ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

ゆらゆらと揺れる水面の下で暮らすような

水声』の

イラストブックレビューです。

水声 (文春文庫)

水声 (文春文庫)

 1996年、わたしと弟の陵は、ママが死んだ部屋と、
開かずの間があるこの家に戻ってきた。
夢に現れたママに、わたしは呼びかける。
「ママはどうしてパパと暮らしていたの」。

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姉の都と弟の陵は2人姉弟。料理上手で朗らかな母と
いつもニコニコとしている優しい父親の4人家族。
1969年から1996年の30年間、姉弟の子供時代から
50代になるまでを描いた物語。

子供時代、都と同じ年の友達が毎年夏休みに
2週間ばかり一緒に過ごしたこと。
都と友達と陵の3人で飲んだジュース。
会社に勤めるようになってから、 地下鉄サリン事件
遭遇し、一歩間違えば自分が被害者になるところだった、
という経験を持つ陵。
時代を反映する出来事が各所に入り、そこが鮮やかな
色を持ってリアルに浮かび上がってきます。

そして、都が陵を見る目線が少しづつ変わって行く様子が
とてもこまやかに、描かれています。
弟として、生き物として、男として、特別と感じたり
男という存在自体が意味をなさないと感じたり。
こうしたある意味鋭いほど敏感な部分と、何かを
守るために頑なに、鈍感なまでに目を向けまいとする部分を
持ち合わせた都は、育ってきた環境が大きく影響しているのでは
ないかと思います。

開かずの間となっていた陵の部屋の壁には、いくつもの
落書きがあります。都と陵がふざけて書いたものです。
ちどり、たちばな、さんがいまつ、むかいばと、みます。 
どれも家紋であるところが象徴的です。
これは何を意味しているのでしょうか。

一家は仲が良いのですが、親子で血がつながっていなかったり、
父と母の関係も特殊です。彼らの生き様はゆらゆらと揺れる
水面の下で暮らすような、不安定さと心地よさを伴って
いるようです。壁に家紋を描いていたのは、家庭のフワフワとした
足元のおぼつかなさを埋め、しっかりとしたものを暗に望んで
いたせいなのかもしれません。
男と女が惹かれ合う理由をさまざまな角度から、
複雑な心の動きを伴って表現している静謐な物語です。