ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

私たちのすぐ傍で息づく懐かしく愛おしい世界

家守綺譚 』の

イラストブックレビューです。

 

今からほんの100年前。売れぬ物書きをしていた綿貫征四郎は、亡くなった同級生、
高堂の父親から家の守をしてくれないかと頼まれる。喜んで引き受けた征四郎が
住み始めた庭付き二階屋には様々なものたちが訪れる。

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池がある庭付きの一軒家。庭には四季折々に草、花、鳥、獣…ばかりか仔竜、河童、
人魚、亡友までが現れるのです。

庭にあるサルスベリの木に、本の朗読をしてやっていたら、夜にサルスベリの枝がしきりとガラス戸を叩いてくる。すると床の間の掛け軸から亡友、高堂が登場し、サルスベリがお前に惚れているから気をつけろ、と言う。

亡くなった友人が掛け軸から登場することに相当びっくりしますし、場合によっては
恐ろしくもなり得る状況なのですが、征四郎は何ともナチュラルに受け入れます。
ぎゃあと叫ぶどころか

「どうした高堂」

と声かけているのです。「どうした」って!!自分だったらどうかなぁ。
亡くなった友人が意表を突いた登場をしたら、まずはやっぱり驚いてしまうと思うのです。驚いた後に喜んだりするかもしれないけれど。

それどころか、植物がお前に惚れてるよ、なんて言われて、そんな気がしてたんだよね、なんて。受け入れる認識の広さにもほどがあるというか。だからといって、完全に
ファンタジーの世界、というわけでもないのが不思議です。あくまでも日常の世界があり、その中でこういった摩訶不思議なことが起こる。つまりこうした出来事は日常の一部であるのだと。

征四郎の周囲に訪れる不思議な者たちの正体を教えてくれるのは、亡くなった友人の
高堂、お寺の和尚、お隣に住むおかみさんなどですが、彼らがまたそういった類に
詳しいのです。そして注意事項まで伝達してくれるのですから親切です。

この征四郎という人は、物書きをしているせいなのか、万事において物事を容易に
受け入れ、他人の言うことを信じやすい面があります。だからこそいろいろな、
人間ではない者たちが近寄ってくるのでしょう。時にはサルスベリに思いを寄せられ、
タヌキに大量のマツタケをプレゼントされるあたり、むしろそんな存在たちにとって
人気者なのかもしれません。

植物には気持ちがある、川のそばには河童がいる、タヌキが人を化かす。
昔話の中のような出来事が、日常生活の一部として、身の回りで起こる。
それは驚きと、ワクワクと、そしてちょっぴりの哀しみを運んできてくれるのです。
可能であればこの世界に行きたい!そんな風に感じる、懐かしくて愛おしい世界を
描いた物語です。

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髪から伝わる女たちの体温と生き様

髪結百花 』の

イラストブックレビューです。

 

 

遊女に夫を寝取られ離縁した梅は、実家に戻り、髪結である母の仕事を手伝いはじめる。花魁の紀ノ川や禿の少女タエ、そして吉原で働く女たちとのやりとりから、髪結としての自信と喜びを取り戻して行く。吉原を舞台に女の人生模様を情緒豊かに描く。

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まずは、えもいわれぬ美しさの花魁が描かれた表紙に釘付けに。左肩から振り返るその姿、伏し目がちな視線に何とも言えぬ妖しさと、哀しみ、そして腹を括った強さまでも
感じました。予算とスペースの関係で書籍は滅多に買わないのですが、こちらは表紙に誘われて手に取った一冊です。読み終えた今でも書棚から取り出しては表紙をじっと眺めています。花魁に取り憑かれたか?

江戸の吉原に出入りする髪結の梅。かつての旦那は遊女に寝取られたこともあり、
お客である遊女たちにいまひとつ心を開くことができず、先輩髪結の母のように
滑らかに遊女たちを褒めたり会話をすることがなく、ぎこちない仕事ぶりです。

しかし、花魁の紀ノ川はそういった気づかいや髪結の仕事ぶりには無頓着。そんな
紀ノ川と、梅にはじめて髪を結ってもらってから梅を慕ってくれる、禿の少女
タエたちと接するうちに、だんだんと髪結としての自分と、その仕事への熱意を
高めていくのです。

