『待ってよ』のイラストブックレビューです。
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- 作者: 蜂須賀敬明
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/06/08
- メディア: 文庫
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興行で、とある都市に訪れた手品師のベリーは、案内してくれた妊婦のこうこに
「生まれそう。」と言われ、彼女の出産を手伝うことを決意。導かれ、着いた場所は
なんと墓場。ここから死体を出すのを手伝ってくれ、と言う。「墓荒らしはしたくない」と
激しく抵抗するベリーだったが。
ここは時間が逆向きに流れる街。人は墓場から老人の姿で生まれてきます。
そして日に日に若返っていくのです。
墓から生まれてきた老人(=我が子)を、20〜40代くらいの見た目の
大人(=親)がお世話をします。老人は時を経るごとにどんどんと若返り、
赤ちゃんになり、娘の腹の中に帰り、腹の中でもだんだんと小さくなり、
消滅、つまり死を迎えます。
見た目が若い者ほど長く生きているということですから、小・中学生の姿を
した少年が、三十代くらいの男性を叱ったりすることが当たり前にあります。
そして、生まれた時はシミとシワだらけのヨボヨボの老人であったのが
時が経つにつれ、肌にハリが戻り、会話の内容が豊かになり、できることが
増えていきます。だんだんとできることが増えるようになっていくのは、
我々の世界の、赤ちゃんが成長していくのと近いようにも感じます。
若返りが進み、やがて歩けなくなり、小さな赤ちゃんの姿になると
死へ向かう不安から逃れるように娘の乳を吸い、泣き叫び、そして眠ります。
死へ向かう段階では、だんだんと親とのコミュニケーション取るのが難しく
なり、お世話の手間も増えていきます。老人の姿の親を介護する事との違いは、
見た目が赤ちゃんで可愛らしいくらいでしょうか。
たった一人でマジシャンとして世界を渡り歩いてきたベリーは、自分の常識や
考えが全く通用しない世界に苛立ちや戸惑いを感じます。しかし、そうした違いが
あるからこそ、彼らの言葉が真っ直ぐに胸をうち、ベリーの孤独なへそ曲がりの
性格に、良い影響を与えたようです。
自分だけが時とともに老化していくこの世界で生きていくことを決意したベリー。
時の流れがさかさでも、人を愛する気持ち、大切にしたいという気持ちに
変わりはないのだということに気がつきます。
様々な形の愛を受け取ったベリーは、今度は様々な形でその愛を周囲に与えていくのです。
生への喜び、死への不安。体の成長具合が異なるゆえに発生する不安。
そして変わっていく愛するものの姿と、変わらない愛の形。
生きること、死ぬこととはどういうことなのか。
幸せな生き方、死に方とは何か。
さまざまな角度から生と死について考えさせてくれる、感動の物語です。