ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

リズミカルに描く ジャズ界巨匠の猫愛

猫返し神社』の

イラストブックレビューです。

   

猫返し神社 (徳間文庫)

猫返し神社 (徳間文庫)

 

 

ジャズ界の巨匠、山下洋輔氏が描く愛猫との生活。
個性あふれる猫たち翻弄されながらも、やっぱり
愛さずにはいられない日々を綴ります。

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山下家で暮らす三匹の猫たちが、はじめておうちにやってきた
時の様子から、すっかり慣れて日々やらかしている様子まで
愛情たっぷりに綴るエッセイ。
先住猫アーちゃんは、基本愛想なし。でも奥さんのことは大好き。
次にやってきたピロちゃんは山下さんラブで、のしあがって
きては山下さんを揉みほぐし、喉を鳴らす。
そしてやんちゃな美猫、リーちゃんは脱走の名人。

以前も猫と暮らしていた山下さん。
当時飼っていた白猫ミオちゃんが脱走。
捜索に出かけた山下さんが、
途中立ち寄った神社で、戻ってくるよう神様にお願いしたところ
何とミオちゃんが帰ってきたという。
そして、しばらく後、今度はピロちゃんが行方不明に。
この時も神社へお参りしたところほどなくして戻ってきたそうです。

こうして猫返し神社、という新たな称号が加えられた神社は
山下さんにお礼を言いつつ、猫返し神社にふさわしい由来も
作られたそうで…。
なんだか適当でいいですね。
むしろ、猫好きさんたちが神社の事を聞きつけて、猫返し神社としての
地位を確定させたのではないかと。
猫を愛する心は強いですね。

山下さんの文章はとても軽快でテンポ良く、ユーモアと
愛情に溢れていて、読んでいて気持ちが明るくなってきます。
平たく言えばうちの猫がね、っていう自慢話なんですが(笑)。
飽きずに読めますし、実際猫を飼っている方であれば
ああ、あるある、と思わずうなづいてしまうネタもてんこもりです。

フリースタイルジャスで名を馳せた山下さんも
爪を切らせてくれない愛猫の爪立て攻撃に唸り、
脱走した猫を捜索中、おとなりさんちの車の下を覗き込んで
怪しまれるなど、猫たちの行動に振り回されっぱなし。

猫のいたずらに呆れ、感心し、美しさにため息をつく。
猫の表情にブルースを感じるなんて、山下さんの感性
ならではですよね。
猫との生活って、やっぱりいいな、と感じさせてくれます。
大変なことすら面白がれる感覚は見習いたいです。

猫好きの方も、そうでない方も、
猫ってどんなもの?猫好きの人間ってどんなもの?
ということが非常によくわかる、楽しいエッセイです。

何のために勉強するの?答えを探しているあなたに。

手紙屋 蛍雪篇(私の受験勉強を変えた十通の手紙)』の

イラストブックレビューです。

    

手紙屋 蛍雪篇〜私の受験勉強を変えた十通の手紙〜

手紙屋 蛍雪篇〜私の受験勉強を変えた十通の手紙〜

 

 高校2年生の和花は、部活や友達づきあいに
明け暮れる毎日。そろそろ進路を決める時期となった。
大学に行きたいけれど、成績が足りない。
勉強しなくては、と思うけどやる気が出ない。
そんな和花に、兄の喜多朗が紹介してくれたのは
謎の人物、手紙屋だった。

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正体のわからない手紙屋と文通をはじめる和花。
自分の気持ちを正直に綴ります。
大学に行きたい思っていること。
でも行きたい理由は今ひとつハッキリしないこと。
そのせいか、勉強することに意味を感じることができす、
やる気がおきないこと。
そんな自分に嫌気がさしていること。

自分の高校時代も、和花に近い感覚だったと思います。
何を学ぶために進学するのか。
そこは突き詰めずに、得意科目で入れるところ…という
感覚で受験に臨んでいました。
受験の時点で目的意識をハッキリと持って取り組む人間は
自分の周囲にはあまりいなかったように思います。
とりあえず、行けるところに行く派が多かったですね。

和花は、自分の行くべき道がハッキリと決められない自分を
腹立たしく思っています。
それは、彼女が真剣に自分の将来を考えはじめたからだと思います。
現状のまま、流されていく方向は、おもしろくも何ともない
日常が待っている…
そうやって将来の自分を想像する、できること自体が
素晴らしいと思います。
自分の十代の頃は、部活や友人関係など、日々楽しく過ごすのに
忙しくて将来のことなど考ることも思いつかなかったですから。