梅が、遊女の髪に触れ、そこから伝わる遊女たちの体調や匂いの描写にハッと
させられます。そして、髪から遊女の奥の奥までを理解する梅のプロの仕事ぶりにも
敬服してしまいます。遊女が発する直接的な感情描写よりも、髪から感じる
彼女たちの生活ぶり、生き様を描いた描写の方がより生々しくしく、彼女たちが
生きているのだという事をより強く感じさせるのです。

花魁として活躍していた紀ノ川は、吉原に入った時から自分の感情に蓋をして
きたようです。そうしなければ生きていけない場所であったのかもしれません。
一方、亭主を遊女に寝取られた梅も、怒りや哀しみの感情を整理しきれず、
くすぶっていた状態。そんな二人だから、響きあい、心を寄せ合ったのかもしれません。

吉原を舞台に生きる女たちは、自由とは縁遠い生き方をせざるを得ません。
しかし、それ故に覚悟を決めた時の力強さと輝きはとても大きなものだったのです。
遊女が子供を産み、育てることさえ決死の覚悟。そしてそれを助ける方もそれなりの
覚悟が必要です。

困難な状況の中で見出す女としての喜びは、遊女、髪結、元夫の今の妻など
それぞれの立場によって異なります。しかし、そんな立場の異なる女たちが
新しく生を受けた赤ん坊のために力を尽くします。それは、各自がそれぞれに
女の幸せを考え、理解したからなのでないでしょうか。

そんな女たちの熱がいつまでも余韻に残り、彼女たちの生き方に思いを馳せる物語です。

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こんなのアリ!?不思議でおかしなお仕事ショートショート

日替わりオフィス  』の

イラストブックレビューです。

 

総務の地味な江崎さんのもとに多くの男性が群がる謎、アイデアの天才、同期の
モニワ君からアイデアを奪った男、恋人がいなくても疑似恋愛できる装置を使った
女性に起こった出来事…。どこかの職場で起きているかもしれないとっても奇妙で
おもしろいお仕事ショートショート

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特に美人でもなく、性格が明るい訳でもない。とにかく地味な総務の江崎さんの
もとにはなぜか男性社員が群がり、彼女の依頼は何でも聞き入れています。
周囲の女性社員たちは江崎さんへ嫉妬の感情を抱き、その理由を知りたいと
思っています。「あたし」もその一人であり、仕事を終えた江崎さんの後を
つけることにしたのです。

男たちをぞろぞろ従えて江崎さんが入っていったのは中華のお店。決してきれいとは
言えないお店。外からのぞいてみると、どうやら江崎さんたちは奥の一角に
いる様子。その一角から目につかない席に座り、彼らの様子を伺ってみると。

男性たちはグラスに注がれたお酒を、江崎さんの『乾杯!』という声でグッと飲み、
そして江崎さんはその様子をおかしそうに見ています。
酒を飲ませるくらいで、男を手なづけることができるのか?
と疑問を持つ私に注文を取りに来た店員が「ビールはないけど奉公酒ならある」と
言うのです。

そう、奉公酒とは、飲んだ相手が自分に奉公してくれるようになるというお酒
だったのです。なんだそれは、と思いつつもなぜかニヤニヤしてしまうのは
何故なのでしょうか。会社員時代に知っていたら、自分も一度は試してみたに
違いない…と思ってしまったことは内緒です。上司に飲ませたら仕事がはかどって
便利ですよねえ。

物語の「あたし」ももちろん試し、その上社内の女子社員に奉公酒の秘密を
言いまくったからさあ大変。女子社員社内戦国時代の幕が切って落とされたのです!

…とまあ、何とも奇妙でおかしなお仕事にまつわるショートショートです。
イデアが出てこなくて困っている男性、忙しすぎて恋愛する暇もなくカスカスに
なってしまいそうな女性、死んでいるのに自分にその自覚がない男性など、働く人間を
ちょっとナナメから眺めつつ、クスリと笑ってしまうようなお話たちです。

毎日仕事が忙しすぎて訳がわからない!同じことばかり考えている!イライラする!
そんな方はぜひこちらを手にとってみる事をオススメします。たちまちアタマが
柔らかくなって、心も軽やかになるでしょう。

嫌な上司がいたのならば、その上司に奉公酒を飲ませて、自分にかしずかせる場面を
想像してみましょう。それだけでも仕事のペースが上がるってもんです。
ただしこの奉公酒、女性が男性に飲ませた時だけ効果が出るそうで、男性が女性に
飲ませてもただの酒と同じだそうです。悪しからず。

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現実と幻想が交錯する魅惑的な宵山の世界

宵山万華鏡  』の

イラストブックレビューです。

 

