ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

いい事してればいずれ自分にいい事が…来ない!?

ワン・プラス・ワン 』の

イラストブックレビューです。

 

イギリス南部に暮らすジェスは、十歳の娘タンジーと、夫の連れ子ニッキーを
育てる、極貧シングルマザー。ハウスクリーニングの仕事と、夜にはパブの
手伝いをして、何とか生計を立てています。

ある日、タンジーの数学の才能が認められ、数学オリンピックの大会に
出場することになります。会場へ向かう途中トラブルが起こり、困って
いたところに、IT長者のエドが助けの手を差し伸べてくれます。
エドは、自分の車でみんなを乗せて、会場まで連れていってくれると言うのです。
こうして、ジェス一家とジェス一家の老犬、そしてエドたちの奇妙な
旅がはじまるのです。

f:id:nukoco:20181029075033j:plain

もうね、登場人物たちが困ったことがありすぎます(笑)。
ジェスは夫が実家に引っ込んで2年も帰って来ないし、家に1円も入れて来ないから
必死で働いているけれど、家賃やら光熱費やらが滞り気味。
ニッキーは思春期のためか部屋にこもってゲームやら、マリファナやらを
やっている。
タンジーは可愛らしい数学大好き少女で、私立学校の勧めを受けて、
無邪気に喜んでいます。ジェスがその学費がどうやっても絞れ出せないという
苦悩をつゆ知らず…。
そしてジェス一家の老犬、ノーマンは身体がでかくてオナラが臭い(笑)。

ジェス一家だけでこんなにも問題が山積みですよ。
お金がないからって諦めなくちゃいけない事が多すぎる。
若い子の将来が塞がれて行くのを見るのは胸が痛みます。

さて、一方のエドですが、彼はIT長者でそこそこのお金持ちでバツイチ。
少しだけ付き合った女性とのやりとりから、インサイダー取引の疑いを
持たれ、出社停止となってしまいます。そこへ、父親の具合が良くないから
一度帰って来なさい、と実姉から何度も電話がかかって来ます。
自分が逮捕され、大好きな父親が悲しむ姿を見るのが嫌で、家に帰れないエド
おまけに警察に事情を聞かれ、逮捕されるかもしれないという不安と恐怖にも
襲われます。

こんな問題だらけで、ほぼ初対面の人物たちがともに旅に出ます。
自分の現実から目を逸らしたいエドがジェスたちを自身のBMWに乗せたところ、
真っ先に起こったのはノーマンが放った強烈なオナラと、
スピードを出すとすぐに気分が悪くなるタンジーの嘔吐。
たちまちものスゴイ悪臭が立ち込め、シートは汚れまみれ…。
ハナから大騒ぎの予感しかしません。

最初のジェス一家の貧困ぶりや、明るくない将来の雰囲気に少し
抵抗感はありますが、彼らが動き出してからはテンポ良く物語が進行し、
彼らの世界にどんどん引き込まれていきます。
ジェスは気が強いですが正直でしっかり者、実際的。
一方のエドは、現実から目を逸らしたいと思っている、一見弱そうに
見える男性ですが、決めた以上は最後までジェス一家を送りとどけようという
責任感の強さと誠実さを持っています。

育って来た環境や価値観が異なる彼らが、たびたび起こる予想外のトラブルに
自分の持ちうるものを使って相手を助ける姿が、胸を打ちます。
一家には、本当によく思いつくなってくらい、次から次へとトラブルが
起こります。それも、全員に対して、強烈なダメージを与える内容です。

何があってもくじけないジェスの姿は力強さと誇りに満ちています。
そして、大きな損失の後には大きな幸せがやってくる。
本当にそうなるのかどうかは、普段の自分の在り方にかかっているのだと
いうことを教えてくれる物語です。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング

世界を覆す 黄金の液体と少年たち

14歳のバベル  』の

イラストブックレビューです。

 

病院へ運びこまれた冬人は、夢うつつの意識の中で不思議な光景を見る。
見たこともない建物、変わった服装。彼らは何者で、何をしようと
しているのか。地上消滅のカウントダウンが始まる。

 

f:id:nukoco:20181029065927j:plain

日本で八年前にバイオテロが発生。この事件をきっかけに、日本全国各所に
立入禁止区域ができました。人々は居住可能である都市部へと移住します。
携帯電話、インターネットなどの通信機器が使用禁止となり、人々は携帯を持たず、
固定電話で会話をし、文書は全て紙に手書きをし、押印。そんなひと昔前の状況に
なったような日本が舞台です。

