ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

稀代の悪女かそれとも女神か。その素顔とは。

悪女について』の

イラストブックレビューです。

 

 

他殺か、自殺か。謎の死を遂げた女性実業家の富小路公子。彼女に関わった二十七人へのインタビューから、次々と驚きの事実が明らかに。人によってまるで違う印象を使い分ける女の生き様を描くミステリー。

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美しき女実業家、富小路公子が転落死しました。元夫、愛人、友人、母親、息子、使用人など彼女と関わったことのある二十七人の男女が、彼女との関係や出来事、彼女への思いを語っていきます。

 

昭和30年代。戦後の復興を遂げ活気付き始めた日本。まだ10代の公子は夜学の簿記の学校へ通っていました。クラスで女性はただ一人。清楚な雰囲気で、周囲の男性は遠巻きに彼女を見ていたのでした。同じクラスの若者は、彼女を自宅まで送り届ける機会があり、その時に彼女の生い立ちを聞きます。自分の母親は育ての母であり、本当の母親ではない事。華族の血を引いている事。それは、彼女のおっとりとした喋り方、控えめで上品な所作などからも納得のいく話でした。

 

そして、一人目の夫に当たる人物は、公子を激しく嫌がっています。公子と付き合い同棲し、結婚を迫られていましたが、その気が無かった男は彼女を捨て、実家に帰ります。地元で親に勧められた相手と結婚したのですが、その時に驚くべき事実が判明します。何と、妊娠していた公子が勝手に彼との婚姻届を出していたのです。その後出産した公子は、彼の親から別れるように頼まれた際に、慰謝料として高額な金額を要求し、受け取ったのです。

 

その金を元手に、公子は飲食店や宝飾店、果ては高級女性向けクラブまで経営し、やり手女実業家としての実績を着々と積み上げていきます。簿記で学習した数字と法律を駆使して、土地転がしのようなことをしつつ、宝飾業においても安物の石に色を塗って出すという危ういこともする。しかしそれはあくまでも「そうに違いない」と発言する人がいるということで、決定的な証拠を掴まれるようなことはありません。実際にやってないのかもしれませんが…。限りなくグレーです。

 

彼女をひどい女だ、と叩く者がいる一方で、彼女の落ち着いた、愛情深い一面を賞賛する者が多いのも面白いところ。美しいものが大好きで、そうしたものを眺めていると心が癒される公子。華族出身で、母親は本当の母ではない、というのも嘘なのですが、上品な仕草や話し方を徹底的に身につけ、自分のものにしていくバイタリティはものすごいものがあります。

 

これだけ精力的に動き回り、仕事でも成功を収めている彼女も年をとるにつれ、埋めることのできない寂しさに悩まされるようになります。弱い部分を見せられると、なんとも切ないような可哀想な気分にもなります。悪女だって人間ですもの、私たちと同じように落ち込むこともありますよね。

 

しかし最後までのんびりと読ませてくれないのがこの物語のすごいところです。ラストに近づくにつれ、彼女の生き方年表のようなものが読者の頭の中に出来上がってきます。それをおさらいした時に、もう驚くばかりです。あんな出来事が起こっていた時に、この人とこんなことしてたんかい!?うわ~そりゃ悪女だよ…と背筋が寒くなります。

 

そんな公子ですが、どうにも憎めないのは、彼女の美しいものを愛する気持ち、純粋で潔癖な部分が芯にあったと思わせるから。超絶計算高い、女性の魅力も頭脳もフル活用して全てを手に入れた彼女の素顔はどんなものだったのか。何を考え、何を感じながら生きていたのか。読んだ人の数だけ、その人が感じた彼女の人間像が浮かび上がる。幾層にも重なった女の生き様を描くミステリーです。

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