ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

名探偵は娘ラブのほっこりお父さん

中野のお父さん 』の

イラストブックレビューです。

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体育会系出身の若手文芸編集者、美希。
ある日、新人賞の候補者に電話をしたが、その人が応募したのは何年も前
だという。この不可解な謎を高校教師である父に話してみたところ…。
出版界に起こる謎を高校教師が解き明かす短編集。

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中野の実家には両親が二人で住んでいます。
独立して実家を出た美希は、職場の近くで一人暮らしをしているものの、
ちょくちょく実家に顔を出しています。ちょっとした手土産を持ってふらりと
実家に赴き、充電して帰る、といったところです。

ある時、美希が新人賞候補者へ電話を入れたところ、その候補者は応募していない、と
言います。よく話を聞くと、応募はしたのだが、それは一昨年だ、と言うのです。
狐につままれたような気持ちで、実家の父親に話を聞いてもらった美希。
香ばしい蕎麦茶を手にしながら、父親は推理を働かせます。

新人賞の受賞候補者である父と、大学に勤める娘の、少し間を置いた関係から
生まれた今回の出来事。結果として、丸く収まったのは、やはり父親が娘を
大きく、暖かく包み込むように思う気持ちがあったからでしょう。

他にも、今は亡き作家が、別の作家に宛てた意味ありげな書簡、区切る場所で
解釈が反転してしまう吉原を唄った句の謎など出版に関わる小さな謎や
さまざまな疑問を、中野のお父さんは鮮やかに解決していきます。

編集者同士の軽妙なやりとりや、文学も好きだが娘はもっと好き、という
空気をほわほわと漂わせているお父さんの描写に、笑顔になったり、ほっこりと
した気持ちになったりします。気のおけない父娘のやりとりは、素直に父親を
尊敬する娘の気持ちや、娘が大切だ、という父の気持ちが伝わってきます。

自立した後のステキな父娘関係。仕事の謎まで相談できて、かつ解決してくれる、
優しくてスゴイお父さんはやっぱり娘ラブ、なんです。

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手紙を書く際の参考にするかどうかはあなた次第。抱腹絶倒の書簡小説。

恋文の技術 』の

イラストブックレビューです。

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京都の大学院から石川の実験所へと飛ばされた大学院生、守田一郎。
先輩の谷口さんに叱り飛ばされながら、実験をひたすら繰り返す日々。
彩も娯楽もないその寂しさを払拭するべく、文通修行をする事を決め、
京都の仲間たちへ手紙を書きまくる。

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まずは親友の小松崎君へ、4月から7月の3ヶ月間にかけて宛てた手紙。
小松崎君は好きな人ができたので、守田へ相談を持ちかけます。
守田のアドバイスに沿って実行してきた小松崎君にはさまざまなアクシデントが
起こります。甘いものを食べさせろ、というアドバイスに従って粽をあげたら
相手が腹を壊した、とか、花をあげろ、というアドバイスカーネーション
あげたら、相手はカーネーションのアレルギーだったとか。いやはや。

他にも、研究室の意地悪な女の先輩や、かつて家庭教師の生徒であった
小学四年生の男の子、大学の先輩でもある作家、妹などに宛てて、同時期に手紙を書きます。
同じ出来事を、それぞれ口調を変えたりしながら書かれた手紙の文面からは、
守口のふざけてしまうけれども案外いいとこあるヤツなんだぜ、という雰囲気が
伝わってきます。

そして、守口は思いを寄せる人への恋文を綴ろうと練習を重ねるのですが…。
これまた脱線につぐ脱線。笑いながら突っ込みまでしたくなるような文章が
後から後から出てきます。いやあ、おもしろいですね。

こうした一連の手紙を見てみると、手紙というものはいざ書こうと思うと
結構難しいものなのだなあと感じます。特に恋文ともなればなおさら。
自分を良く見せようとしたら怪しげになるし、逆に控えめにしようとしたら
なんの取り柄もない残念な気の毒な人になってしまったり、相手を褒めすぎたら
胡散臭くて気持ち悪い感じになったり。