主人公は14歳の少年、冬人。八年前の事件をきっかけに、人混みに出ると
気分が悪くなって嘔吐したり、気絶する、という症状が出るようになりました。
学校へ行ってもほぼ一日中保健室にいる。そんな冬人を母親が神経質なまでに
心配しています。

冬人はある日、街中で気を失い、気がつけばある病院の診察のベッドの上でした。
朦朧とする意識の中で冬人の脳裏に浮かんだ景色は、見たこともないような
施設と、そこにいる不思議な衣装を身に纏った人たち。
夢なのか何なのか、判別のつかない冬人でしたが、彼らのことについて
調べて行くうちに、とんでもないことが判明したのです。

それは、彼らが地下に住む古代シュメール人の末裔であり、地上に住む者たちとの
入れ替えをはかっている、ということ。その壮大な計画を知った冬人はこれを
阻止しようと動き出します。しかし、学校生活になじめず、母親にもはっきりと
意見を言えない冬人には、少々荷が重い。

この地上消滅計画には、冬人の父親が勤めているビール会社のビールが
大きく関連しています。冬人の父親も会社の施設に違和感を感じ、
やがて冬人や、記者の鷹野と共に、この計画を阻止するべく動き出します。

14歳という、微妙な年頃は、周囲の状況が見えるようになり、自分の
無力感を強く感じる時期なのかもしれません。
それは大人にとっても同じこと。経験値が少し余計にある分、振る舞い方は
わかるけれども、成長し続ける自分の子供や、予想外に発生した未知の
出来事に対しては、少年と同じように無力な部分もあるのです。
そうした無力な大人の姿を見せることも、少年の成長に関係するのかも
しれません。

想定外の出来事に対して向かっていける力の根底は「愛」。
少年は、希望を感じられないこの地上だけれども、大切な人たちを守りたい気持ちで
強い大人たちへと向かっていきます。冬人の父親も、記者の鷹野も。
大切な人たちがいて、その人たちを守るために己を奮い立たせているのです。

冬人がこの世界を守ると決めた瞬間、世界は彼を応援するかのように
動き始めます。壮大な設定と細やかな少年の心理とが美しく、その
世界にグイグイと引き込まれる物語です。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング

インテリジェンスなコラムニストのアル中脱出記

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白 』の

イラストブックレビューです。

 

50代で人格崩壊、60代で死ぬ。
医師からそんな宣告を受けてから20年。なぜそこから抜け出せたのか?
抜け出せた先に待ち受けていたものとは。何かに依存している全ての人に
送るエッセイ。

f:id:nukoco:20181029065705j:plain

最近「依存」というワードが自分の中でやたらと引っかかるのらしく、
その手の書籍を見るとどんどこ買っています。なかでも「アル中」は
長らく興味を持っています。西原理恵子さんの元夫である鴨志田さんや、
漫画家の吾妻ひでおさん、小説家中島らもさんなど、クリエイティブで
破天荒、みたいな部分に惹かれるところもあったのかなと思います。

まあ、それは若い頃の感覚でして、今では「いつかそっちに行って
しまうのではないか?」という漠然とした不安を、関連書籍を手に取ることで
解消したいのではないかなと分析しています。

表面的な自分は「アル中じゃない」って思ってます。でもちょっと奥の方に
いる自分は「そうは言ってもね、予備軍でしょ?」とか思ってるわけです。
本書でも、著者は「俺はアル中じゃない」って主張しています。
最初はちょっと飲み過ぎかなあ、と思っていたのが、ある時から
俺は全然大丈夫とか言い出す。仕事の電話覚えていなくても、
飲み会の場所で人と揉めても大丈夫!飲みすぎてない!とか。
もはや大丈夫な要素はひとつもありませんね。

著者は、幻想や幻聴が出たことで、ようやく危険を感じて病院に向かいます。
そこでアルコール依存症の診断を受けるわけですが、それでも医者に対して
「あいつわかってねえな」とか思っちゃう。わかってないのは自分だって!
そうまでして酒飲む自分を擁護してしまうのが、アル中なんですね。
人間の心理って不思議ですね。体が壊れて行くのに、その原因となるものを
認めようとしないんですから。

訪れたお医者さんは心療内科で、基本的にアル中は診ないそうなんですが、
著者に対してこんな言葉をかけています。

「本来私は、アル中は診ないんです。というのも、アル中というのは治らないから。
久里浜にいたときも、何度診ても必ずのんじゃう。八〜九割は治らない。
だけどまあ、あなたどうやらインテリのようだから。」と。「もしかしたら
治る見込みがあるかもしれないから、診てあげることにする」とおっしゃいました。

