ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

オセロを全部ひっくり返せ!努力と情熱と仲間が奇跡を起こす物語

カンパニー』の

イラストブックレビューです。

 
 

 

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あらすじ

ある日突然、妻と娘が家を出て行ってしまい、呆然とする青柳誠一、47歳。会社では戦力外通告を出され、後援するバレエ団に出向し、舞台を成功させなければ会社に戻る席はない、と言われる。慣れない仕事に四苦八苦する青柳の元には、次から次へと困難が押し寄せてくる。崖っぷちお仕事小説。

突然妻に出て行かれてしまう

青柳がいつものように、帰宅時に駅から妻の悦子へ電話をかけると「迎えには行かない。娘と家を出た。あの家にはもう帰らない。」と言われます。ケンカをしたわけでもなく、浮気をしたわけでもない青柳は混乱します。悦子の不満や問題を解消しようと必死に語りかけますが「あなたって、結局、どこでも傍観者なのね。」そう告げられ、離婚届を送りつけられたのでした。

会社でもリストラ要員に

青柳が勤める有明フード&ファーマシューティカルズは、置き薬を中心とした薬売りから始まり、飲料水や化粧品、製菓会社を買収・吸収合併し、規模を拡大してきた会社です。とはいえ、縁故採用の多い同族経営であり、役員の脇坂も青柳の妻子が出て行ったことを把握しているという、嫌な状況です。

家庭内のことまで上から口を出された上、おまけにバレエ団への出向を持ち出されます。世界的に活躍する男性バレエダンサー、高野悠を招き、社長の娘とともに踊るバレエの公演を成功させろ、と言うのです。成功すれば脇坂の下に、つまり会社の中枢に入ることができますが、失敗した場合は最悪仕事を失うことに。まさに崖っぷちの状況です。

妻や会社から見放された理由

青柳は能力がないわけではありません。しかし、上司からの評価は「言われた仕事を完遂するのには長けている。だけど与えられた仕事をこなすだけの人材は新会社では求められていない」というものでした。つまり、与えられた以上のものに取り組もうとしなかった。悦子が放った「傍観者」と言う言葉と通じるところがあります。

青柳を突き動かすもの

それでも与えられた仕事は決して投げ出さない、真面目にやり抜くことが取り柄の青柳は、バレエ団に出向き、彼らの要望を聞き、対処していきます。そして天才ダンサー、高野とのやりとりの中で、彼のプロとしての考え方や、バレエへの情熱、真摯な思いに触れていきます。それは青柳を傍観者から当事者へ変えていくのに充分な熱量でした。

もう一人の崖っぷち社員

そして、会社から派遣されたもう一人の人物、瀬川由衣。学生時代はバレーボール選手として活躍し、現在は会社と契約するスポーツ選手をサポートするトレーナーをしています。女性マラソン選手を担当していましたが、彼女が妊娠したために、リストラ勧告の部署へと異動することに。そして今回、高野のサポートを命じられます。彼女も崖っぷちです。

由衣に起こる試練

おまけに高野は自分の体を、バレエのプロではない由衣に触らせようとしません。由衣は「それでは運転手を」と、運転手を務めながら、行く先々で高野の体を観察します。忍耐と根性は人一倍持っているのです。由衣はその観察力で高野の不調を見抜きます。高野が踊り抜くための最善の方法を考える由衣ですが…。

まとめ

これまで当然のように、当たり前にやってきたことが、突然壁となって立ちはだかる。そんな困難を迎える登場人物たち。今までと同じようにしていては当然乗り越えることはできないのですが、全く違う人間になれるわけではありません。

自分の能力を信じて、時には視点を変えて、ひたすら良い着地点を目指して進み続けること。そうすることで、その能力を認め、手を差し伸べてくれる人がきっと現れます。そしてオセロが次々とひっくり返っていくように、事態は好転していくのです。

登場人物たちに混じって、自分も肩を叩き合って喜びを分かち合いたい。そんな気分になる、元気をもらえる物語です。


 

 

このレビューは『nuko book』に掲載したものです。

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スマホを拾っただけなのに

スマホを落としただけなのに

戦慄するメガロポリス  』の

イラストブックレビューです。

 

 

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あらすじ

都内の清掃人派遣会社に勤める有希は、昼休みに公園のベンチでスマホを拾う。落とし主と連絡がつき、無事にスマホを返すことができたのだが、その日から有希の周りで奇妙な出来事が起こりはじめる。一方、刑事の桐野は東京オリンピックを控え、サイバーテロ対策のために、内閣サイバーセキュリティセンターに出向していた。しかし、「センター内にスパイがいる」という手紙が桐野宛に届く。

人気シリーズ第三弾!!