それならば、素直に自分の感じたままを、相手に対して思いやりを持って
文章を綴れば、それは受け取る相手にとって、とても嬉しい手紙になるのでは
ないでしょうか。緩急交えた文面、ふざけてんだろとツッコミたくなるけれども
外し過ぎず、知的な言葉をちょこちょこと入れてくるそのバランスは、見事な
もので、最後まで楽しく読むことができます。

情けなくも憎めないへなちょこ野郎、守口の恋の行方を心配しつつ、
森見先生の恋文の奥義を、どこかで披露してもらいたいものだなあと思うのです。
なお、小説の手紙を自分が書く際の参考にされるかどうかは、読まれた方によるでしょう。
結びの言葉などは洒落ていて、知的な人だなあと思ってもらえるかもしれません。
自分は分からなかったのでググりましたが。

『匆々頓首』(そうそうとんしゅ)って知ってますか?

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「コンビニ店員」は常識攻撃を防御する鎧

コンビニ人間 』の

イラストブックレビューです。

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古倉恵子、36歳、彼氏なし。コンビニバイト歴18年。夢の中までレジを打つ、
どっぷりとコンビニにはまった生活を送る。店員でいるときだけ世界の「歯車」に
なれる。婚活目的で来た男、白羽が新たにバイトメンバーとして加わり、少しずつ
状況が変わりはじめる。

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子供の頃、公園で遊んでいて、死んだ小鳥を見つけたので、母に「食べよう」と
言ったら驚かれた。担任の女教師がヒステリーを起こし、叫んでいたので大人しく
させようと思って女教師のスカートとパンツをいっぺんに脱がしたら、親を
呼び出された。

子供の頃から、思った事を行動すると「奇行」とされ、周囲から奇妙な目で
見られていた恵子。成長とともに、目立たぬように発言や行動することを
学習しました。そんな恵子は大学生の頃、新しくオープンするコンビニの
アルバイトに応募しました。細かな規則が記されたマニュアルのとおりに
接客、行動していると褒められました。「コンビニ店員」として動いている
限り、自分は世の中の一部として認められる!

コンビニで働くことができたのであれば、一般の会社に入ってもやっていけそうな
ものですが、入社試験はことごとく落ち、気がつけばコンビニバイト歴18年。
心のどこかでは、周囲の従業員との関係性も浅く済む、バイトなので仕事の
責任も社員ほどではない、というちょうど良いバランスのコンビニ店員以外は
考えられない、と思っていたのかもしれません。

いい年してまだバイトなのか。男と付き合ったことはないのか。結婚しないのか。
世間はいろんな常識を恵子にぶつけてくるのですが、本人は1ミリも気にして
いません。しかし、また奇妙な目を向けられるので、仕方なく体が弱いから
バイトなの、などとそれらしい理由を語ります。

しかし男性問題についてはそうもいきません。その歳で男性と付き合ったことも
ないのか…とまたおかしな目で見られることに。そこで新しくバイトに入った
男性、白羽が役に立ちます。婚活目的でバイトにやってきた白羽は、コンビニ
のバイトなんて、とバカにした態度をしたり、他の店員の電話番号を調べて
電話をかけたり、お客さんにまでナンパのように声をかけたりしてついには
店を辞めさせられます。

その後、性懲りも無く女性客を付け回す白羽を発見した恵子は、白羽に注意しますが
ふと思いつき、同居を提案します。男性関係の常識攻撃については、同棲相手を
確保する、ということで対応することにしたのです。

白羽という男も、相当世間からずれていて、それでいてプライドも高いという
めんどくさくて困ったやつです。しかし、恵子にとっては相手はどうでもいい。
どんな男であれ一緒にいる、ということで周りは安心して、奇妙な目を向けなく
なるのですから。

常識という攻撃を浴びる日々。人が言う「困ったこと」に全く困らない恵子。
自然に振る舞えば、奇妙な目で見られるため、生きづらい部分も大いにあったと
思います。そんな彼女が手に入れた「コンビニ店員」は、マニュアル通りに
やっていれば世間の歯車の一部になれる、そして考えずに体が動くことへの
快感が得られるという、いろんなことから彼女を守ってくれる最強の鎧なのです。

そんな鎧も型が古くなって世間から受け入れられなくなり、一旦脱いで、男という
別の鎧を手に入れ、就職活動も始めてみますが、どうもしっくりこない。
やはり体に馴染んだ鎧はそう簡単には手放すことはできないのです。
死ぬまでコンビニ店員。そんな生き方が適していいる人間がここにいるのです。

