ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

握った手からこぼれ落ちていく愛

こぼれる 』の

イラストブックレビューです。

 

 

高校を卒業後、福島から上京し、本屋でバイトをしている22歳の雫。
ふとしたきっかけで知り合った大介に一目惚れした。しかし彼には妻と子供が
いた。交際するも、その関係に思い悩み、別れを決意する雫だったのだが。
雫、大介、雫に一方的に思いを寄せる大学生、大介の妻、それぞれの視点で
描く連作短編集。

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高校の頃、付き合っていた彼は俳優を目指して東京へ出ると言いました。
現実を見ろと説得した雫でしたがが、彼は夢を叶えるべく東京へ。取り残された雫は、
彼を忘れられず、『東京へ行けば何とかなる』という思いで上京してきたのです。

本屋のバイトとして働き、店長の芳江さんも雫を娘のように可愛がってくれて
います。ある日、雫は大介と知り合い、付き合うことになります。
雫の視点からは、大介への思いが溢れて、会えば喜びでいっぱいになり、
妻と子供のいる家へ必ず帰っていく彼に、身をちぎられるような寂しさを感じて
います。雫の方からは大介にもっと一緒にいてほしい、とは言えません。

いずれ終わりを迎える関係だと思いながらも止められない思いに、悩み苦しむ
雫は、芳江に相談し、ようやく別れを決意。その背中を押してもらいます。
その気持ちを大介に伝えようとした日に、雫にある出来事が降りかかります。

雫、大介、雫に思いを寄せる大学生の島田、大介の妻、千尋のそれぞれの視点で
物語は綴られて行きます。

大介は、雫を失ってから、大介への気持ちが綴られた彼女の文章を読んで、深い
絶望と悲しみに襲われます。

大学生の島田は雫に一方的に思いを寄せ、何と雫が不在の時に彼女の部屋へ盗聴器を
仕掛けます。島田の幼馴染の茜は、挙動不審な島田を心配しているのですが…。

千尋は大介の浮気に気がついていましたが、言い出す事ができず、情緒不安定に
なっていました。風太に八つ当たりしてしまったり、鬱病の気がある、と診断されて
います。雫と大介の関係が終わった時に彼女が取った行動と、決意した思いとは。

雫と大介、ひとつのカップルは周囲に大きな波紋を広げていきました。
しかも、本人たちも楽しいだけでなく、自分たちが会って思いを寄せることで
苦しむ人がいる、ということを自覚した上での逢瀬です。好きな気持ちが
止められないから、と続けた交際の代償はとても大きなものでした。

大介と千尋の夫婦は別れる事なく、夫婦生活を続けていくのですが、互いに
抱えることになった事実はとても重く、これからも消えそうにありません。
ただ、千尋は大介の全てを許したわけではないのですが、それでも大介への
思いが変わらない のです。

千尋は雫との浮気は知っているけれども、彼女についての話題を出すことを
大介に禁じます。これは大介にとって一番辛い状況であると言えます。
大介は家庭では良い夫、良い父ではありますが、千尋にしてみれば妻や母以外の自分を
認めてもらいたかったのかもしれません。妻や母としての自分は愛されていて、
女としては雫が愛されている。そんな風に感じていたのかもしれません。

好きなもの同士が感情を優先して交際するという事に、何と多くの人々の感情を
巻き込んでいくのか。人を愛する気持ちは、人を幸せにし、成長させ、そして
苦しめる。そうした様々な感情を状況と巧みに絡み合わせた、心に残る連作短編集です。

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