映画化もされている「スマホを落としただけなのに」シリーズの第三弾。脱獄した連続殺人犯の浦井が、北朝鮮の保護を受け、東京オリンピックを標的としたサイバーテロを仕掛ける、という情報が入ります。神奈川県警サイバー犯罪対策課の刑事、桐野はテロを防ぐことができるのでしょうか。また、浦井を逮捕できるのか。

スマホを拾った有希に起こる出来事とは

OLの有希は公園のベンチでスマホを拾います。突然鳴り出したスマホに迷いつつ電話に出て、持ち主に無事スマホを返すことができました。なかなか感じの良い男性でしたが、もう会うこともないだろうと思っていた有希。その後、同棲している彼氏の浮気が発覚、そして「別れてくれ」と言われます。

一方的な別れに茫然自失としていた有希。何とか家を出て訪れたDVDレンタルショップで、スマホの落とし主・瀧嶋と偶然再会します。第一印象の通り、好感の持てる男性で、瀧嶋の方も有希に好印象を抱いていたようです。二人はほどなくして一緒に住み始めます。しかし、有希はちょっとした違和感を感じ始めて…。

連続殺人犯の浦井をおびき寄せる

内閣サイバーセキュリティーセンターに出向していた桐野は、公安の兵頭に呼び出されます。兵頭の狙いは、北朝鮮に潜伏していると思われる連続殺人犯の浦井をおびき出すことでした。そのため、浦井に殺される寸前だった事件の被害者、麻美に協力を請うと言うのです。半ば脅しのようにして、個人の安全よりも国益を優先させるかのような兵頭のやり方に待ったをかけつつ、落とし所を探りながら麻美の協力を得ることになった桐野。果たして浦井は、麻美につられて出てくるのでしょうか。

大臣のスマホ情報を盗む女性

夜の店で働くある女性は、大臣や要職につくお客のスマホを預かり、充電すると言ってはスマホ内のデータを盗むことを繰り返していました。竜崎という男から依頼され、実行するとお金をもらえるのです。お金に困っていた女性は、かなりまずいことをしているのではないか?と不安に駆られながらも、断ることができずにいます。この女性の正体も終盤まで明らかにされず、気になるところです。

北朝鮮での浦井の様子

北朝鮮でVIP扱いを受け、日本へのサイバーテロを依頼される浦井。その浦井に秘書のような形でついたのが淑姫。浦井の行動を監視する役目でもありますが、仕事に関してプロフェッショナルな彼女にも、浦井の行動は不可解に映るようです。それでも浦井の要求を粛々とこなしていきます。

まとめ

スマホを拾った出会いから、不審な出来事に巻き込まれていく有希、父の会社の状況も厳しく、自分の仕事の給料もなかなか上がらない、とため息をつく桐野の彼女、美乃里。色気があって優秀な内閣セキュリティースタッフの女性。それぞれに問題を抱えた、魅力的な人物たちが登場し、入り組んだ展開で読者を翻弄しながら、見事に騙してくれます。

恋人への不信感、スパイ協力への不安と罪悪感、日本という国のサイバー攻撃に対する脆弱性、連続殺人鬼の不可解なパーソナリティ、公安という組織の謎。多くの見所が混乱することなく展開していく筆力は見事なものです。事件解決か!と見つめていたら足元の梯子をいきなり外されたような、驚愕のラストにも大注目の、サスペンスミステリーです。

 

 

このレビューは『nuko book』に掲載したものです。

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戦わなかった者の戦いは続く

 

笹まくら 

イラストブックレビューです。

 
 

 

