灯。仕事で知り合った男性、蝦名から食事に誘われるが…。
「食」にまつわる問題を抱えた6人が、壁にぶつかりながらも立ち向かっていく。
「食」がもたらす悩みと幸せを描く短編集。

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古谷灯、35歳、独身。人といっしょにいると、食事ができません。
飲み物だけは大丈夫ですが、固形物を無理に食べようとすると喉が詰まった感じに
なり、最悪吐いてしまうことも。映画の買い付けをするという仕事をあきらめ、
映像翻訳の勉強をし、家で仕事が出来るようになったので、好きな時に
食事ができるようになりました。

しかし、自分以外の人間と食事ができないため、結婚どころか恋人を作ることも
あきらめ気味だったところに登場したのが蝦名敏。仕事で知り合った彼を見て
なぜかパンダを連想する灯。優しそうな雰囲気を、彼に感じたのでしょうか。

互いに好印象を持ち、二人で食事に行ったりします。が、当然灯は食べることが
できません。でもかき氷を食べることができたのです。灯にとっては進歩です。
もしかしてこの人となら、食べられない状態を克服できるかもしれない。
そう思った灯でしたが…。

人前で食事ができない、という状況が衝撃です。会社に勤めていたとしたら
人が来ない場所なんて、トイレの個室くらいしかないのではないでしょうか。
レストランにも客がいますから、外食ができない。
飲み会や女子会に誘われたとしても、お酒しか飲めない。

問題はそれでもお腹が空く、ということです。付き合いで飲み会に参加しても、
食べられないから飲むだけ。でもお腹が空きます。これはつらい。
外出にも恐怖が伴います。出かけていて、お腹が空いたなあと思っても、
食べられる場所が見当たらないので、ヘタすると一日近く何も食べられない、
なんて状況になることも。

灯のそんなつらい状況に、周囲の人も最初は理解を示すのですが、「がんばって
みようよ。食べられるよ、きっと。」と善意の押し付けをしてきたりします。
これはありそうな話ですね。その人の苦労は本人しかわからないのでむやみに
頑張らせてはいけませんね。

灯が好感を持った蝦名は、灯が食べなくてもあまり気にしない様子の人物。
その理由はラストに明らかになるのですが。客観的に見ても、「食」に
関するコンプレックスを抱えながら、 自分の生きる道を確立している二人は
お似合いです。自分のそうした悩みがあるからこそ、相手の気持ちがより
理解できて、寄り添えるのではないかなと思います。

他にも、新婚なのにまずい料理しか作れなくてコンプレックスを抱えている
新妻の話、騒音が激しい住民のせいで味覚障害になってしまった女性の話、
泥酔してしまい、ペナルティとしてキッチン担当となったキャバ嬢の話など
いずれも食に問題を抱えた男女が、やはり食の力で解決していく6編の話を
掲載。

食が不完全な状態というのは、人をとても不安にさせます。食べるということは
生きていく上で必須の行為であり、誰かと何かを共に食べるということは
大きな喜びでもあります。食事が美味しくないなあと思う時は、幸せだなという
感覚になりづらいですが、幸せだなあと思う時は食事も美味しく感じたりします。
つまり、幸せであることが、おいしい食事になるための最高のスパイスなのかも
しれません。

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