インテリというのは、飲まない自分、飲まない世界を想像でき、かつ
そこへ向かっていける人のことを言うのかもしれません。
多くの人が治らないのは、飲んでいない時の世界に色をつけることが
できず、お酒を飲んだ時にだけ世界に色がつき、自分が受け入れられて
いるように感じてしまうからなのかな?そんな風に感じたのでした。

お酒を楽しんでいるうちはいいですが、お酒がないと楽しめない、となって
来た時は要注意です。お酒が入った世界はぼんやりと気分のいいものかも
しれませんが、お酒のない世界はクリアな美しさに満ちています。
そこを感じ取れなくなった時には、自分を疑ってみたほうがいいのかも
しれません。

著者の、クールでシニカルな目線の語り口に笑いつつ、アルコールで
喪ったものの寂しさや怖さなど、等身大の言葉で語っています。
アルコール依存症の人も、そうでない人も、アルコールの付き合い方に
ついて改めて考えさせてくれる一冊です。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング

つながり、広げて、巻き込む仕事術

進む、書籍PR! たくさんの人に読んでほしい本があります  』の

イラストブックレビューです。

書籍を各メディアに露出させる「パブリシティ」。
こうした書籍PR活動を先駆けて行ってきた著者が、アイデアを広げ、
人をつなぎ、作り手の思いを伝えていく仕事術を紹介。
楽しく、柔らかく、めげない働き方。

 

f:id:nukoco:20181029065434j:plain

書籍のPR活動専門の仕事をしている人がいる、ということをはじめて
知りました。自分は、以前出版社の販売部にいて、自社の書籍の宣伝担当で
ありました。お金を出して新聞や雑誌の広告に掲載する。
または、新聞社や関連の雑誌を発行している出版社に、リリースと
書籍を渡して「機会があったらお願いします」と頼んでみる。
そうしたやり方でPR活動を行なっていて、それも広告代理店経由で
お願いすることが多かったです。

メディアに露出する場合はといえば、全くの受け身です。
こちらから依頼した書籍(あるいは依頼していない書籍)が番組の趣旨に
合っていた場合や、著者が番組に出演する場合などがあります。
場合によっては部数が大きく動くことがあるので、発刊から数年たち、
在庫が薄くなっている書籍は注意が必要です。このご時世、
「テレビに(ほんのちょっと)出るかもしれない」というだけで
増刷できるほど、余裕はないからです。少なくとも自分のいた会社では。

お金が発生しないパブリシティ活動ですし、メディアに露出したからと
いって、必ず増刷につながるというものでもありません。
パブリシティに対しては、そんな漠然としたイメージを持っていました。

しかし、著者はこのパブリシティ活動に対して、限りなく確実性を
高めた企画を作成し、提案し、そして実績を上げています。
代表的な作品としてはシリーズ累計100万部を突破した「おやすみ
ロジャー」や20万部の児童翻訳小説「ワンダー」など。

まずは作品を読み込み、作者の伝えたいことを考えます。
そして、効果的なキャッチコピーを考え、場合によっては書籍のダイジェスト版の
ような小冊子を作ってみることも。
目を向ける方向は多岐に渡ります。今のトレンドは何か、食事、健康、
ファッション、育児の傾向はどうか。そうした世間の風潮の中でこの書籍を
どのように訴えればもっとも効果的なのか、興味を持ってもらえるか。

もちろん、依頼する番組の中でもどのように紹介するかということも
吟味します。視聴者に喜んでもらって、かつ本を買ってもらえることが
ベストだからです。

こうして練り上げた企画を、テレビ局やラジオ局に依頼しますが、断られることも
多いのだとか。それでも、半年くらいしてからしれっとまたお願いすると
聞いてもらえることもあるそうです。これも、「この書籍を、作り手の気持ちを
伝えたい!」という強い気持ちがあればこそですね。

書籍をより広く知らしめるためのコピーづくりから露出方法、人脈作りまで
とても幅広い動きと考え方を求められるのが書籍PRというお仕事なのだ
なあと感じます。そんな仕事内容に対して、著者から伝わってくるのは
「楽しさ」。紹介したい!と思える本との出会い、どうやって伝えよう?と
考えるとき。とにかくそれはワクワクが詰まっているのです。
本からそんな著者の気持ちがあふれ出てくるようです。

いろんなジャンルの情報や人たちを、どんどん巻き込んで大きな輪と
なったとき、そこからまた作り手たちの思いが広がっていくのです。
読んでいて楽しくなってくる仕事内容と仕事術でした。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング