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あらすじ

大学の庶務課の課長補佐として働く浜田庄吉は、ある日一通のハガキを受け取った。それは、浜田が戦争中に徴兵を忌避し、全国を旅していた頃に出会い、ある期間を共に過ごした女性の訃報を知らせるものだった。大学の学内政治に巻き込まれる中、戦争中の逃避の旅の記憶と現在を行き来する浜田。戦争忌避者としての緊張感あふれる心境を、追い詰められている現在の状況に投影し、戦争と戦後の意味を問う。

過去を思い出すきっかけ

浜田庄吉は大学の庶務課の課長補佐として働いており、大学の中では中途採用者として如才なく振舞っています。ある日、浜田のもとに一通のハガキが届きました。それは、かつて共に過ごしたことのあった女性、阿貴子の訃報でした。

浜田の過去

浜田庄吉は、医者の息子として生まれました。二十年前、「杉浦健次」と名乗り、徴兵から逃れるために旅へ出ます。若者に見えないようにひげを伸ばし、ラジオの修理などを請け負いながら細々と生活していましたが、持ち出した金は底をついてしまいます。

阿貴子との出会い

ある時知り合った砂絵屋の男から、砂絵の商売方法を教わり、子供が集まる場所で砂絵を見せて売り、一人で暮らせるくらいの収入を得ることができるようになります。そこで知り合ったのが、阿貴子でした。阿貴子は、親から勧められた相手と無理やり結婚させられそうになり、家を出てきたのだと言います。帰るあてのない二人は心と体を寄せ合います。

浜田の職場での立場

浜田は、大学に入る前に徴兵忌避者であることを理事に伝えていました。隠しているわけではありませんが、特に口に出すことでもないので黙っていました。ところが大学の周辺で起こった泥棒騒ぎをきっかけに、職場の人間が濱口が徴兵忌避者であることを知っており、さらに彼のことをどう思っているのかが明らかになります。

徴兵忌避者への目線

戦争中であれば警察に捕まるような人間が、運良く難を逃れ、今の日本だからこそ安穏と暮らしていられるのだ。腰抜けめ。そんな周囲の声が聞こえてくるようです。宴会の席では、兵役を体験した者たちの一体感や、高揚ぶりにはついて行けず、かと言って無関心ではないのだ、という空気を醸します。肩身がせまいですね。

妻との生活

そして若い妻との生活は、穏やかなものでした。年齢差があるため、夜の生活でうまくいかないところもあるのですが、妻のちょっとカチンと来る部分も、若さゆえの愛嬌にも感じられ、概ねうまくいっていました。が、浜田のもとに舞い込んだ異動の件をきっかけに、二人の間に不穏な空気が漂いはじめます。

緊張感あふれる逃亡生活

浜田の旅は東北、九州、四国と全国を回ります。訪れた先ざきで、自分の正体が明らかにならないように、細心の注意を払って過ごしています。違和感のあるやりとりが発生すると、「ばれたのではないか」「明日にでも警察がやってくるのではないか」と心穏やかに過ごすことのできない日々が続きます。

阿貴子との別れ

阿貴子と出会い、女を愛することを知った浜田。しかし、女のカンであるのか、阿貴子に本当は別の名前があるのではないか、と見破られてしまいます。緊張感ある生活に疲れていた浜田は彼女に事実を話し、二人は彼女の実家で暮らすことになります。しかし二人に別れは訪れるのです。

まとめ

徴兵忌避者の、スリリングな逃亡生活。医者の息子であることを隠し、テキ屋の言葉を覚え、その筋の者っぽく振る舞う。いつかバレてしまうのではないかと読む方もヒヤヒヤします。そして、誰もが殺し合いなど望んでいないはずなのに、殺すことを拒否した者が非国民と呼ばれる世の中。

戦争が終われば、平和であるはずなのに、戦争の功績を勲章のようにぶら下げ、盛り上がる男たち。そして戦争が終わっても世の中と戦い続けることになる浜田。戦争を、徴兵忌避者という目線から描いた物語です。戦争になんの意味があるのか、どんな価値があるのか。そうしたことを考えさせられる一冊です。

 

このレビューは『nuko book』に掲載したものです。

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鉄壁のアリバイを崩します

 

アリバイ崩し承ります 

イラストブックレビューです。

 
 

 

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あらすじ

鯉川商店街にある美谷時計店。時計の電池を交換してもらおうと、店を訪れた僕は、ふと壁の貼り紙が目に止まった。そこには、『アリバイ崩し承ります』『アリバイ探し承ります』との文字が。折しも犯人のアリバイ崩しに難儀していた新人刑事の僕は、店主にアリバイ崩しを依頼するのだが。ウサギを思わせるような二十代半ばの女性店主、美谷時乃が、鉄壁と思わせるアリバイを崩していくミステリー。

なぜ『アリバイ崩し』をするのか?

