ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

凶悪な犯罪を犯した者の居場所と社会のあり方

白い衝動』の

イラストブックレビューです。

 

中高一貫校スクールカウンセラーをしている奥貫千早のもとに、高校一年の野津秋成が訪れた。学校で飼っている山羊を傷つけたこと、そして自分には殺人衝動があることを千早に打ち明ける。一方、過去に起こった凶悪な連続暴行事件の犯人が刑期を終え、この街に住んでいるという。胸騒ぎを覚える千早だが。

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大人しそうな見た目で、頭の回転は早い。理論が飛躍することはあるが冷静であり、殺人衝動は、思春期特有の不安定によるもの。千早は秋成をそのように分析し、彼が学校の山羊を傷つけたという一件は、学校に報告を入れた上で、家族には伝えるものの学校内では公にはせず、秋成の動向を見守っていくということで解決したかのように見えました。

一方、過去に女子校生を狙い後をつけ、怪我を負わせ両親の目の前で暴行するという事件を五件犯した犯罪者が、出所後この街に住んでいるという噂が流れます。公園で金属バットを打ち付けて音を鳴らしている男がその男なのではないかというのです。

この事件の被害者の会の代表が、ラジオパーソナリティーである千早の夫のラジオ番組に登場します。そして、あろうことか、この代表は犯人の実名とともに詳細な住所まで番組中に公表するのです。 そんな中、秋成の母親から彼が自宅に戻らないという連絡を受けます。もしやと思い、犯人の自宅へと駆けつける千早ですが。

多くの人に理解できないような残忍な事件を起こした者が自分の住む場所の近くにいると
いうこと。刑期を終えているのだから、社会が受け入れて行かなくては彼らの行き場が
なくなってしまう。だから彼らを受け入れるべき。千早は大学でそうしたことを研究していましたが、その研究から離れ、結婚して、スクールカウンセラーとしての道を選びます。

千早の夫はラジオパーソナリティーをしていますが、千早のかつて研究していた内容を理解したうえで、彼女との会話の中では、刑期を終えたとはいえ犯罪を犯したことのあるものが近くに住むのは、不快であり不安でもある、とハッキリと発言しています。今回、住所がラジオで流れてしまったことで会社から処分を受け、追い込まれた精神状態となっています。

犯罪を犯した者、これから犯罪を犯す可能性がある者。
そうした者たちを社会が受け入れ、見守って行かなくてはならない。
理屈では理解できても、感情としては納得できるものではありません。実際に身近にもと犯罪者がいたとしたら… 穏やかな気持ちではいられないですし、積極的に関わろうとも思いません。もしかしたらまた、という不安を拭い去るだけのものをどうやって獲得すればいいのだ、という話です。本人から「反省している」という言質を取ったところでその保証はあるのか?過去にあんなことをしているのに?となるのです。

学者とはいえ、そんな多くの人に理解されない人間を受け入れたい、と願う千早はどんな人間なのでしょうか。彼女が研究をしていた頃、中学生の頃、そして幼少期の頃と遡っていくにつれ、そうした考えに至る経過が明らかになっていくのです。

犯罪者の中に生まれる、その者なりの反省や感情。未だ犯罪は犯していないが、いずれ自分を抑えられない時が来るという不安と諦めを抱える少年。犯罪を犯していないのに犯罪者扱いされてしまう心理的苦痛。三者の葛藤や苦しみを立体的に描き、これから起こるかもしれない展開に終始心臓がドキドキします。

罪を犯す者に対して手を差し伸べる者。それは社会的に需要のある存在ではありますが、それはどんな理由で手を差し伸べているのでしょう。手を差し伸べない者たちは、そして被害を受けた者たちはどのように彼らと接するべきなのでしょうか。実際にその立場に立ったところで決して答えは出るものではない。でも、それぞれが考えて、その場所で生きているのだ。そのことを意識し続ける必要があるのではないか。そんなことを感じた物語です。

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