ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

動きを絡みとられるような深い深い森

多くの読書人が集う『シミルボン』に、インタビュー記事を掲載

していただきました!自己紹介や本好きになったきっかけ、

書評作成時に心がけていることなどをお答えしています。

よろしかったら見にきてください爆  笑

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

英子の森 (河出文庫)』の

イラストブックレビューです。

 

「英語ができると後でいいことがある」。
幼いころから刷り込まれた言葉。英語は彼女を違う世界へ連れて行って
くれる「魔法」のはずだった…。

 

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母親と二人で「森」に住む英子。短期で派遣の仕事をしているが、
英語を使うことはほとんどない。留学も経験しているし、英語の勉強も
今でもしている。しかし、自分は本当に英語が「話せる」のか。
そして、本当に英語ができる人間は世の中に求められているのだろうか?
母親や教師が言っていた「英語ができるといいことがある」というのは
本当なのだろうか?何一ついいことなんてありはしないではないか。

英語を勉強している人には、グサリとくる言葉ではないでしょうか。
英語の勉強をし、スキルを増やしたけれど、回ってくる仕事は会議の
受付など。使う英語は、「お名前は?」「あちらです。」「良い一日を。」程度。
これではTOEIC800点以上取っていても、全く意味がない。
このような、英子が派遣で与えられた仕事なども、実際にありそうな話です。

また、英語を子に勉強させる親の立場としても刺さるものがあります。
英子の母親は、死んだ父親の遺したお金で暮らしているため、働いて
いません。社会に対して楽観的であると同時に、社会の象徴である
死んだ夫に対して恨みを抱いています。それは、自分も働いていけた
はずなのに、夫の希望で専業主婦になって家に縛り付けられたためです。

この母娘は、自分の境遇を環境や、人のせいにしているところが
よく似ています。彼女らの置かれた状況は、決して恵まれたものでは
ありませんが、その場所にうずくまって、ブツブツと愚痴を言っている
だけのようにも見えます。

ファンタジーな要素を加えるのは、彼女らが住んでいる「森」。
まさに「森」の中に一軒家があり、どうやら低所得向けの物件のようです。
派遣仲間の「森」に遊びに行っている様子からもわかります。

しかし、「森」に住む人々が貧しい訳ではなくて、美しい自然に囲まれ
穏やかに暮らしているところにも考えされられます。彼らは望んで「森」に
住んでいるのです。彼らから漂うのは、「ここが気に入っている」と
言いながら、別の場所で暮らすことを諦めた空気感。「森」は、出ようと
思えばいつでも出られる場所だけれども、頑張らないと難しいようです。

それは、彼ら自身の考え方にも繋がっていきます。今の仕事に
満足していないけれど、どうせ頑張っても無理だ、と思っている。
自分を取り巻く現状に絡み取られて、思考も動きも停止している状態です。

その状況は英子に恋人ができたことで、少しずつ変化していきます。
状況を変えるのは不可能ではないということ。足りないのはやろうという
決意だけだということを理解した英子は行動を起こします。母親も
凝り固まっていた考えが徐々に溶け始め、二人とも新たな道を進むことを決意します。

それを待っていたかのように、森も変化していきます。まるで二人の
意思が反映されているかのように。ファンタジーと、現実的なお話が
奇妙に混ざり合い、不思議と心に残る物語です。
短編集でありながら、象徴的な表現も多く、その展開や結末には
思わず唸ってしまいます。自分のいる世界が「森」になっていないか?
と、ふとあたりを見回してしまうような物語です。