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知らないうちにたまっていくのはホコリと心の傷

あなたの人生、片づけます』の

イラストブックレビューです。

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「部屋を片付けられない人間は心に問題がある」という考えを持つ片付け屋、大庭十萬里。彼女は部屋を見て、依頼人を見て、綺麗な部屋へと戻していく。

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社内不倫に疲れたOL、妻に先立たれた老人、一部屋だけ片付いた部屋がある主婦。
どれも本人が片付けを希望するわけではなく、家族が心配して十萬里のもとへ
片付けの依頼を申し込みます。ですから、部屋の主たちはたいがい十萬里の訪問を
嫌がったり、不快な態度をあらわにしたりします。

十萬里は小柄でむっちりとした女性。そして、愛想を持ち合わせておらず、鋭い
目つきで部屋を見回し、そして部屋の主の問題点を洗い出していくのです。
単純に片付けの指導をするわけではなくて、片付けができなくなっている、
本人の心の問題を見つけ出し、自分自身でそこに気づくよう持っていきます。

妻と別れたら結婚しようと言われ続けて5年。社内不倫をしている春花は、その
言葉を信じ、彼との結婚を見据えてマンションを買いました。彼が好きそうな
家具や食器も買い揃えました。しかし、この頃は家に帰ると疲れ果て、片付ける
気力もありません。部屋は足の踏み場がなくなっています。春花の不在時に
マンションへ訪れた母親が心配して、十萬里に片付けを依頼しました。

訪れた十萬里は部屋を見て、いくつか春花に質問し、次回までにキッチンと
ベランダにあるゴミ袋を捨てておくように伝えます。重い腰をあげてゴミを全て
捨てた春花に少しずつ変化が訪れてきます。

たまったゴミを捨てて、少し心も軽くなった春花ですが、彼が別の若い
派遣社員と噂になったり、行きたくもない同期のホームパーティー
付き合わされたりと、日々のストレスはまだまだあります。

部屋が片付いてきた春花は、自分にとって必要なものは何なのか、という事を考える
余裕が出てきます。部屋の隙間は、自分の心のゆとりと比例しているものなのかも
しれません。春花は彼との付き合いに将来が見出せない事を、本当は心のどこかで
気がついていたのでしょう。

でも、目の前にものを積み上げていく事で、考える事を放棄していたのでは
ないでしょうか。部屋のゴミとともに、生きて行く上での煩わしい人間関係も
スッキリと片付けはじめた春花。彼女の部屋と将来は、気持ちの良い、明るい
ものになっていくはずです。

部屋というのは住む者、手入れしている者の心が反映されているのだという
ことがよくわかる物語です。しかも、毎日過ごしている場所だから、少しずつ
何かがたまっていっていることに本人も気がつかないのです。

部屋をきれいな状態に戻す、余計なものを捨てる、ということは頭の中をスッキリと
シンプルにさせ、手もとに残った本当に大事なもの、満ち足りた日々を送ることに
つながっていく。そんなことを教えてくれる短篇集です。

 

 

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知らなかった家族の顔から見えるもの

四十九日のレシピ  』の

イラストブックレビューです。

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妻の乙美を亡くし、気力を失ってしまった良平。そこへ娘の百合子もまた
心に傷を抱えて帰ってきた。そんな2人のもとへやってきたのは金髪の女の子、
井本。乙美の教え子だったという彼女は、乙美が作っていた「レシピ」の存在を
伝えにきたのだった。

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最初の妻は、娘の百合子を産み、病死。百合子が5歳の時に後妻として迎えた乙美。
その乙美が死んでからというもの、あらゆることに気力をなくしてしまった良平は、
食事もろくに取らず、風呂も入らない。そんな良平のもとへ、真っ黒に日焼けした
肌に金髪の19歳の少女、井本がやってきた。なんでも乙美の教え子であり、自分が
死んだ後四十九日の頃まで、夫の身の回りを面倒見てやってくれと頼まれたのだとか。
あれこれ2人でもめているうちに娘の百合子も帰ってきて…。