美谷時計店の美谷時乃は、祖父の跡を継いで時計店を営んでいます。時計の修理、販売のほか、なんと『アリバイ崩し』『アリバイ探し』をおこなっているのです。亡き祖父の、『アリバイには必ず時間がついて回る。時間のプロがアリバイの謎を解くことは、理にかなっている』という考えのもと、アリバイに関する仕事も請け負っているのです。ちなみに報酬は1件5千円。や、安い。

殺人事件の容疑者には鉄壁のアリバイが

住宅街の一軒家で浜沢杏子という一人の女性が殺害されました。発見者は妹の浜沢杏奈。妹の杏奈が言うには、杏子の元夫、菊谷吾郎が犯人に違いない、とのこと。ギャンブルにはまっていた吾郎は、ストーカーのように杏子につきまとい、職場にまで訪れ、金の無心をしていたと言うのです。しかし、杏子の死亡時刻前後、吾郎は友人たちと居酒屋で酒を飲んでいた、という鉄壁のアリバイがありました。

新人刑事がいくら考えても容疑者のアリバイは崩せず

刑事となってはじめての事件。そして、動機の上でも、言動をとっても限りなくクロに近いと思われる菊谷ですが、数人の友人が犯行時刻のアリバイを立証しているため、逮捕には至りません。菊谷が場の席を外した8分間の間に犯罪が可能であったのかを色々と検証してみるのですが、どれもかえって菊谷の犯行が不可能であったことを証明することに。そこで、この時計店の店主にアリバイ崩しを依頼するのですが。

話を聞いただけでアリバイ崩し成立!?

状況を聞いていた時乃は、

「時を戻すことができました。ー菊谷吾郎さんのアリバイは、崩れました」

なんと、話を聞いただけでアリバイの謎が解けたと言うのです。若く可愛らしい女性の安楽椅子探偵ですね。その謎のヒントは、被害者の胃の中の内容物です。食べたもの、時間。それらが死体発見時に警察にどのように判断されるか、そこをよく理解したうえで計画された犯行でした。

こうして新人刑事が、どうしても解けない事件の、犯人のアリバイについて時乃に相談していきます。アリバイ崩しに特化しているところが珍しいですし、おもしろくもあります。

アリバイ崩しの様々な依頼内容

そのアリバイも一筋縄ではいかないものばかり。犯行時刻に容疑者が凶器を手にすることは不可能だった謎、自供し、死んでしまった犯人の犯行が不可能である謎、はたまた刑事の初恋の人に似た容疑者の女性の無実を証明するためにアリバイを探してほしい…などなど、アリバイが必要となる設定だけでもバリエーション豊かで飽きさせません。

アリバイ崩しの名人、時乃とはどんな女性?

時間に関わるプロだけあって、時乃はほんの些細な狂いも見逃しません。錯覚や偶然をうまく利用したその手口を、ものの見事に解き明かして見せます。そんな鋭い頭脳を持つ彼女が、小学生の頃に祖父から出されたアリバイの謎に取り組む話もあり、その二人のやりとりにほっこりします。祖父のアリバイに対する思い入れや人柄が温かな目線で描かれ、この祖父に育てられたから、今の時乃があるのだなあと感じるのです。

まとめ

緻密に考えられたアリバイ。それを崩していく明晰な頭脳とウサギを思わせる可愛らしい見た目とのギャップが魅力の安楽椅子探偵、美谷時乃のミステリー。アリバイは複雑になるほど、説明も多くなり読んでいる方もダルくなりがちですが、そういったこともなく、スパンスパンと切れ味良く進んでいく短編集でもあります。可憐な『アリバイ崩しのプロ』の活躍に思わず「お見事!」と言いたくなる物語です。

 

 

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「個性」を科学すると生きやすい社会がやってくる

ハーバードの個性学入門

平均思考は捨てなさい 

イラストブックレビューです。

 
 