 

変わり者の友人、乙川と京都の祇園祭に出かけた「俺」は途中で乙川とはぐれ、
なぜか屈強な男たちに捕われてしまう。次々と表れる異形の者たちが崇める
宵山様」の正体は。祇園祭宵山の一日を舞台に、不思議な出来事が交錯する
万華鏡のような連作短編集。

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京都の祇園祭宵山。日本有数の祭りには多くの人が集まり、道も思ったように
進めないほどの混雑ぶりです。そんな中、バレエ教室に通う姉妹が、寄り道を
して、お祭りを見て行くことに。心配性の妹は寄り道はダメだと主張しますが、
思ったら即行動の姉は聞く耳持たずに街へ飛び出します。人混みの中、しっかりと
握っていたはずの二人の手が離れてしまい…。

不安な気持ちに潰されそうになる妹は、人混みの中を金魚のようにひらひらと
駆け抜ける、赤い浴衣を着た少女たちと出会います。彼女たちとあちこち歩き
回り、空へと舞い上がる少女から手を差し伸べられた妹は。

祇園祭宵山には、人ならざるものが存在している。歴史的な街並みと、その街並みを
照らす光とそこから生まれる影。その濃い影の中から、不可思議な存在が祭りの一時に
姿を表す。そんなことを感じさせるお話です。

そして次のお話。変わり者の友人、乙川を訪ねて大阪からやってきた「俺」。
二人で祭りを見物するはずが、はぐれてしまい、 突然現れた屈強な男たちに
拉致されておかしな場所へ連れていかれます。そして「宵山様」の裁きを受けろ!
と異形の者たちから迫られるのです。

これは実は乙川が「俺」を騙すために仕込んだ壮大な罠。人も金もたっぷりとかけて
祇園宵山を舞台に壮大な異世界を作り上げたのです。ただそのためだけにつぎ込んだ
情熱の何とアホらしく、そして素晴らしいものか。

そのセッティングにまつわる、バイトとして雇われた現場の学生たちの苦労が、
森見節が炸裂したユーモアたっぷりの描写で描かれています。ここは笑いなしには
通ることのできない関所です。

そうして笑いが続いたあと、ふと最初の不思議な話はどうなっているのかな?
と思い出します。それはここから回収が始まるのです。
宵山の夜から帰らなくなった娘を持つ男は、宵山の一日を繰り返しています。
そして、娘を探しに祭りへ出かけ、幼い頃のままの娘の姿を見つけ出し
手を掴むことができずに、娘を見失ってしまうのです。その苦しい体験を毎日
繰り返しているのです。

胸が締め付けられるような状況ですが、男は、いなくなった娘がまた目の前に
現れてくれた。ただそのことが嬉しくて、見失ってしまうことがわかっていても
再び宵山の一日を繰り返してしまうのだと。

この辺りからまた、作り物のはずであった宵山様の存在がリアルになってきます。
冒頭で登場した、宵山ではぐれてしまった姉妹の姉が出会ったモノとは。妹を探す
という口実持ちながらも宵山様に関係する者たちの手を借りてちゃっかり祭りを
楽しむ姉。異世界に取り込まれそうな危うさを持ちながらも、なんだかおかしい、
と感づき、妹を連れ戻しに走る姉は感の鋭さと、怪しげなものに取り込まれない
強さを持っているようです。

目まぐるしく変化する、宵山という舞台で繋がっている世界。
妖しさ、滑稽さ、懸命さ、幼さ、悲しさ、無邪気さ…。あらゆる感情や情景が
そこかしこに満ち溢れ、ひとつの塊となって場に漂い、時に人をおかしな世界へと
導いていく。宵山様の正体はそうしたエネルギーの塊であるのかもしれません。
そんなエネルギーの一部に触れに、祇園祭へ出かけて見たくなる物語です。

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握った手からこぼれ落ちていく愛

こぼれる 』の

イラストブックレビューです。

 

 

高校を卒業後、福島から上京し、本屋でバイトをしている22歳の雫。
ふとしたきっかけで知り合った大介に一目惚れした。しかし彼には妻と子供が
いた。交際するも、その関係に思い悩み、別れを決意する雫だったのだが。
雫、大介、雫に一方的に思いを寄せる大学生、大介の妻、それぞれの視点で
描く連作短編集。