アイドルの眼に映る世界に希望はあるのか

武道館 』の

イラストブックレビューです。

恋愛禁止、スルースキル、炎上、特典商法、握手会、卒業…。
アイドルを取り巻く言葉の先に見えてくるものとは。アイドルと自分自身は
同じはずなのに、自分自身であることは許されない。アイドルという十字架を
背負った少女たちの物語。

f:id:nukoco:20181029065201j:plain

アイドルグループ「NEXT YOU」のメンバー、愛子は17歳。
幼い頃から気がつけば音に合わせて歌い、踊っている女の子でした。
日々レッスンに力を入れ、ライブに励み、握手会をこなします。
努力の甲斐があって、グループの認知度は少しずつあがっていき、
目標である武道館ライブが近づいてきた頃、彼女たちの周囲には
不穏な空気が漂いはじめます。

10代という、キラキラと輝いて、スピーディーに成長を遂げる少女たちが
身を投じた世界は、アイドルという戦場でした。
巷では、男女交際の発覚から頭を丸刈りにしたアイドルが出たり、
握手会の場で、刃物を持った男が乱入するという事件起こったり。
彼女らの一挙手一投足は動画で配信され、わずかな情報から身元や
行動を割り出される。そしてちょっとした言動で炎上。

NEXT YOUのメンバーも、レッスン中やライブの前後など、常に
カメラが入り、その様子を動画で配信しています。
情報があっという間に拡散される世界で、自分の光を振りまく少女たちは
自分の身を削って輝いているように見えてきます。

10代前半頃は、純粋に歌って踊るのが楽しい、それを見て喜んでくれる、
応援してくれるファンがいて嬉しい、といった気持ちで満ちていた
愛子ですが、次第に気持ちに変化が現れます。このままずっとアイドルを
続けるのか?そして自分に芽生えた、幼馴染への感情も愛子を混乱させます。

歌と踊りが好きだからアイドルを選んだ。
この家を離れたくないから、両親が離婚した時は父親を選んだ。
愛子がそうやって選んできたのは間違いないし、これからもいろんなことを
選んでいく。でも、今、この時に好きな相手を選ぶのは間違っているのだろうか。
選択が正しいとか、正しくないとか、誰の判断なのか。

彼女たちは非常に真摯に、アイドルという仕事と、自分自身に向き合って
います。もしかしたら、世の中でもっともプロ意識を求められる10代で
あるのかもしれません。その十字架は、彼女たちを光り輝かせ、そして
とてつもない重みを背負わせるのです。

彼女たちの選択は一瞬。そして、その結果はずっと続いていきます。
その選択が良かったかどうかは、自分たちが作り出す未来次第。
それに、世の中も自分も変わっていきます。だから自分の選んだ道を
真っ直ぐに進んでいくしかないのです。

朝井リョウの描くアイドルたちは、まっすぐで、不器用で、かわいくて、
とても人間的。現実の世界でのアイドルたちがどんな様子なのかはよく
わかりませんが、NEXT YOUが存在するならばちょっと応援したいな、
と思ってしまいました。アイドルたちが見る世界はどんな風に映って
いるのでしょうか。ファンや世間は、味方なのか、敵なのか。
ひた走る彼女たちに「良くやったね」と声をかけたくなる物語です。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング

この衝撃的な世界が絶対にないと言い切れるか

殺人出産  』の

イラストブックレビューです。

 

「産み人」となり、10人産めば1人殺すことができる。
そんな「殺人出産制度」が認められた世界では、「産み人」は
尊い存在として崇められていた。人々の素晴らしい行為をたたえながらも
複雑な思いを抱く育子の秘密とは。

f:id:nukoco:20181029064952j:plain

「産み人」の申請をし、10人を無事に出産すれば、合法的に1人の人間を
殺す事ができる「殺人出産制度」。人口が減少し、子供を作るための
セックスをしなくなった世界を救済するためのシステムとして実施。
「産み人」によって産まれた子供はセンターで育てられ、子供を欲しがる
大人のもとへと引き取られていきます。男性も、人口子宮を取り付けて
「産み人」となることができるのです。

世の中の世論としては、命を作り出す「産み人」は素晴らしい存在です。
また殺される人物も「死に人」と呼ばれ、産み人の原動力となってくれた
人物として好意的に受け入れられます。

こうした制度や世論に複雑な感情を抱く育子。彼女の姉は「産み人」
なのです。穏やかな美しい姉が、殺したいと思う人物は誰なのか。
自分か、母か。育子がそんな風に考えているうちに姉が10人目の
出産を終えた、という連絡が入ります。

