『四百三十円の神様 』の
イラストブックレビューです。
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- 作者: 加藤元
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2019/02/20
- メディア: 文庫
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牛丼屋でアルバイトをしている、大学生の岩田。
夜明けの時間帯、眠気と戦う岩田のもとへやってきたのは、同じアルバイト仲間の
彼女だという派手な女。「助けて」と訴える彼女の願いとは。いろんな「気づき」の
瞬間を描く珠玉の短編集。
夜明けの牛丼屋にやってきた女は、同じアルバイト仲間である西崎の彼女だという。
西崎が彼女の財布を持って出て行ってしまったために、昨日から何も食べていない。
だから助けて欲しい、と女は岩田へ訴えます。ここは牛丼屋ですが、岩田はアルバイトの身です。戸惑う岩田に助けの手が。
牛皿とお酒を前に、俯き加減で一人カウンターに座っていたおじさんが、
「いいよ。俺が払うから、その姉ちゃんに何か食わせてやりな」
と言ってくれたのです。
思わぬ申し出に「神様みたいな人」と喜ぶ彼女。
その発言に、自分の子供の頃の事を思い出す岩田。プロ野球入りしたが、2軍で活躍の
ないまま引退した父親の影響で、野球を続けてきた岩田。母親の反対を受け入れず、
スポーツ推薦で大学の野球部に入るも故障してしまい、部活にも顔を出さず、バイトを
はじめたのでした。
そんな鬱屈した状態である岩田の前に現れた、地味なおっさんは、自分が夢を追いかけていた頃に尊敬していた野球選手を思い出させたのでした。人生には輝くときがあり、それは永遠ではない。若い岩田には切なく、そしてまぎれもない現実として目の前に立ちはだかる事実でもありました。
しかし、その輝く時が過ぎても、夢が断たれても生きていくということには価値があります。それまで柱としてきた夢が壊れても、そこで人生は終わりではない。
別の、次の道へと顔を向けてもいい。そんな「気づき」を岩田は得ることができたのではないでしょうか。
他にも、動物病院に猫を連れてきた、背中に立派な刺青を入れた老人と獣医の関わり、
おばあちゃんが孫に伝える九月一日という日、いたずらをする小学生に注意する女性が持つ過去など、普段の目線では気がつかなかった、人間の一面や知らなかった状況、人々の思いに「気づく」瞬間を描いています。
辛い時や壁に当たったとき、視野が狭まってしまうのは無理もないこと。
その狭くなった視野に光を差し込んでくれるようなきっかけは、ほんのささいな出来事だったりします。でもその出来事の価値に自分が気づいたとき、世界は自分をあたたかく包み、今までと違った輝きを放つ。そんなことを気付かせてくれるような短編集です。