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高校の頃、付き合っていた彼は俳優を目指して東京へ出ると言いました。
現実を見ろと説得した雫でしたがが、彼は夢を叶えるべく東京へ。取り残された雫は、
彼を忘れられず、『東京へ行けば何とかなる』という思いで上京してきたのです。

本屋のバイトとして働き、店長の芳江さんも雫を娘のように可愛がってくれて
います。ある日、雫は大介と知り合い、付き合うことになります。
雫の視点からは、大介への思いが溢れて、会えば喜びでいっぱいになり、
妻と子供のいる家へ必ず帰っていく彼に、身をちぎられるような寂しさを感じて
います。雫の方からは大介にもっと一緒にいてほしい、とは言えません。

いずれ終わりを迎える関係だと思いながらも止められない思いに、悩み苦しむ
雫は、芳江に相談し、ようやく別れを決意。その背中を押してもらいます。
その気持ちを大介に伝えようとした日に、雫にある出来事が降りかかります。

雫、大介、雫に思いを寄せる大学生の島田、大介の妻、千尋のそれぞれの視点で
物語は綴られて行きます。

大介は、雫を失ってから、大介への気持ちが綴られた彼女の文章を読んで、深い
絶望と悲しみに襲われます。

大学生の島田は雫に一方的に思いを寄せ、何と雫が不在の時に彼女の部屋へ盗聴器を
仕掛けます。島田の幼馴染の茜は、挙動不審な島田を心配しているのですが…。

千尋は大介の浮気に気がついていましたが、言い出す事ができず、情緒不安定に
なっていました。風太に八つ当たりしてしまったり、鬱病の気がある、と診断されて
います。雫と大介の関係が終わった時に彼女が取った行動と、決意した思いとは。

雫と大介、ひとつのカップルは周囲に大きな波紋を広げていきました。
しかも、本人たちも楽しいだけでなく、自分たちが会って思いを寄せることで
苦しむ人がいる、ということを自覚した上での逢瀬です。好きな気持ちが
止められないから、と続けた交際の代償はとても大きなものでした。

大介と千尋の夫婦は別れる事なく、夫婦生活を続けていくのですが、互いに
抱えることになった事実はとても重く、これからも消えそうにありません。
ただ、千尋は大介の全てを許したわけではないのですが、それでも大介への
思いが変わらない のです。

千尋は雫との浮気は知っているけれども、彼女についての話題を出すことを
大介に禁じます。これは大介にとって一番辛い状況であると言えます。
大介は家庭では良い夫、良い父ではありますが、千尋にしてみれば妻や母以外の自分を
認めてもらいたかったのかもしれません。妻や母としての自分は愛されていて、
女としては雫が愛されている。そんな風に感じていたのかもしれません。

好きなもの同士が感情を優先して交際するという事に、何と多くの人々の感情を
巻き込んでいくのか。人を愛する気持ちは、人を幸せにし、成長させ、そして
苦しめる。そうした様々な感情を状況と巧みに絡み合わせた、心に残る連作短編集です。

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何でもあり!?ヤバすぎるお仕事請け負います

バッドカンパニー 』の

イラストブックレビューです。

 

 

年齢・経歴不詳の美人社長、野宮が運営する人材派遣会社『NAS』。
金になるなら何でも引き受けるというその仕事内容は、ヤクザの用心棒、国際
テロリストの捕獲、裏カジノへの潜入など危険なものばかり。腕に覚えのある
男たちが暴れまくるアクション小説。

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自衛官で、NASの社員である有道は、以前の職場で上官を殴って退職。
妻には離婚され、かわいい娘とも会えず、借金を抱える身となり、野宮に
拾われ、借金を肩代わりしてもらったため、野宮に頭が上がりません。
元警官の柴は、野宮の秘書を務め、気が短く腕の力に訴える有道とは対照的に、
冷静に物事を対処していきます。正反対の二人は犬猿の仲なのです。

年齢不詳な美人の野宮は、金さえ積まれればどんな危険な案件も引き受けます。
ですから、依頼してくる方も脛に傷を持つものであったり、警察には頼めない
事情を抱えるものであったりと、癖がある上に命の危険が伴うようなものばかり。
断れば逆に有道が脅される始末。本当に怖いのはこの野宮であるようです。

ヤクザの売り上げを狙う強盗団の護衛を依頼された有道。ヤクザとしては警察に
知られたくないし、やり返したところで自分たちが逮捕される危険もあります。
そこで屈強な有道が護衛し、機会を狙って強盗団を潰すところまで案に匂わせ
られるのです。いざ売上金をミニバンで運んでいる途中、数人の強盗団に襲われ、
青龍刀を首元に突きつけられ…。

