ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

その「あん」味わいは人生の深みから生まれる

 

あん』の

イラストブックレビューです。

 

小さなどら焼き店「どら春」で毎日どら焼きの皮を焼き、業務用のあんを
使ってどら焼きを作り、販売している店主の千太郎。バイト募集の張り紙をした
ところ、やってきたのは徳江という高齢のおばあさん。時給200円でいいから、
という徳江を雇う事にした千太郎だったのだが。

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千太郎は「どら春」の雇われ店主。刑務所に服役していて、出所したところを
先代に拾ってもらい、先代が亡くなった後に先代の奥さんの願いで、どら春を
継ぐことになりました。和菓子が好きでもなく、借金を返すために作っていた
どら焼きは、あんは砂糖たっぷりの業務用を使用。そこそこではありますが、
特別おいしいこともなく、売り上げもそれなりです。

そんな千太郎の元にあらわれたのは、指が曲がった76歳の老女、徳江。
バイト募集の張り紙を見て、どら春で働きたい、と言います。高齢であるし、
指も気になり、何とか断ろうとした千太郎ですが、時給は200円でいい、と
グイグイくる徳江に押し切られ、とりあえず雇ってみることに。

徳江が作るあんは、あんが好きではない千太郎の口にもすっと入っていき、
それでいて小豆の風味が広がっていく、深い味わいのものでした。
それまで業務用のあんでやっつけ気味にどら焼きを作っていた千太郎ですが、
徳江のあんを作るために、毎日朝早くから仕込みをはじめます。

徳江のあんを使ったどら焼きは評判を呼び、売り上げは日に日に伸びていきます。
しかし、先代の奥さんは、徳江を辞めさせろ、と千太郎に言ってきます。
徳江は施設に住んでいるハンセン病患者ではないか。食品を取り扱う店が
そんな病気の人間を雇っているなんて問題だ。だからすぐにでもやめさせろと。

千太郎は、自分でもネットでハンセン病について調べます。現在、療養所にいる人
たちはすべて快復者であること。保菌者はいない。うつることはない。
昔は医療環境が良くなかったために、身体の末端が脱落するなどの状況があったこと。

千太郎は過去にあったハンセン病患者に対する壮絶な差別や、自分自身が徳江の指を
見て気になってしまったことを思います。そして、そんな視線を何十年も受け続けて
きたであろう徳江が、あんを作るときにじっと小豆を見つめ、すばらしい味のあんを
作り出してきたこと。

ハンセン病と診断された瞬間から家族と二度と会えず、療養所の限られた世界の
中で生き、外の世界に出られるようになった頃にはすっかり様子も変わり、もとの
家族は亡くなっていたり、共に住むことを否定されたりされたハンセン病の患者たち。
ここには、自分が知らない、日本でありながら日本ではない、そんな世界が描かれています。

絶望とは何か。希望とは何か。生きているとはどんなことなのか。
生きていることに意味はあるのか。
読み進めていくうちにいろんな考えが浮かんできます。
世の中すべてに拒否されたように感じる時でも、月は輝いているし、植物も
何でも「ここにいるよ」と声を発していのです。

そんな発しているものたちの声を聞き取ろうとした徳江は、小豆の声も聞き取り
小豆が良い状態に仕上がるタイミングを図っていたのでしょう。
人生の深みが染み込んだあんの味は、千太郎が継ぎ、そして人々に伝えて
いってくれるのでないでしょうか。多くの人に読んでもらいたい、
深い余韻を残す感動の物語です。

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