ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

本当にあってほしい、出版界のお仕事小説

クローバー・レイン 』の

イラストブックレビューです。

編集

 

大手出版社、千石社の文芸担当編集者、工藤彰彦29歳。ある日ふと手にした
落ち目の作家の原稿に心を奪われ、本にしたいと強く願う。ところが会社では
なかなかGOサインが出ない。あらゆる手を講じて必死に出版への道を模索する
彰彦だが。

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老舗出版社の編集者として働く彰彦は、ソツなく仕事をこなしていました。
あるパーティーで、酔ってしまった作家、家永を自宅まで送り届けます。
家永はかつては良い作品を出していましたが、この頃は作品の質も落ち、
作家としては落ち目というイメージでした。

家永を送り届け、介抱した後、原稿を見つけた彰彦は家永に断って読み始めます。
それは、心の奥深くに届くような素晴らしい作品でした。家永の了解を取りつけ、
さっそく編集長に取り合ってみる彰彦ですが。

売れないものは出さない。出版不況の折、どんな良い作品であっても、出版社が
「売れる要素」を見出せなければ本として出すことはできません。わかりやすい
判断基準としては、過去の実績。ヒットした作品がずっと出ていない家永の作品は
あらゆる経費をかけて出版するに値しない、と判断されます。

これまで、売れ筋の作家を担当してきた彰彦。売れない作家には断りこそすれ、
内部に断られたのは初めての経験でした。まずは編集長にとにかく原稿を読ませ、
先輩編集者にどうしたら出版できるか相談し、販売部門へ味方を求めて伺い…。

販売部門の若きエースに相談したところ、けんもほろろに断られます。
販売部にいた立場としてはわかるわあ、といったところです(笑)。
本は出したらおしまい、あとよろしく売ってね、じゃ済まされないんだよ!と
いうところをよく描いてくれています。

知らんぷりしていないで、パブ対策に書店まわりなど、編集者だって、いや
編集者だからこそ書店や読者に訴えることができる部分があるだろうが!と
いうことですね。彰彦は驚き、知らなかった自分に恥じ、素直にアドバイス
受け、自分にできることをどんどんやっていこうと決意します。
編集者の鏡ですね。いや、やれって言った手前で何ですけども、編集者は
ミチミチと分刻みに動いていたり細かくあれこれ気を回さなくちゃいけない仕事
なので、プラス販売活動ってすごく大変なことなんですよ。

でも、大変だから自分はやらない、じゃなくて、この本を出したい、売りたい、
だからできることはなんでもやる!という姿勢が素晴らしいし、周囲の人も
協力したいという気持ちになっていくのです。

出版、販売まわりの描写から、家永とその娘を巡る小説内での引用の問題、そして少しずつ
明らかになる彰彦が胸に抱えているしこりのようなもの。あらゆるものが、ひとつの
方向に向かって動いていきます。この本なぜ出したいのか。誰に読んで欲しいのか。

たった一人の大切な人に読んでもらいたいと、シンプルだけれども強い思いが
あったからこそ、彰彦は駆け抜けることができたのでしょう。
良い作品だからといって、売れる要素が何一つなければ本として出すことが
難しい今の出版業界。だからこそ、こうして良い作品を見つけ出し、世の中に
本にして送り出すという情熱と行動力を持った編集者や販売担当がどこかで
頑張っているのだと思いたい。本当にあった話だと思いたい、そんな物語です。

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