ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

現実と幻想が交錯する魅惑的な宵山の世界

宵山万華鏡  』の

イラストブックレビューです。

 

 

変わり者の友人、乙川と京都の祇園祭に出かけた「俺」は途中で乙川とはぐれ、
なぜか屈強な男たちに捕われてしまう。次々と表れる異形の者たちが崇める
宵山様」の正体は。祇園祭宵山の一日を舞台に、不思議な出来事が交錯する
万華鏡のような連作短編集。

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京都の祇園祭宵山。日本有数の祭りには多くの人が集まり、道も思ったように
進めないほどの混雑ぶりです。そんな中、バレエ教室に通う姉妹が、寄り道を
して、お祭りを見て行くことに。心配性の妹は寄り道はダメだと主張しますが、
思ったら即行動の姉は聞く耳持たずに街へ飛び出します。人混みの中、しっかりと
握っていたはずの二人の手が離れてしまい…。

不安な気持ちに潰されそうになる妹は、人混みの中を金魚のようにひらひらと
駆け抜ける、赤い浴衣を着た少女たちと出会います。彼女たちとあちこち歩き
回り、空へと舞い上がる少女から手を差し伸べられた妹は。

祇園祭宵山には、人ならざるものが存在している。歴史的な街並みと、その街並みを
照らす光とそこから生まれる影。その濃い影の中から、不可思議な存在が祭りの一時に
姿を表す。そんなことを感じさせるお話です。

そして次のお話。変わり者の友人、乙川を訪ねて大阪からやってきた「俺」。
二人で祭りを見物するはずが、はぐれてしまい、 突然現れた屈強な男たちに
拉致されておかしな場所へ連れていかれます。そして「宵山様」の裁きを受けろ!
と異形の者たちから迫られるのです。

これは実は乙川が「俺」を騙すために仕込んだ壮大な罠。人も金もたっぷりとかけて
祇園宵山を舞台に壮大な異世界を作り上げたのです。ただそのためだけにつぎ込んだ
情熱の何とアホらしく、そして素晴らしいものか。

そのセッティングにまつわる、バイトとして雇われた現場の学生たちの苦労が、
森見節が炸裂したユーモアたっぷりの描写で描かれています。ここは笑いなしには
通ることのできない関所です。

そうして笑いが続いたあと、ふと最初の不思議な話はどうなっているのかな?
と思い出します。それはここから回収が始まるのです。
宵山の夜から帰らなくなった娘を持つ男は、宵山の一日を繰り返しています。
そして、娘を探しに祭りへ出かけ、幼い頃のままの娘の姿を見つけ出し
手を掴むことができずに、娘を見失ってしまうのです。その苦しい体験を毎日
繰り返しているのです。

胸が締め付けられるような状況ですが、男は、いなくなった娘がまた目の前に
現れてくれた。ただそのことが嬉しくて、見失ってしまうことがわかっていても
再び宵山の一日を繰り返してしまうのだと。

この辺りからまた、作り物のはずであった宵山様の存在がリアルになってきます。
冒頭で登場した、宵山ではぐれてしまった姉妹の姉が出会ったモノとは。妹を探す
という口実持ちながらも宵山様に関係する者たちの手を借りてちゃっかり祭りを
楽しむ姉。異世界に取り込まれそうな危うさを持ちながらも、なんだかおかしい、
と感づき、妹を連れ戻しに走る姉は感の鋭さと、怪しげなものに取り込まれない
強さを持っているようです。

目まぐるしく変化する、宵山という舞台で繋がっている世界。
妖しさ、滑稽さ、懸命さ、幼さ、悲しさ、無邪気さ…。あらゆる感情や情景が
そこかしこに満ち溢れ、ひとつの塊となって場に漂い、時に人をおかしな世界へと
導いていく。宵山様の正体はそうしたエネルギーの塊であるのかもしれません。
そんなエネルギーの一部に触れに、祇園祭へ出かけて見たくなる物語です。

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