 

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概要

「平均」の思考が私たちの行動や将来を著しく狭めている。ハーバード教育大学院の研究者である著者が、「平均」という概念が生まれた経緯から、それが現代社会に及ぼす影響を詳しく解説。全体から生まれた「平均」という思考に対し、個を重視する「個性学」について、神経科学、心理学、教育学をもとに提唱する。「平均」的価値観に疲弊し、限界を迎えている現代社会へ一石を投じる一冊。

「平均」思考が生まれた経緯

イギリスで産業革命が起こり、人類はそれまでより多くの労働力を手に入れました。これまでにない生産性を得た人類は、同時に膨大なデータを手に入れることになります。大量に生産する工場では、効率良く成果を出すために、決められた動きをすることを求められました。

今までなかった情報量が一気に訪れた世界で重宝されたのが「平均」という思考です。多くの情報があるのであれば、それを計算してならした値が最適値なのだ、という考え方です。世の中がバラバラでありすぎるため、拠りどころとなる情報が欲しい、という人間の心理はよくわかります。例えば育児においては「一歳になれば赤ん坊は歩くものだ」といった考えがあるように。

成長は「平均」で測れるもの?

ところが、子どもの成長にはバラつきがあり、一歳半まで歩かなかったがその後走るようになったとか、二歳まで単語を発しなかったが突然いろいろと喋るようになったなど、いわゆる「平均的な子どもの成長」と比べると、誰もが「平均値」どおりでもないことがわかります。親としてはどっしりと構えていれば良いのかもしれませんが、「普通この頃だとこうでしょ」と言われると不安になるものなのです。

「平均」を優先させることの弊害

こうした平均値の時代の弊害は教育にも表れています。教育の内容はこれまでの平均から最適な内容を検討し、生徒に学ばせています。ところが国語が得意で数学が苦手、勉強は嫌いだが運動は得意、運動も勉強も苦手だが、人をまとめる力が抜群である、など学生の能力は多様です。勉強の理解度にしても個人差があるため、テストなどのほんの一部の要素で学生の能力を測ることは、彼らの未来への道を狭めていることにもつながります。

なぜ「個性」重視が大切か

著者は自身の経験を踏まえて、「個性」を大切にするべきであると主張します。著者は高校で落ちこぼれた後、なんとか大学に入ります。教務課で勧められた授業の取り方に疑問を覚え、自分に合ったやり方で授業を取り、講義を受けていった結果、なんとストレートA(全優)という成績を収めることができたのです。それは、著者が興味のない講義は聞いていられないので内容が頭に入らない、アイデアを出し合うディスカッションは興味があるし得意、という自分の「個性」を理解し、それに合ったやり方を選んだからです。

「個性」を活かして成果を上げている企業

また、一般企業においても個性を重視した結果、業績を上げている例が挙げられています。例えば、アメリカのトマトを加工する会社、モーニングスター・カンパニーには管理職が一人もいません。肩書きも階層も存在しません。皆がフラットな状態であり、誰にでも等しく責任と新たな提案を行うチャンスがあります。職場の改善や、新規の事業などのアイデアがあるときには、提案書を作成し、皆の合意が得られれば実行となります。そこに出身大学や、成績の比較などは一切ありません。

今なお成長を続けるコストコも、採用の基準はこれまでの経歴とは関係ないのだと言います。同業他社のウォルマート離職率40%であることに比べ、コストコのそれは17%だとか。社員の満足度が高いのは給料や福利厚生の充実度ももちろんですが、本人が希望するままに教育を受け、そして関連のない部署でも異動が可能である、というその仕組みにあります。働き始めてから、自分に向いている能力に気づいたときに、それを活かせる場所で働くことが可能だということです。その効果は、会社が利益を上げ続けていることからもわかります。

まとめ

人間は一人一人違う。このような当たり前の事がわかっていながら、多くの人を動かすのに都合が良い「平均」的な思考を使い続けてきた企業や学校。それは多くの人たちが、自分に合わない形を押し付けられ、自分の考えや行動を変えてそれに合わせてきたという事でもあります。一人一人が異なる性質を持つことを理解し、その性質や能力を最大限に活かせる社会を目指していくべきではないでしょうか。

