ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

日本の小さな島のセンス・オブ・ワンダー

 

『海うそ 』のイラストブックレビューです。

 

昭和の初め、人文地理学の研究者である秋野は、研究のため
南九州の小さな島、遅島へ赴く。かつて修験道の霊山があったその島の、
豊かで変化に富んだ自然と、人々の祈りの痕跡が秋野の心を強く捉える。
50年後、再び遅島を訪れた秋野が見たものは。

f:id:nukoco:20181203134259j:plain

 

秋野が研究の調査として訪れたのは、南九州にある小さな島。
本土とは異なる豊かな自然、鳥や獣たち、そして南国と北九州の文化が
融合したような家屋など、目にするものすべてが、秋野の心を捉えます。
婚約者が自殺し、心に傷を負った秋野は、研究に没頭することで、
答えの出ない問題に目を向けることを避けていたのかもしれません。

島で見られる、珍しい草花。鳥の鳴き声。増え続けている野生のヤギ。
崖の上からこちらをじっと見つめる鹿の黒く濡れた瞳。
少し歩けばじっとりと汗をかく、湿気の多い森の中。

前半は、この島の、鳥や動物たちの鳴き声、海からの風の音、スコールの
ような激しい雨音などが描写され、まさに人が住むための最低限の手しか
入っていない、豊かな自然の様子が描かれています。

中盤から後半にかけては、島の中でも人の手がかかったところが描かれています。
島の中に建つ住居の様式や、取り壊された寺院の後、かつて石切場であった場所。
連綿と続いてきた島の営みの中に現れる人間の足跡が、読む者の心の中にも
ポタリと落ちるインクのように染み込んでいきます。

そして、島の地域の名前や海から突出する岩、沼の名前など、島に古くから
伝わる言い伝えとともに、その名称がこれまでにどのように変化し、現在の
形に至ったか、ということに思索を巡らせます。

島の豊かな自然と、人間の手にはどうにもならない未知の力に畏れを抱く。
島の人々は、島の自然に、神に寄り添い島と共にそこに存在しているのです。
自然に逆らわず、その恵みにあやかり、静かに暮らす彼らは何か尊いもののように
感じられます。

50年後、再び島を訪れた秋野が目にしたものは、再開発のために山を
削られ、コンクリートで固める工事中の、変わり果てた島の姿でした。
秋野は絶望しますが、島の昔の様子を語るうちに落ち着いてきます。
50年前の状態ですら、変化の結果であったことを。そして、島は、
これからも変化し続けるのだということを悟るのです。

自然や人が営んできたものは、確実に今に生きる我々につながっています。
その流れの中の一つとして自分が存在しているのだということを
この物語は教えてくれます。そして、それはどこか懐かしく、恐ろしくもあり、
何故だかとても強く惹きつけられるのです。

にほんブログ村 本ブログへ
本・書籍ランキング