ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

追い詰められた状況における『カラダの声』の役割とは

火口のふたり 』の

イラストブックレビューです。

 

自分がとても危うい場所に立っているように感じることがあるでしょうか。
顔が青ざめるような状況で、身体の奥でたぎるものがある。
そのたぎる何かに従って行動することは、目の前の状況に目をつぶっているだけ、
と周囲の人は言うかもしれません。しかし、その熱いものに流されていくことで、
燻っていた閉塞感や絶望も流されていくのです。
これは、そんな男女それぞれが感じる欲望と絶望を描いた物語です。

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一時期は兄妹のように過ごした賢次と直子。実家を出てそれぞれが一人暮らしをして
いた頃、いとこ同士でもあるせいかしっくりと肌が馴染み、毎日のように肌を合わせて
いた二人。賢次が元妻と付き合いだした頃から二人は自然と離れていったのです。

賢次は、結婚し娘も生まれましたが、自身の浮気が原因で離婚し、勤めていた銀行も
退職。会社を立ち上げますが、震災の煽りをくらい、融資を受けてとにかく続けるか、
それとも潰してしまうのがいいのか、と悩んでいます。

そんな中、直子が結婚するという話を聞き、懐かしい気持ちになります。直子から直接
電話が来て、買い物と機械のセッティングの協力を頼まれ、ひさびさに再開をした二人。あと数日後に挙式を控えた直子から誘われ、ふたたび身体を重ねます。

二人の関係は、恋人同士というのとは少々異なるように感じます。身体の相性はとても良いようですが、兄妹がじゃれあっているような、動物同士がグルーミングして、気持ち良さそうにしているような、そうした行為の延長のよう。場所を変えたり、設定を変えたりかなりハードに交わっていますけれども、男女のねっとりとした感情のやりとりが感じられません。

直子の体調が良くない時もつきっきりで看病したり、食材を買い込んで手の込んだ料理を作ってあげる。賢次の面倒見の良さは、妹を大切に思う優しさを感じさせますが、身体を合わせる時には自分の中のドロドロとした部分をぶつけているようで、賢次の闇の深さというか、奥底の見えない様子を感じさせます。

賢次の、家族を失い、会社も失いそうな不安。会社を畳んで整理し、一から出直すことが最適だとわかっているのに、目を向けようとしないこと。直子の、結婚相手との新しい生活への不安。賢次に対してするように、自分をさらけ出すことはこの先ないのだ、という諦め。そして、世の中の、原発事故や放射能に関する情報に不安になり、振り回され、それを胸の奥底に抱えながら見えないふりをして、日常生活を営む人々。

誰もが足場が不安定な、大きな火口の淵に立っているのです。そして、穴の底には普段は隠している不安、諦め、絶望が渦巻いています。それを押し流すことができるのは、
セックスによる身体の熱だけなのかもしれません。身体の声だけを聞き、頭の中を空にすることで、次への一歩を踏み出すだけの力を持てるのではないでしょうか。

火口に立ってみなければ目にすることのない欲望という名の熱の塊は、絶望の淵に立った時にこそ、よりいっそう熱く燃え上がっていくものなのかもしれません。そんな欲望をむき出しにしたカラダの声を聞くことで、自らを浄化する。セックスはそうした役割も持っているのかもしれないと思う物語です。

 

このコラムはシミルボンに掲載したものです。

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