会社や学校といった場は一つの決まったやり方だけではなく多くのやり方を個人に提案すべきであり、個人も一つだけではなく、多くのやり方を調べ、検討していく。多くの人が進んでいく道は一つではなく、人の数だけ道があるのだということを本書は教えてくれるのです。

 

 

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罪とは何か 罰とは人間がすべき事なのか

『13階段』の

イラストブックレビューです。

 

 

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あらすじ

死刑囚である樹原亮は、犯行時刻の前後数時間の記憶を失っていた。樹原の冤罪を晴らすために、刑務官である南郷は、傷害致死の前科を持つ青年・三上純一と共に調査に臨む。10年前に千葉で起こった老夫婦の強盗殺人事件。証拠も乏しい状況で、二人は真犯人を見つけ、樹原を救うことができるのか。

純一の犯した罪とは

上純一は二年前に、飲食店で口論となった相手ともみ合いになり、よろけた相手が後頭部を打ち、死亡。懲役二年となり、一年八ヶ月の服役後、仮出所となりました。家に戻った純一を迎えたのは、粗末な家に移り住んだ両親。純一が死なせた同じ歳の青年、佐村恭介の父親に賠償金を払っているためです。それを弟から聞き、衝撃を受け、また両親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになるのでした。

出所後の純一の状況

弟との会話や、近所の人と顔を合わせた時の反応から、自分が犯罪者であることが強烈に自覚される純一。自分の行為が世間からどう見られるのか、そしてこれから自分はどうなっていくのか、厳しい前途に暗い気持ちになります。そんな時に純一の目の前に現れたのは、刑務官の南郷でした。ベテラン刑務官でもある南郷は、純一に、ある死刑囚の冤罪を晴らす仕事に協力してほしい、と言うのです。報奨金も高額であることから、両親の負担の足しになれば、と純一は協力することを決意します。

十年前に起こった強盗殺人事件

十年前に起こった老夫婦の強盗殺人事件。夫婦がナタのようなもので頭を叩き割られた凄惨な現場でした。事件発生後、現場から離れた道路で転倒したバイクのそばに倒れていたのが樹原亮でした。樹原は窃盗の前科があり、保護司である被害者の家に出入りしていたこと、樹原の持ち物の中に、被害者のキャッシュカードが入った財布があった事、そして樹原の衣類から被害者の血液が検出された事が決定的証拠となり、強盗殺人の容疑で逮捕されたのです。

死刑囚が無罪である根拠

一見、犯行は間違い無いのでは、と思われるのですが、現場から持ち出された印鑑と預金通帳、そして凶器が発見されていないことと、樹原本人が犯行時刻の前後数時間の記憶を失くしているということが、犯罪に対する不確定要素でもあります。覚えていないのに罪を認めることはできないと、樹原は主張しているのです。そして彼が思い出した記憶の一部に「階段を昇っていた」というものがありました。その階段がどこなのか、何の目的で昇っていたのかがわかれば、事件の真相にたどり着けるのでは、と二人は考えます。

もう一つのテーマ

隠されていた真実が明らかになって行くミステリー要素と共に、この物語のベースとして描かれているのは「罪」と「裁く」ということです。犯罪を犯せば逮捕され、刑務所に行きます。刑務所での生活は犯罪者の自戒の念を高め、社会復帰させるという前提がありますが、実際は細かな規則に基づき、服役囚たちを監視しているだけ。服役囚の一体何割が罪を本当に反省し、被害者に謝罪し続ける気持ちで生きていくのか。

刑務官の奥深い悩み

死刑という制度自体には賛成派であった南郷も、執行に立ち会ってからは熟睡とは無縁の生活になりました。書類の上では犯罪者が罪を犯したことは理解していますが、会話を交わし、生活を見ていた相手の息の根を止める仕事です。その執行の具体的な様子にも息を呑みます。刑務官にとっては、一生背負っていく出来事であり、罪とは何なのか、罰とは人間が与えるものなのか、神の存在は果たして救いとなるのか。自問を続け、その答えは決して出ることは無いのです。

まとめ

一人の人間の命を奪うことは罪です。一人の人間が世の中からいなくなるだけで、関わる者たちの歯車は大きく狂い始めます。罪を犯した人間はどのように考え、人を殺めたのか。法はどのように裁くのか。その裁きは適切に施行されるのか。その裁きを実行する人間はどのような思いを抱えるのか。人の死を決定する「死刑」について深く考えさせられるミステリーです。