アルコールやセックスなど、様々な依存を抱えた女性が集まるリボンハウスという
互助施設で、絵手紙のほか女性たちに身の回りの事も教えてくれていたという乙美。
井本もそこで乙美に世話になったのがきっかけで、今回頼まれることになったようです。

百合子は夫と問題があったらしく、しばらく実家に滞在するようです。
百合子が長くいられるよう、部屋も整えていかなくてはいけません。
井本がどこからともなく呼んできたブラジルの青年、ハルミを助っ人に、
部屋を快適に改装します。

この4人の明るく奇妙な生活は、四十九日まで続きます。
四十九日は法事ではなく、宴会のような楽しいものにしてほしい、との乙美の
リクエストにより、乙美の「あしあと帳」を作り、宴会に来た客に見てもらおうと
いうことに。そこで乙美の歩みを書いていくのですが、良平も百合子も書ける
ことがほんの僅かであることに愕然とします。
しかし、家を訪れたリボンハウスの女性たちなどにより、少しずつ文字が埋まって
いき、ついには紙いっぱいに乙美の「あしあと」が書かれるのです。

3人家族の母親。後妻。71歳。料理上手。底抜けに明るい。
サラッと書けてしまう乙美の生涯は、多くの幸せを感じ、そしてそれを人に
与えてくれる深いやさしさを持っていました。

料理や家事は、日常を生きること。その大切さを、愛情を持ってカードに描き、
傷ついた女性たちや家族がまた明日を向いて歩いて行けるように、少しずつ
その力を与えてくれるのです。

日頃接している家族の顔は、ほんの一部分しか知りません。しかしそれ以外の
部分もたしかに持っていますし、それがほかの誰かに大きな影響を与えているのかも
しれません。こんなにもみんなに与えてくれる乙美なのに、あの世からみんなに
向かって「ありがとうー!」と叫んでいるのが聴こえてくるようです。
亡くなっていても、みんなを見守り包んでいてくれるような、そんな乙美の
大きな愛に、じんわりと心が温まる物語です。

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都市伝説のような「噂」が現実に起こる!?

 』の

イラストブックレビューです。

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新発売の香水の広告戦略として、女子高生にモニターになってもらい、
口コミを利用して噂を広めるという手法が取られた。香水はよく売れたが、
都市伝説化された噂のとおりの事件が発生する。

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レインマンが出没して、女の子の足首を切っちゃうんだ。でもね、
ミリエルをつけてると狙われないんだって」。
モニターとしてスカウトされた女子高生たちは、新発売の香水、ミリエルに
ついての噂を広げますが、その中のひとつにこのレインマンの話がありました。
そして、都市伝説のようなこの噂のとおりに、ある女子高生にが殺害されて
しまいました。その死体には両足首から先がなかったのです。

5年前に妻に先立たれ、高校生の娘がいる小暮と、小暮よりも年下だが格上の
女性、名島のコンビが事件を追います。無口な小暮と、頼りない見た目の名島。
最初はかなりぎこちない二人ですが、緩急交えたやりとりで相手にプレッシャーを
与える小暮と、関係者の部屋を見るとその人の全てがわかる、というものすごい
観察・分析能力の高い小暮ペアは、互いに足りない部分を補い合い、徐々に
真相へと近づいていきます。

広告戦略として、口コミを利用する方法はよくありますが、ここに登場する
謎の女社長・杖村は女子高生にターゲットを絞り、彼女たちの前で様々な噂を
披露します。ポジティブだけではなく、ネガティブな噂も流す、というわけです。
誰に迷惑をかける、というわけでもないですが、どうも嫌な気分にさせられます。

そして、その噂どおりの事件がついに発生してしまいます。それも一度ならず
何件も。連続殺人の被害者の1人は、小暮の娘の友人でした。捜査のために帰宅が
遅くなったり、泊まり込みをする小暮。娘も不安がっており、友人の家を泊まり
歩いています。小暮の家庭もまた、不安定な状況に追い込まれているのです。

足首を切る、という異様な事件。広告業界における、欲求を満たすためには手段を選ばない、
という考え方。見た目も中身も、何を考えているのかよくわからない女子高生たち。
娘といる時間が少なすぎて、刑事から制服に戻ろうか、それとも警察をやめようかと
迷う小暮。