手紙屋から和花へ宛てたアドバイス
○勉強は道具であること。
○学校で習うものだけが勉強ではないこと。
○自分が生きる意味は自分で作れること。・・・など。

よく聞く言葉ではありますが、具体的な例を使って
とてもわかりやすく説明してくれます。
勉強は道具であるが、道具をもっているだけでは役に立たない。
使い方を誤ると、人を傷つけることもある。
正しく使ってこそ、役に立つものになる。
なるほど、と思いました。

そして、日々過ごす毎日の中に学ぶことはある、ということ。
スポーツはじめれば技術の向上はもちろん、ルールも
学ぶ必要があります。
就職すれば仕事の内容、取引先の情報、ビジネスマナーなどを
身につけなければなりません。
料理をするならば材料の扱い方、調理の方法なども知らなければ
上手に作ることは難しい。

何も受験のためだけに勉強が必要なわけではないのです。
受験勉強で培った忍耐力で、ハードな仕事も乗り越えられるように
なるかもしれません。スポーツで学んだチームワークが、
プロジェクト進行に役立つかもしれません。
何がどうつながっていくか分からないからこそ、自分に勉強は
必要ない!とは言えないわけです。

自分が選んで進む道に迷いが生じることがあるかもしれません。
しかし、一度決めたら良かったかどうかは問題ではなく、
まずは完成させてしまうことが大切。
そして、1つの意味を手に入れた後に、また別の何かを
手に入れていけばいい。

と手紙屋は言います。
根が飽きっぽい私には突き刺さる言葉です。
何かをやりかけてはあちらの方が良さそうだ、とひょいひょい
乗り換えて、中途半端になってしまうこともしばしばありました。
この言葉、学生時代に聞いていたら、だいぶ違ったかな、と
思います。

逆に、大人になった今に聞いたからこそ、深く沁みているのだとも
思うのです。小さなことですが、読みかけた本は時間がかかって
最後まで読むこと。
書き始めた書評は必ず最後まで書ききること。
そうやって続けることで得たものが確かにあります。

自分にとって勉強とは、身につけていくもの。得るもの。
使うもの。他人の気持ちやいろんな世界を知り、想像力を
養い、人の気持ちに寄り添ったり、元気をあげたりすることが
できるもの。そんな結論を出しました。

いまでも勉強、と聞くと「ううっ」とアレルギー反応が少々
出てきたりもしますが、そのイメージを取っ払って、自分の栄養として
どんどん取り入れるものだと考えればやる気も出るというもの。
我が家の子供達も順次受験となります。
そんな時に、少し先の、輝く自分を手に入れるための手段として
勉強に取り組んでいってくれたらいいなと思います。

我が家は本が溢れていますが、子どもは自分の読みたい本を勝手に読むため
親が勧める本はだいたい読みません。
なので、本棚の目につく位置に差しておこうと思います。
受験まであと数年。ぜひその前に手に取ってくれますように。

7時間半のうちに巻き起こる ドタバタ人生劇場

七時間半』の

イラストブックレビューです。

    

七時間半 (ちくま文庫)

七時間半 (ちくま文庫)

 

 東京‐大阪間が七時間半かかっていた頃、特急列車「ちどり」を
舞台にしたドタバタ劇。
給仕係の藤倉サヨ子と食堂車コックの矢板喜一の恋のゆくえ、
それに横槍を入れる美人乗務員、今出川有女子と彼女を射止めようと
奔走する大阪商人、岸和田社長や大学院生の甲賀恭男とその母親。
さらには総理大臣を乗せたこの列車に爆弾が仕掛けられているという
噂まで駆け巡る!!

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物販販売と食堂車で会計責任を務める藤倉サヨ子は、
真面目で仕事ができる女性。
見た目は地味ですが、余計なことは喋らず、決してミスせず
優秀な仕事ぶりのため、責任者の役割を任されています。

サヨ子は、今回の乗車で、食堂車のコックである喜一に
結婚を申し込みます。そして、乗車後に返事を聞かせて欲しいと。
サヨコの実家は弁当屋であり、いずれ喜一と一緒に店を
やっていきたいと思ったからでした。
将来を見据えて、そして女性から結婚を申し込む!
その凛として明確な態度に、女の一生をかける
覚悟がひしひしとつたわってきます。

