ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

言葉の持つ「力」の強さに打ちのめされる物語

何もかも憂鬱な夜に 』の

イラストブックレビューです。

 

施設で育ち、拘置所の刑務官を務める「僕」は、ある夫婦を刺殺した二十歳の未決囚、
山井を担当している。山井とのやりとりの中で、どこか自分と似たところがあると感じる「僕」は、自殺した友人や恩師とのやりとりに思いを馳せる。犯罪と死刑制度、そして希望と真摯に向き合った物語。

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控訴せずに黙り続ける山井を気にかけてやれ、と上司に言われた「僕」は、山井の目に
過去の自分を見つけ、苛立ちを感じます。そして山井に「死にたければ、死ねばいい」と言葉をかけ、翌日、山井は自殺を図ったのでした。

山井の目は、施設で育った子供の頃、死のうとした「僕」と同じものでした。
少年の頃、飛び降りようとした「僕」を止め、本や音楽など、いろいろなことを教えて
くれた人との絆が、当時死へと向かう心をこちら側へと呼び戻してくれたのです。

そして、思春期には友人が自殺します。友人が残したノートには、彼の思いが綴られて
おり、「僕」のせいで友人は死んだのだと感じています。刑務官という仕事を選んだのは、自分が友人を死に追い込んだ事に対する贖罪の意味もあるかもしれません。

刑務官の仕事はハードで、「僕」は精神的に疲弊します。態度の良い服役囚のために
違反を見逃したところ、出所して間も無く犯罪を犯したり。その服役囚は、「僕」を
狙ってそのような態度を取っていたことがわかり、怒りと絶望でいっぱいなります。

罪を犯した者と似たような経験をした者。「僕」と山井はそんな関係です。直接的に
手を下した山井、間接的に友人を死に追いやった「僕」。そこには家族というものを
知らずに育った空疎な部分から生まれてしまった事態だったのかもしれません。そこに
足りないのはほんのすこしの想像力。人はどうしたら死ぬか、そして死んだ後、殺され
た人の周囲と自分はどうなるのか。

そうした想像力は、私たちはごく自然に身につけているようですが、教わる機会が
なければ理解できないものなのかもしれません。「僕」は恩師から与えてもらった
ことを山井に教えようと考えます。それは恩師が言った

「自分の判断で物語をくくるのではなく、自分の了見を、物語を使って広げる努力を
した方がいい。そうでないと、お前の枠が広がらない」

ということです。
生きる世界は苦しく、狭く感じられるけれど、物語の世界に合わせれば自分を広げていくことができる。枠を広げていけば、生きることが少しだけ楽になるはず。
人を殺した人間でも、自分の枠をほんの少し広げてやれることができたら。

友人の手記によって打ちのめされたのも「言葉」ですが、恩師から受け取った希望もまた「言葉」でした。「言葉」には力があるのです。その力で、「死」への想像力を持たない者に、その意味を染み込ませることができるかもしれません。

人を殺した人間もまた、これまでの時を生きてきた存在であること。その犯罪者を、仕事として死に至らしめる刑務官の葛藤。感情だけで死刑と騒ぐ世間や曖昧な判断で下される刑罰。罪に関わる者たちが闇の中をもがきながら進んでいく中で、一筋の、細い希望という名の光を見つけた。そんな風に感じる物語です。

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