殺人出産制度という仕組み通して、いろんな世界観が伝わってきます。
恋人や夫婦の付き合い方、セックス、妊娠、出産。
正当な殺人。命の価値。自殺。

人ひとりの命の輪郭が、なんだかあいまいでボヤけているように感じます。
そしていつ突然にやってくるのかわからない「死亡予定通知」。
どんなに懸命に生きていても、誰かから「10人産んだからあなたを殺すね」
と言われたら、殺されるしかないのです。

こんな異様な世界は物語だから、と一言ではかたづけられないものが
あります。世の中の常識は、どんどん変わってきています。
今ある常識は、10年先まで変わらないとは限らないのです。

人口減少による世の中の情勢や、死に関わる問題など、奇抜な発想ではありますが
いや待てよ、あるかもしれない、と思わせてくれるリアルさが随所に
散りばめられています。そして、その時代のメインな常識にそぐわない
人々がいるということが、物語の説得力を強くする理由であるのかもしれません。

数十年先の世界を少し覗き見してしまった。それは悪くはないけれど、
いいものでもなかった。そんな後ろめたさを感じます。
少し背筋が寒くなるような、それでいて最後まで強く惹きつけられて
目が離せない物語です。

にほんブログ村 本ブログへ


本・書籍ランキング

「美」の世界への切符を持つ者と持たざる者

異邦人(いりびと)  』の

イラストブックレビューです。

 

篁画廊の専務、篁一輝と結婚した菜穂は、出産を控えて京都へと
逗留していた。京都の画廊で出会った一枚の絵に強く惹かれた菜穂は
その絵を描いた画家と会えることになったのだが。「美」に翻弄される
人々の隆盛と凋落を描いた物語。

f:id:nukoco:20181029064751j:plain

菜穂は気が強く、気分屋なところがありますが、絵に対する審美眼は
超一流です。彼女が見つけ出した無名の画家の作品が、数年後に何倍もの
値段をつけるということが何度もあったのです。多くの美術品を蒐集し、
しまいには美術館まで作ることになった祖父の血を継いでいるのでしょう。

夫の一輝は、篁画廊の跡取りで、社長である父のもとで専務として
働いています。こちらは真面目に仕事をこなす、実直な青年という印象です。
そして菜穂の母親、つまり、一輝にとっては義母となる有吉克子の存在が
問題です。菜穂と出会う前に、特別な関係になりそうになったことが
一度あるのです。

社交的で色気溢れる克子は、今でも冗談とも本気ともつかない態度で、
一輝を食事に誘ったりしています。娘のことで婿を呼び出す、といった
形ですね。一輝のほうも、大きな金額が動く画商の世界で生きているので
真っ向から否定するような態度はせずに、でも肯定もせずに上手に克子を
あしらっています。真面目で主張しないタイプの人間かと思いきや
意外と世慣れている部分を持っているのですね。

東北で起きた震災の後に、妊娠が発覚した菜穂は、克子の強い勧めで
京都での生活をはじめます。気の乗らない様子の菜穂でしたが、ある画廊を
訪ね、そこで一枚の絵に出会います。そのとき菜穂は

自分の中で、何かが、ことりと動く感じがあった。
いや、違う。動いたのではない。刺さったのだ。
菜穂の胸中に、得体の知れない感情が、つむじ風のように巻き起こった。
絵もいわれぬ感情。見果てぬ欲望の予感があった。

と、感じています。
「美」を見つけ、求めるものはこのように、自分の深い部分で作品を
感じていて、そして感じてしまったならば手に入れずにはいられない
ようです。「美」を感知する素晴らしいセンサーを持ちながらも、
資金が底なしにあるわけでないので、手に入れられない苦しみも
発生するのです。

一方、名画の売買が済み、一時入金した相手にお金を持ち逃げされた
篁画廊は倒産の危機に見舞われます。有吉家の持つ名画を売るように
克子のもとへ説得しにいく一輝でしたが…。

美しい絵の価値を見抜く者、そうした絵を描く者。彼らは、誰にも
代わることのできない才能を持っています。しかし、そうした唯一の
存在であるゆえに、孤独でもあります。
一方、才能はないけれどもそうした「美」の世界に関わる者は、自分では
ない誰かの決めた価値によって、大きな利益をあげます。孤独では
ありませんが、誰かの、何かの力に振り回されているような印象を受けます。

京都という古都を舞台にして、背景や人の心を照らす光と影を鮮やかに描いた
美しい絵画のような物語です。

にほんブログ村 本ブログへ


本・書籍ランキング