一方喜一は、食堂車のコックとしてもっと仕事を極めていきたい、と
思っているところ。弁当屋は継ぎたくありません。
しかし、サヨ子という女性は控えめでありながらよく気がつき
仕事ができる最高な女性であるため、嫁としてはこの上ない相手だと
思っています。

この2人にちょっかいを出すのがちどりガールの今出川有女子です。
このちどりガールというのは、指定席車輌において
乗客の席の確認や、荷物の上げ下ろしなど主な業務とし、
飛行機のCAのような役割を担っているようです。

衣装も化粧も近代的(昭和30年代において)。
中でもひときわ華やかな容姿を持つ、華族出身の今出川有女子は
モッテモテ。大阪の成金社長に大学院生、結核で入院していたが
今は回復した好青年など、彼女を狙う男は山ほどいます。

そのくせ、純な喜一にちょっかいを出して、サヨ子が不快な
表情を浮かべるのを楽しんだりします。
こういうあからさまなカンジ、いいですね。
やなやつ〜!って思いっきり言えるところが、見てる者も
逆にスッキリするといいますか。わかりやすくていい。

どの男にしようかな、と思わせぶりな態度を示しつつ
冷静に考えている有女子。
しかしガツガツしている風でもなく、上品にすら見えてしまうのは
華族出身の為せる業でしょうか。
若き女豹のごとく、男を狙う、というより狙われているのですが
その姿は何故か憎めず、サヨ子との違いや対立を際立たせる
素晴らしい役割を担っています。

2人の女性を巡る恋模様のドタバタに加え、なんとテロ情報が
舞い込みます。
首相を乗せたこの特急ちどりのどこかに爆弾が仕掛けられ、
首相が下車する京都の手前で爆発を起こす、というのです。

ここからまた、登場人物たちの気持ちに変化が訪れます。
ひょっとしたら自分は死ぬかもしれない。
もしそうなったとしたら。

7時間半の間に、登場人物たちは様々な人生観の変化を体験します。
自分の目指す将来のこと。
自分が希望する伴侶のこと。
今の自分のこと。

死ぬかもと思ったことで、今まで自分が信じていた進むべき道
というのがガラガラと崩れていくのです。
その後の、登場人物たちの選択がまさに多様。

やっぱりね、と納得の結果を選ぶ者あり、ええっ!そうなるの?
という結果を選ぶ者あり。
または、選択できなかった者もあります。

サヨ子と有女子、2人の女性の変化していく様子が
非常に興味深く、また、ラストについてもえ?そうなる?
と思いながらも、彼女らが生きてきたバックグラウンドを
考えるとまあ、そうなるのかなと納得してみたり。

女の戦い、男の優柔不断さ、きな臭い犯罪の匂い。
惹きつける要素が盛りだくさんで、ユーモアたっぷりで
時にホロリとさせる、素晴らしいエンターテイメント小説です。
時代を象徴するような要素がたくさん入っていますが
それがまた当時のエネルギッシュな空気を余すことなく伝える
ことに役立っています。
こんな面白い小説があったんだ、と素直に嬉しい気持ちになれる
小説です。

いざ!達人たちの仕事場へ

仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』の

イラストブックレビューです。

   

 

仕事場のちょっと奥までよろしいですか?

仕事場のちょっと奥までよろしいですか?

 

 花火職人や伝統工芸の職人さんから、作家・伊坂幸太郎さんに
漫画家・いがらしみきおさんなど、作ることのプロ15名の
仕事術をイラストでルポ。

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著者、佐藤ジュンコさんは、ゆるいイラストがかわいらしい、
もと書店員の経歴を持つ、仙台在住のイラストレーターさん。
この佐藤さんが、作ることのプロの仕事場へお邪魔して
その仕事ぶりを取材します。

やはり目を惹くのは作家の伊坂幸太郎さんでしょうか。
多くの作品が映画化されたりドラマ化されたりと、
今をときめく人気の作家さんです。
伊坂さんは原稿は専ら出かけ先で書くそうです。
1日に2〜3軒寄って、午前中5ページ、午後5ページといった
ペースで書かれているとか。
ふと立ち寄った喫茶店に伊坂さんがいたらびっくりしますね。
サインもらいたいです。

作品を書く他には資料を読んだり、編集者と打ち合わせを
したり。書き下ろしで単行本を出す場合には、完成品ではなく
半分まで書いたもので、編集者と打ち合わせをするのだとか。
話しているうちに良いアイデアが出たりするそうで。
なるほどですね。自分の書いた作品にいい意味でこだわり過ぎす
良い物を作り上げて行こうという柔軟性があるのですね。

