ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

音楽によって、人は世界を共有できる

蜜蜂と遠雷   』の

イラストブックレビューです。

 

 

近年、その覇者が音楽界の寵児となり、世界中から注目される芳ヶ江国際ピアノ
コンクール。自宅にピアノがない16歳の少年、風間塵。かつて天才少女と言われながら、母の死以来弾けなくなってしまった20歳の音大生、栄伝亜矢。楽器店に勤めながら
練習に励む28歳のサラリーマン、高島明石。完璧な技術と優れた音楽性を持つ19歳の
マサル。彼らの戦いの火蓋が切られた。

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才能溢れる4人の男女が繰り広げる戦い。
クラシックの常識を打ち破るような、それでいて感情を揺さぶられる演奏をする
風間塵。何と彼はピアノを持っていない(!)とか。彼を認めることは、これまでの
クラシックピアノ界の在り方を否定することにもなりかねない。著名な審査員をも
悩ます、型破りの奏者です。

栄伝亜矢は、幼い頃から天才と言われ、コンサートなども行ってきました。
しかし、母親が死んだ後のコンサートで、ピアノを弾くことなく会場を後にして
しまいます。以来、人前で演奏することもなく、自分で楽しむ程度に弾いて
いましたが、知人に勧められて音大を受け、合格。今回のコンクールでは
7年ぶりに人前で演奏することになります。

楽器店に勤め、妻も子どももいる28歳のサラリーマン、高島明石。参加者の中では
最年長クラスであり、仕事もしながら毎日練習し、改めてピアノ演奏への喜びを
感じながらも、今回がコンクールへの最後の挑戦となるだろうと考えています。

そして、華やかな容姿と、洗練された立ち位置振る舞い、加えて完璧な技術と
見事な楽曲の解釈・表現力で有力な優勝候補とされているマサル・カルロス・
レヴィ・アナトール。彼は少年時代に出会った、自分にピアノを弾くきっかけを
与えてくれた日本人の少女に思いを馳せていました。

物語の中心人物となる4人は、それぞれの人生を生きてきて、今回のコンクールに
のぞみます。タイプは異なりますが、彼らの指から紡ぎ出される音は、粒となって
聴くものの耳に、そして心に沁みこんでいきます。

見ないようにしていた心の蓋を開けられ、つかみ出されて、
さらに揺さぶられるような。
柔らかく、温かいもので包まれているような。
何かに駆り立てられているような。
激しく突き落とされ、やがて優しく立ち上がらせてくれるような。

音楽というものが、曲により、曲の解釈により、そして奏者や聴く者により
実に様々な世界を与えてくれるのです。優れた奏者というのは、聴くものの魂の
部分にまで到達するような音を作り出すものなのでしょう。

ピアノの演奏の表現も、ここまで多様に、そしてまるで自分がコンクール会場の
観客の一人として、流れる演奏に身を委ねているような、そんな気分にさせて
くれる恩田さんはさすがですね。クラシックピアノ界の現状と背景、演奏曲の
テクニック上のキモの部分、そして何より芸術の神様に愛されるピアニストたちの
感性とピアノへとの付き合い方などを余すことなく描いていて、ピアノに無縁な
方でも存分に楽しめる内容です。

天才たちが実力を遺憾なく発揮し、作りあげ招き入れてくれる世界。
生きる世界全てが音楽に感じる彼らだからこそ、その音は聴くものの奥にまで深く
届き、魂を揺さぶるのかもしれません。

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