ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

ハードボイルドな女探偵は四十肩

静かな炎天 』の

イラストブックレビューです。

静かな炎天 (文春文庫)

静かな炎天 (文春文庫)

 

 

ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。
疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決していく
真夏の日、女探偵の晶はある疑問を抱く。
タフで不運な女探偵、葉村晶の魅力溢れる短編集。

 

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短編集ですが読みごたえあります。
四十過ぎの独身女性。普段はミステリを専門に扱う
吉祥寺の古書店でアルバイトをし、依頼があったときだけ
探偵業を行う、というスタイル。

葉村晶、という女性は不思議な魅力があります。
探偵業のキャリアは十数年。ベテランです。
そのせいか、落ち着いていていつも冷静に物事を見ています。
感情に流されることもあまりないようです。
ただ、理不尽な犯罪者や高圧的な警察の態度には
腹わたが煮えくり返って、時には反撃することも…。
そこも人間らしくて素敵な一面だと思います。

さて、自分と同世代の晶。
かなり優秀な探偵さんのようですね。
女性が1人で探偵業となると、大丈夫かしら?
危ない目にあったりしないかしら?と心配してしまいますが
むやみに危ないところへ突っ込んでいくこともなく
上手に仕事をこなしている姿が印象的です。
それでも以前は痛い目に遭うこともあったようですが…。

そんな晶が四十肩に見舞われてしまいます。
肩が上がらない。食事でモグモグしているだけでも響いて痛い。
バスで隣り合わせた乗客と肩が触れ合えば痛さのあまり悲鳴を上げそうになる。
そんなに痛いのか、かわいそうに…と思っても
古書店の店主は容赦なく彼女に仕事を押し付けると言う…

うう、気の毒です。
そしてまた晶も自分なりに出来る範囲で仕事するんですね。
仕事ができる人でも、体調不良には勝てません。
そして働かざるもの食うべからずという考えもしっかり身についています。
本人も年齢とともに回復力の衰えを感じていて、
歩く距離を増やすなどの対策を講じているというのに。
その矢先の四十肩ですから、なんなんだよと言いたくもなりますよね。

この本に掲載されている事件たちは、さまざまなやるせなさ
がつまっているようです。
飲酒運転により、死亡事故を起こしたのに、その運転者は
服役後にまた飲酒運転をしている。
人徳のある町内会の会長がしようとしていたこと。
無実を証明しようと立てこもってしまった元プロレスラー。

被害に遭った人たちは、日々のつらさを噛みしめるようにして
生きています。晶は、依頼案件を解決することで、すこしでも
そのつらさが緩和されるといい、と思っているのではないでしょうか。
でもしっかり寄り添って、慰めるのは苦手、というのがまた
彼女らしいところでもありますね。

そして作中には、ミステリ作品がいくつも登場します。
晶のバイト先がミステリ古書専門店、ということもあり、
定期的にフェアを開催したり、お客を集めてイベントを行ったり
しています。

こうした情報も楽しいです。
たとえばミステリ・ティーパーティの企画の話では、和菓子なら
坂木司先生を呼んで和菓子のお茶会を、とか
アガサ・クリスティならバートラム・ホテル風のお茶会に、
なんて話が出るわけです。

これはもう、ワクワクしてしまいますね。
本から広がっていく世界には本当に際限がなくて、楽しいです。
こんなお茶会をしている書店があったら行くのに〜!!
なんて身悶えしてしまいました。
でも和菓子も洋菓子も苦手なんですけどね(苦笑)。

嫌な事件もありますが、晶も浸っていられないほどに
古書店店長の富山はいい具合に傍若無人ぶりを発揮しています。
調査に出ずっぱりでようやく終えた晶に向かって、今すぐ
出勤してね、とか。
ひどい。
そして晶の話も聞いてない。
いるなあ、こんな人。
でもお話が暗くなりすぎないのは、この方の力が大きく働いて
いるのは間違いありません。

四十肩を抱え、疲れが1日では取れなくなってきた女探偵。
そんな彼女だからこそ解決できた事件たちは、彼女に
扱われて良かったね、と思うような内容です。
優秀で、クールで、ウェットなのはちょっと苦手、でもって
なぜかちょっぴり不運な女探偵物語です。