一冊書き上げるのにかかった時間は最短で4ヶ月、最長で3年。
途中で書くことをやめた小説はないんですって!
すごい!どんな作品でも、とちゅうでやめることなく、
納得のいく形に変化させながら作り上げていくのでしょうね。
これも柔軟性があるとともに、やめないで続ける、という
強い意志も併せ持っているのでしょう。

それから、こけし工人の小笠原義雄さんの取材もおもしろいです。
小笠原さんはこけし界の重鎮!数々の賞を取られているそうです。
こけしを作るには、木地挽く木地師の技術、こけしを作るノミなどの
道具をオリジナルに作り変える鍛治師でもあり。
そして顔や身体も描きますから絵師でもあります。
さまざまな技術が必要なんですね。

小笠原さん本人はエラそうなことなく気さくな方だそうで
仕事中、木の中からたまに虫が出てくると、ストーブであぶって
パクッと食べた、とか、ご近所さんが集まってきたり、
お弟子さんも著者の佐藤さんもみんな一緒に奥様が作ってくれた
お昼ご飯を食べたりと、ほのぼのエピソードがたっぷり。

小笠原さんのこけしに対する愛情が、周囲のみんなに
伝わって、笑顔が溢れているようで素敵だなあと思いました。
やはり、こけしの良い表情を描くには、作る者の心構えが
大事なのかもしれませんね。

そのほかにも花火職人、染物屋、伝統工芸の玉虫塗りなど
昔から続いているものには、それだけの理由と努力があります。
それと、みなさん伝統を守りつつ、作品の新しい可能性を探り、
チャレンジを続けているのです。
それが現代まで長く続く理由のひとつかもしれません。

現代の職業では漫画家、グラフィックデザイナー、
鳥瞰図絵師、印章彫刻マイスター、ステンドグラス作家など
はじめて知るような職業もあります。

その職業もみなさん好きで、ひたすらやってます!
という空気がびんびん伝わってきて何だか元気になります。
佐藤さんのゆるいイラストがまた、作る人々をやわらかく
でもひたむきに取り組み続けるみなさんをあたたかく描いています。
ものづくりをする人もしない人も。
仕事に取り組む姿勢、仕事ってなんだろう。
そんなことのヒントがつまった、イラストエッセイです。

悪夢がよみがえる理由

ひなこまち』の

イラストブックレビューです。

    

ひなこまち (新潮文庫)

ひなこまち (新潮文庫)

 

 江戸の大店の一人息子、病弱な若だんなと妖たちが
町でおこる不思議な出来事の謎を解く、しゃばけ
シリーズの第11弾。

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長崎屋へ舞い込んだ一枚の木札。
そこには、『お願いです、助けて下さい』と書いてあった。
若だんなは力になってあげたいと思うのだが、
木札を書いた主は見つからない。
そのうち、若だんなのもとへ、困った事情を抱える者が
次々とあらわれて…。

斬り殺されそうになった噺家、売り物を盗まれた古着屋、
惚れ薬を欲しがるお侍。
今回も様々な人物が登場します。

斬り殺されそうになった噺家は、実は人間に化けた貘。
人間の悪夢を食べていた貘は、その夢の内容を
怪談話として落語で語れば、きっと怖がられるに
違いない、と考えます。

その考えは当たって、貘の落語は大人気。
その人気の噂を聞き、若だんなたちが落語を聞きに訪れたところ、
貘が覆面をかぶった侍に斬りつけられ…。

貘が人間に化けて落語をする!
考えただけでもワクワクしてしまいますね。
しかもこの貘ときたら、落語を話すのが好き、お客が
怖がっているのを見ると自分の話が良かったんだなと
うれしくなる。
そのくせ、お侍に斬りつけられたら怖くなってしまって
本来の仕事である人間の悪夢を食べることすらできなく
なってしまう。

なんという人間くさい妖なんでしょう!
弱っちい(笑)。
若だんなの周囲にいる妖たちは貘に対してあきれ顔ですが
若だんなは何とかして貘を助け、貘が仕事をしなくなったために
ファンタジックになってしまった(餅が喋るとか)江戸の町を
もとに戻すべく頭と身体を駆使して解決に臨みます。

若だんなの博愛主義は、江戸の平和に欠かせないのだと思います。
それは、若だんなが病弱だから。
いつも誰かの世話になっているため、常に誰かの役に立ちたい、
と素直に、そして強く思っているからなのです。
箱入り息子ゆえ、ということもあるでしょうが、なんとも
まっすぐに育っていて目元が緩んでしまいます。
ああ、これは親目線かしらん。

