ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

苦手なものに挑むことでそれまでと違う自分に出会える

サカナ・レッスン 美味しい日本で寿司に死す』の

イラストブックレビューです。

 

 

ある日、キャスリーンは「魚料理をするのがこわい」という日系アメリカ人女性に出会う。日系人でありながら、魚を恐れる自分に落ち込む女性に同情するとともに、魚料理が欠かせない日本に魚料理怖さ克服するヒントがあるのではないかと考え、キャスリーンは夫とともに日本へやってきた。苦手な魚と向き合い調理し、その性質を理解することで昨日までとは違う自分に出会えることを描いたエッセイ。

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「ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室」の著者であるキャスリーン・フリンが日本を訪れ、日本における魚の調理方法、魚に対する知識や文化を目にし、体験したことを綴ります。

きっかけはある日系アメリカ人女性が発した「魚料理をするのがこわい」という一言。
確かに、肉料理に比べて扱いが面倒なように感じます。雑に扱うと身がほぐれてしまい
ますしね。そして魚をおろすというのも敷居が高い。まるごと一匹の魚を買って自分で
おろしたのはもう何十年も前のこと…。そう、海に囲まれ、こんなにも多様な魚介類を
食べている日本人の私たちですら、自分で魚を調理することに対して、「ちょっと面倒
だな」などと考えてしまうのです。

フランスのル・コルドン・ブルーを卒業したキャスリーンですが、日本の魚の調理に
関しては驚きの連続だったようです。新宿のスシアカデミーで、魚を選ぶポイントから
下ろし方、締め方などの知識を学び、「マジックのようなテクニック」と評しています。講師が述べていた言葉が印象的です。

「魚の下準備を見ることで、生徒たちは食べ物に対して感謝する心を育みます。だから、よりちゃんと食べるようになるんですよ」と彼は言ったのだった。
「自分ですべてやらないにせよ、食べ物の準備にかかる手間を理解すれば、無駄にはできなくなるよね」

そして、移転前の築地も視察。猛スピードで行き交うターレと人、乱雑なようでいて
機能的に運営しているその様子をライブ感いっぱいに描きます。業者以外が入ることの
できないエリアで交わされるやりとりに、ワクワクします。本を通して社会科見学をしているようです。そして、アメリカでは食べるものだと認識されていなかったマグロを
アメリカからの復路便の飛行機で空輸できるようになった出来事など、興味深いトピックもはさみます。

見学の後、築地場外で食べた寿司に舌鼓…とここでトラブル発生。口腔内が人より狭い
キャスリーンは、なかなか噛みきれない生きたイシガキガイに悪戦苦闘。生の魚介類が
苦手な欧米人がまだまだ多いと思われる中での健闘ぶり拍手を送りたい。いやあ、大変
でしたね。

ある時は、知り合いの日本人男性のお宅にお邪魔して、夕飯をご馳走になります。
日本の魚焼きグリルを見て興奮するキャスリーン。これって日本独特のものなんですね。秋刀魚ご飯、秋刀魚の梅煮、刺身、里芋の唐揚げ、イカとゴーヤの炒め物、野菜の煮浸し、そして秋刀魚の寿司。作ってくれたクンペイとその家族の心と美味しい料理の味が、キャスリーンの心に深く染み渡っていきます。料理を通して、言葉以上に伝わるものがあることを教えてくれているかのようです。

こうして、日本であらゆることを吸収したキャスリーンは、自分の中で燻り続けていた
ことに、改めて目を向けます。大切にしていたものを失った悲しさに向き合い、悲しんでいる自分を認めてあげるのです。そうすることができたのは、苦手としていた魚に挑戦し、その性質や美味しく食べるための方法を学び、適切な下準備をすることで、新しい美味しさと「手をかける」ことを厭わない、今までと違う自分を得たことを感じられたからではないでしょうか。

キャスリーンから見た日本への視点は、私たち日本人が日頃何気なく口にしていた
魚料理の美味しさの意味や、そうしたものが食べられることのありがたさ、綿々と続いてきた魚に対する認識や文化を改めて気づかせてくれます。自分がそうした環境で育ったことに感謝を覚えつつ、自分ももっと魚と関わる機会を増やしていきたいと思わせて
くれるエッセイです。

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