またある時は、国際テロリストの捕獲を依頼されます。テロ支援者ばかりか
公安刑事やまでが貼りついている敵をどのように捕獲するのか。そして依頼者
がテロリスト捕獲を頼んだ理由は。捕獲後どうするのか。そこにはテロの被害に
遭い、違った人生を送ることになってしまった男の悲しみが潜んでいたのです。

有働のタフさ、芝の冷静沈着さ、野宮の正体不明な凄み。NASのメンバーは
魅力たっぷり。そしてアクション映画のような派手な戦い、暴力だけでない、
悪い奴らの裏の裏をかく爽快な展開。スピードとスリル満点で、興奮のあまり
ページをめくる手が止まりません。

映画やドラマになったら映えるだろうなぁと思う銃撃や戦闘シーンと、
戦いながらも人間らしい一面を見せる登場人物たちが物語に厚みを持たせる、
夢中にさせてくれるアクション小説です。

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不安定だけど心地よい場所から踏み出す物語

ギリギリ 』の

イラストブックレビューです。

 

 

脚本家の卵である健児は、同級生の瞳と結婚した。瞳の前の夫、一郎太は
過労死し、それから一年足らずでの結婚。そして、健児は一郎太の母親である
静江とも何故か仲良くやっている。少しずつ変化していく日常に落とす一郎太の
影は今の心地よい関係に陰りと気づきをもたらす。

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健児、瞳、静江。それぞれの視点から亡き一郎太を思い、そして現在の状況を
見つめていきます。健児は脚本家の卵。同窓会で瞳と出会い、ひょんな事から
瞳の住むマンションで世話になる事になり、1週間ほどの予定が長くなって結婚に
至っています。しかし、健児の脚本がテレビドラマで取り上げられることになり、
そこから瞳とすれ違いの日々が続きます。

一方、瞳は生前の夫の不倫相手だったという冴子と会い、定期的に食事をしています。
冴子は、一郎太との思い出話を瞳に対して語り、共に愛する相手を失った悲しみを
分かち合おう、と言うのです。瞳としては、もちろん気が進むものではないのですが、
あなたは自分にとって大した存在ではないのだ、ということを冴子に知らしめるため、
そして自分がすでに別の相手と再婚しているという負い目があるために会っているのです。
また、亡くなった元夫の母親である静江も、瞳にとって重い存在となっています。

静江は息子を亡くし、一人で暮らしています。地デジ移行に伴うテレビの設置などで
健児の助けを借り、一郎太の法事の件で冴子に相談します。最愛の息子がどんなに
優れていたのか、ということをチラリと出したりして、瞳にとっては少々重い、
やっかいな存在であると言えるかもしれません。静江はボランティアで日本語を教える
仕事を始めてから、目をつぶっていた息子の一面に、改めて目を向け始めます。

一郎太という一人の人間が見せていた顔は、優秀で、頼り甲斐のある魅力的な男性で
ある一方で、人の目を気にし過ぎる、気の小さい一面もありました。良い面ばかりを
見ようとしていた静江、悪い面も実際に目にしていた瞳。 夫の嫌な面を見ようとせずに、賛辞ばかりの静江にモヤモヤししてしまう瞳の心境も理解できます。亡くなった人物に対して悪いことを言えない部分もあるでしょう。

瞳と一郎太は、互いの気持ちは向き合っていなかったのかもしれません。もしかしたら、破局に向かっていたのかもしれません。でも、本当にそうだったのか、話し合えば解決できる事だったのか、相手が亡くなってしまえばそれも叶わないのです。

健児、瞳、静江それぞれの思いや感情が、とても細やかに描かれています。
一人の人間が亡くなったから悲しい、といような単純な感情だけではないこと。
夫を亡くした後の再婚に対して、世間が思うこと。自分たちが思うこと。
生前、表面下で渦巻いていた問題と解決しなかったそれぞれの感情。
いろんな思いが交錯し、ままならないことにもどかしさも感じます。

しかし、それぞれが過去や現在の自分を見つめ、顔を上げて進むべき道を
選んでいく姿は尊く、美しくもあります。変わっていくもの、変わらないもの、
変わりたくないもの。そんな人間の美しく、儚いものたちを描いた、心の奥に
いつまでも深い余韻を残す物語です。

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