それから、今回は『ゆんでめて』の中の、もう1つの世界で登場した
河童の凛々しい女親分、禰々子も登場します。
神様の仕業なのか、単なる偶然なのか、パラレルワールド
登場した人物が登場するということは、このようにして
現実の帳尻合わせをしているのかもしれません。
できれば若だんなが心を寄せた女性もどこかで出てきて
欲しいのですが…。本作では残念ながら登場しません。

それでも気っ風が良くて男まさり、かっこいい禰々子は
そのままで、うれしくなります。
お世話になった河童のお礼にと、河童の秘薬を何種類か持って
きてくれます。

3日間起きていられる薬。でもその前に3日間寝込む。
起きていられるのはその後。
大怪我をしても一瞬で治る薬。でもその痛みは5倍になる。
惚れ薬。
幸せになる薬。どう効くかわからないから人生を賭けるつもりで。
などと、どうにも使い勝手が悪すぎて笑えます。

この惚れ薬を欲しがるのは、真面目なお侍さん。
妻に惚れているのだが、妻が突然尼になる、と言い出して
困っているという。
四角四面で融通が効かないお侍さんですが、とにかく
妻を失いたくないと必死です。

奥様も旦那様のことを好きでいるようですが、お家事情に
より、身を引くことを考えての発言でした。
お互いが好きなのに、気持ちが通っているのに、
2人が良いように行動することができない。せつないです。

ここで、河童の秘薬、幸せになる薬によって、ハッピーエンドを
迎えます。
結局、若だんなには1つも役に立たない薬でした。
若だんなは病弱ですが、そのぶん家族や妖たちから大事に
大事に思われて、これ以上に欲するものがないのでしょう。
己がある幸せな立場を理解している、そして自分のために
利益になることは希望せず、人のために役に立ちたい、と
そう思っている若だんなはやっぱり周囲の人や妖を
幸せにしていると思うのです。

55作品のうちのベスト5はどれにする?

うれしい悲鳴をあげてくれ』の

イラストブックレビューです。

 

 バンドのギタリストとして活躍し、バンドの解散後は
作詞家、音楽プロデューサーとして数多くの楽曲を
手がけるいしわたり 淳治さんの短編小説&エッセイ集。

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この頃のちくま文庫はすごいです。
どれも帯が素晴らしい。
帯の文句に惹かれて購入した文庫本は10冊近くに
なるかもしれません。
こちらもそんな帯の文句に誘われて手に取った1冊です。
『この本を楽しめないなら他にオススメはありません!』
強気ですね。
出版社出身としては「おう!じゃ読ませてもらうよ!」
と臨戦態勢です(笑)。

ひとつひとつの作品がとても短く、数分で読めます。
文庫本でありながら、その収録数はなんと55編!
音楽雑誌で連載されていたものをまとめて、文庫化
したようです。それならば1つのお話の短さに納得
できます。

小説部分の内容は、ショートショートというか
ブラックユーモア的なものが多いです。
すこしシニカルな目線で、人の愚かなところを突いてくる
ような雰囲気。
短いページで結末が予想できてしまうのは仕方がないの
ですが、登場人物のセリフや心情を表す言葉にパンチが
足りないというか、印象に残りにくかった感があります。

続いてエッセイです。
ちょっとなんだこれ?という感想を持ってしまうものも
いくつかありますが(笑)、個人的にはこちらのほうが
著者の人間性が見えて、好感が持てました。
等身大の著者が、感じたままに素直に発する言葉は
読むものの心にもストンと落ちます。
そして、ミュージシャンも結構普通の人なんだな、と
安心感を得ることができます。

帯にはこんな文章もあります。
「読後、ニヤッとしたり、ゾッとしたり、キュンとしたり、
スーッとしたり、5分に一度やってくる爽快感が
たまりません!」
・・・残念ながら私にはその感覚が訪れませんでした。

その代わり、ショートショートというのは奥が深いんだな
ということを改めて感じました。
以前フレドリック ブラウンの『さあ、気ちがいになりなさい』
という本のレビューを書きましたが
https://shimirubon.jp/reviews/1675972

こちら、短い話なのにものすごい要素がぎゅぎゅっと
詰まっているのです。
いろんな表現がある中から言葉を選んで出している。
読んだ後はそれこそひんやりしたり、妙な気分に
なったり、ああ、今に生きてて良かったよと思ったり。
そんな風に感じる作品ばかりです。