興味深いファクターがいくつも出てきて、飽きさせません。
杖村という女性は、何をバックボーンに持ち、どういう生き方をしてきたのか。
小暮の娘は、友人を亡くして情緒不安定のようだが大丈夫だろうか。
名島は、今の仕事に満足しているのだろうか。小暮は事件を解決できるのか。

いろんなカードが少しずつ揃ってきて、解決へと向かう場面は、また緊張感が
高まります。犯人はなるほど、というような人物であり、ふさわしい動機を
持っていますが、何より衝撃なのはラスト一行。思わず凍りつく結末です。
マジかよ… そんな一言をつぶやいてしまう、最後までイッキ読みのミステリです。

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理想郷なんてどこにも存在しないのだ

ユートピア 』の

イラストブックレビューです。

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太平洋を望む美しい港町、鼻崎町。ここは昔からずっとこの町に暮らす住民と、
新たにやって来た住民が混在する町。この町で生まれ育ち、幼い頃の事故に
より、車椅子生活となった小学生の久美香を広告塔に、車椅子利用者を支援する
ブランドを立ち上げた陶芸家のすみれ。しかし、ある噂がネットで流れるように
なってから、歯車が少しずつ狂いだす。

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美しい町の景観に魅せられてやって来た陶芸家のすみれ。ほかにも景観を
気に入ってやってきた芸術家が何人もいる。
そして、夫の転勤により、この町に家族でやってきた光稀。鼻崎町で生まれ育ち、
町の商店街にある仏具店を営んでいる菜々子。

3人の女性は、町で行われた祭りの準備をきっかけに意気投合します。
それぞれ生きて来た環境も、性格も違う女性たち。
すみれは自然派志向のスタイルで、陶芸家として自分を世間に認められたいと
思っています。
光稀には手のかからない小学4年生の娘、彩也子がいます。この町では自分は
よそ者であるという自覚を持ち、発言もハッキリとしていてドライです。
菜々子には、幼稚園の時の事故が原因で車椅子生活となった小学1年生の娘、
久美香がいます。普段は大人しく、あまり主張しないタイプです。

久美香を広告塔にして、車椅子利用者を支援するブランドをつくり、すみれの
作った作品を販売して、その売り上げを寄付するという思いつきは、最初は
順調だったのですが、そのうちおかしな噂が流れはじめます。久美香は本当は
歩けるのではないか、と。

この出来事から、穏やかにつながっていた3人の関係に変化が現れます。
美しい景色の中で仕事をし、満足した生活を送っているのだと思われたい。
自分と自分の娘は、こんなところで燻っているような存在ではない。
娘が歩けるようになるのであれば、何を言われても構わない。

そんな思惑がむき出しになっていくと同時に、過去の殺人事件の犯人が
鼻崎町をうろついている、という噂まで出てきて、3人の関係と徐々に
絡んでいきます。

3人の女性の描写が非常に鮮やかで、クッキリと浮かび上がってくるようです。
彼女たちはエゴイスティックな部分を持ち合わせていますが、常に何かと
闘っている人たちです。それは自分の家族であったり、町の住民であったり、
世間であったり。見えるもの、見えないもの、まさに敵はそこかしこにいるのです。

最初は心を許せる相手のように思えた3人も、物語が進むにつれ、その関係性が
少しずつ変化していきます。ちょっとしたトラブルが、彼女たちの首をじわじわと
閉めていくような、そんな嫌な雰囲気が漂います。

彼女たちにとってのユートピアは見つかったのでしょうか。
少なくとも、すみれと光稀にとっては、鼻崎町はユートピアではなかったようです。
では菜々子にとってはどうか。菜々子はほかの2人とは少し違うようです。
この町に生まれ育ち、結婚して子どもも生まれ、ここで生きていく。
そして娘の久美香のことは、何があっても全力で守る。

町の美しい景色に、見慣れているせいか何も感じていなかった菜々子。
しかし、自分のユートピア探しは娘の久美香が大きくなってからでよいのだ、と
決意したときにはじめて町の景色を美しい、と感じるのです。
菜々子にとってのユートピアは、母親として生きる覚悟を決めたこの鼻崎町で
あるのかもしれません。

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