 

 

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世の中のあらゆる不条理を乗り越えて 人間の真理を追求する女探偵

不穏な眠り』の

イラストブックレビューです。

 

 

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あらすじ

アラフィフの女探偵、葉村晶はミステリ古書店でアルバイト兼探偵業をしながら、店舗に住んでいる。ある日、フェアのために借り受けた「ABC時刻表」が何者かに盗まれた。その行方を追ううちに次々と新たな災難が降りかかり(「逃げ出した時刻表」)。相続で引き継いだ家に、いつの間にか住み込み死んだ女性の知人を探して欲しいとの依頼を受けた(「不穏な眠り」)。不運な女探偵、葉村晶のハードボイルドな推理小説

女探偵 葉村晶とはこんな人

ある時は命を狙われ、ある時は住む場所を失い、入院レベルの怪我も一度ならずある。女性の探偵、葉村晶は無敵のスーパーウーマンというわけではなく、経験値をもとに地道に探偵稼業をしているアラフィフの女性です。四十肩に悩まされ、夜の張り込みでは全身筋肉痛。忍び寄る老化と戦いながらお仕事をしています。

勤め先で盗難事件発生

大手の探偵事務所に勤め、フリーとなり、現在は古書店のアルバイトをしながら探偵稼業も行なっています。そんな葉村がある日突然背後から襲われ、昏倒します。しかもその際に、古書店で行うフェアの目玉商品として借りていた「ABC時刻表」が紛失していたのです。

普通の人間なら慌て騒ぐ所ですが、そこはアラフィフであり探偵です。現在の状況を分析し、店主に顛末を報告したのち(店主は入院中)、貸主の元へと向かいます。謝罪する葉村にひどい言葉を投げつけるのは貸主の箕輪重光。葉村も首筋にスタンガンを当てられて昏倒していたという、被害者でもあるわけなのですが、それなのに同情する気は皆無な様子の箕輪。大事な時刻表を紛失されたのだから無理も無いとも言えますが…。

探偵としての本領を発揮

ある意味サラリーマンよりも不条理な人物たちと関わる機会の多い葉村(それだけでも不運ですね)なので、ごく冷静に受け止め、散々相手に文句を言わせた後に「実は」と盗難後の経緯を説明します。防犯カメラに写っていた画像を示し、その人物について言及。言葉を失う箕輪。

そこには彼の知る意外な人物が写っていたのでした。

事件は解決したかのように見えたのですが

これにて一件落着か、と思いきやそうはいかず。時刻表はその人物の手を離れ、別の場所に移動。おまけに目玉であるその時刻表にまつわる事実が次々と明らかになってきて…。歪んだ感覚を持つ相手とのやりとりも、もはやベテランの域に達している葉村。駆け引きも冷静で、カッとなる部分は少なくなってきたように感じます。

葉村を動かすモチベーションとは

今回も、ハードに動き回った割には入ってきた金額が少ないとか、探偵に近いような古書店のアルバイト内容に対して、賃金は全く上向きになる様子がないとか、相変わらず気の毒な葉村の現況。着々と年をとり、日々の仕事をこなし、生きていく最低限の収入を得て暮らしていく。そんな彼女のモチベーションとは何なのでしょうか。

まとめ

事件や謎を通して関わる人間たちは、誰もが一癖あり、向かい合って話しただけでは到底理解できない面をいくつも持っています。探偵としての経験からひとつひとつ可能性を見出し、推理していく葉村は、作品を重ねるごとにそのスキルが向上していくのがよくわかります。

そうした探偵としての能力の向上も仕事のやりがいとしてはあるとは思いますが、何よりも、その能力の向上を持ってさえ、人間が隠すもの、見つけたいと思っているもの、それらを他人に明らかにされたいためにどのような行動を取るのかが予想できない面があるということ。葉村は、「人間」というものをどこまでも知りたいと考えているからこそ、不幸な目に遭い続け、老化現象に悩まされながらも、実入りの少ない探偵業を続けていけるのではないでしょうか。

 

このレビューは『nuko book』に掲載したものです。

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