限られたページの中で、どのように伝えるかというのは
まさに作家の腕の見せ所と言えると思います。
いしわたりさんは、音楽をされる方なので、1曲の歌を
作るように小説やエッセイを書かれているのかも
しれません。

小説などをよく読まれている方にはひょっとすると
物足りない内容かもしれません。
しかし、普段本を読むことがない方、読む時間が
ない方などは気軽に読むことができて良いのでは
ないでしょうか。

次に手に取るちくま文庫はどんな帯なのか。
そして本の内容にふさわしいコピーが書かれて
いるのか。本探しの旅に新しい楽しみが加わりました。

いなくなった私へ 近づいていく

いなくなった私へ 』の

イラストブックレビューです。

    

いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 

 人気絶頂のシンガーソングライター・上条梨乃はある朝、
渋谷のゴミ捨て場で目を覚ます。昨夜からの記憶はなく、
道を行く人たちからは誰からも梨乃と気づかれない状況に
困惑する。
をして街頭ビジョンには、自分が自殺したというニュースが
流れていた。

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大人気のシンガーソングライターである自分が自殺した。
そんな衝撃的な状況からスタートする主人公、梨乃の物語。
自殺したという昨夜の記憶もなく、自殺をする心当たりもない。
そして何しろ、誰も私を上条梨乃だと認識してくれない…。

驚きと困惑のあまり動けなくなる梨乃のことを
「上条梨乃さんですよね?」と声をかける青年があらわれます。
その青年は優斗と言う名の大学生。
優斗自身も周囲が梨乃のことを認識しないという事態の異常性に
疑問を持ち、2人で解決しようと行動を起こします。

梨乃の自殺現場へと赴いた2人に声をかける少年が登場します。
その少年、 10歳のいっくんは、梨乃と同じく他人に自分のことを認識して
もらえないと言うのです。
いっくんは梨乃の自殺現場を目撃した後、自動車に轢かれて
死亡していました。

ここから新メンバーいっくんを加え、3人で謎を解くために様々な活動をはじめます。
本当に梨乃といっくんは死んだのか?
ネットの情報や優斗が学ぶ心理学の見地から予測を立てます。
そこからすでに死んでいる、という結論が導き出されます。
それは2人にとって、とても残酷なことです。
2人は本人の記憶を持って、生きて、活動しているのに
家族や友人たちは誰も2人を認識せず、死んだということに
なっているのですから…。

ことにいっくんは、事故があった後、家族のもとに赴き
母親や祖母などに直接「あなた誰」と知らない子の扱いを受けています。
10歳の少年にとって、母親から拒否されることはどんなにつらく
悲しいことか。普段は口数も多く、明るく振る舞ういっくんですが
母親へのインタビュー動画を見て泣きながら眠ってしまうという
面も見せます。

2人が死んだ時の状況にはある共通点があります。
大学生の間で流行しているという新興宗教です。
少しずつ、この宗教の情報が出されてくるのですが、その
順番や出し具合が絶妙で、うまいなあと思わず唸ってしまいました。

2人が別の人間としての生活にも次第に慣れてきた頃、あるニュースを
きっかけに、いっくんが自分が死んだ時の記憶を戻します。
そして梨乃も、自分の死んだ状況を思い出します。
しかし、そこには二度目の死を迎える危険が訪れるのです。
梨乃を救うのは悠斗です。
悠斗が救えたのにも理由があるのです。これがまた衝撃的。
ある程度予測はできますが、やっぱりショックを受けてしまう
のは、彼の包み込むような優しさや穏やかさ、悲しさに
大分共感していたからのようです。

また、音楽、芸能面の記述についても楽しめます。
梨乃としては生きることはできないけれども、音楽が得意な
女子大学生ということで、悠斗のバンド仲間と演奏する機会を
得た梨乃は、シンガーソングライターとして歌っていた頃とは
異なる音楽の喜びを感じます。
彼女の歌声が聞くものに響いていく描写を読むと、自分にも
同じ歌声が聞こえてくるかのような錯覚を受けます。

これまでの自分と別れる哀しみ、そして新たな自分として
生きていく決意はその歌声に乗って、どこまでも人の心に
染み入っていくのです。

ミステリとしては設定が斬新で、構成もしっかりしているので
最後までぐいぐい読めておもしろいです。
そしてまた、音楽に携わるものの生き方や、音楽を発するものと
受けるものの気持ちに寄り添えるような、そんな物語です。