ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

生き抜いてきた先人達を尊敬せずにはいられない物語

『その女、ジルバ   』の

イラストブックレビューです。

 

さる作家先生から『おもしろいよ~』と勧められたのは、今年度の手塚治虫
文化賞を受賞した『その女、ジルバ』というマンガ。さすが大賞受賞作品だけ
あって、ページをめくる手が止まらず全5巻を一気読み。そしてしばらくその
余韻に浸ってしまう、すごい作品でした。

ホステスの平均年齢は何と70歳以上の高齢BAR。そこへ飛び込んだのは
40歳の新人、笛吹新(うすい・あらた)。リストラで売り場から倉庫へと異動、
独身、恋人なし。そんな彼女が決死の思いで入ったBAR OLD JACK &ROSE。
老人だらけの店でアララという源氏名を得た新はどう変わっていくのか。

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ホステスの平均年齢が70歳以上、というちょっと怖いような?お店ですが
季節の料理を出し、ホステスもお客も明るく気のいい人たちで、とても良い雰囲気の
お店です。そして、酸いも甘いも噛み分けたホステスの先輩方からは珠玉のことばが
いくつも出てきます。

楽しめばいいのよ。
この世には遊びに来たの。踊って転んで笑ってそれで80年よ。

私達、あなたに教えたり話したりが楽しいのよ。
40歳なんて伸びざかりなんだと思ったわ。
あなたが素直だからどんどん吸収してくれるもの。

40歳独身、体力的にきつくなってきた仕事、恋人なしのアララ。この先お先
真っ暗…と思っていましたが、店の中では年配のホステスやお客さん達に囲まれ
てギャル扱い。

そんなうれしい環境に甘んじることなく、ホステスとしての仕事を頑張ろうと、
先輩方からいろんなことを素直に学ぼうとするアララに、老女達は素敵な言葉を
かけてくれるのです。元気な先輩方にこんなことを言われたら、なんだか世界が
パアッとひらけてくるような気がします。

アララの実家は福島です。震災の被害に遭いながらも少しずつ復興してきています。
地元で頑張る家族たちを気にしながらも、ブラジル移民であったというジルバママの
人生はどんな風であったのだろうか、と思いを馳せるアララ。マスターや、ホステス
たち、そしてかつてブラジルに住んでいたことがあるというお客などから、ジルバが
日本にやってきた頃や、ジルバの店を立ち上げた頃の様子が少しずつ明らかになって
いきます。

ブラジル移民が移植した当時の様子、戦争の前後。教科書には記載されない遠い彼の
国で起こった出来事は、とても衝撃的で、悲しいものでした。そんな事態に振り回されて人生の谷底に突き落とされたジルバママの怒りや憎しみ、悲しみに胸がしめつけられます。

何もかも失ってボロクズのようになった彼女が、太陽のような輝く笑顔を引っさげて
活躍し、周囲の人間達を笑顔に変えてゆく。その強い光の下には、漆黒のような
闇があったのです。

今の時代を生きる40歳独身女性。戦前、戦後に苦労して生きてきた女性たち。
ブラジルで幼少期から育ち、結婚して子どもも生まれたけれど、日本へ戻る途中で
夫と子どもを失ってしまった女性。

それぞれの時代に、人生に降りかかる災難。それは死にたくなるような出来事も
中にはあったでしょう。無かったことには出来ないけれど、それを乗り越え、
いつの日か輝くような笑顔を、周囲の人に向けることができたら。
傷ついた人を光で包み込み、笑顔を引き出すことができたら。

良心、素直さ、愛情。人生の先輩たちはそれぞれの思いを柱に、今現在までを
生きてきたのです。それは、よく生きてきてくれた、という感動と、生き抜いて
きたそのしなやかさに尊敬せずにはいられないコミックです。

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