ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

「美」の世界への切符を持つ者と持たざる者

異邦人(いりびと)  』の

イラストブックレビューです。

 

篁画廊の専務、篁一輝と結婚した菜穂は、出産を控えて京都へと
逗留していた。京都の画廊で出会った一枚の絵に強く惹かれた菜穂は
その絵を描いた画家と会えることになったのだが。「美」に翻弄される
人々の隆盛と凋落を描いた物語。

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菜穂は気が強く、気分屋なところがありますが、絵に対する審美眼は
超一流です。彼女が見つけ出した無名の画家の作品が、数年後に何倍もの
値段をつけるということが何度もあったのです。多くの美術品を蒐集し、
しまいには美術館まで作ることになった祖父の血を継いでいるのでしょう。

夫の一輝は、篁画廊の跡取りで、社長である父のもとで専務として
働いています。こちらは真面目に仕事をこなす、実直な青年という印象です。
そして菜穂の母親、つまり、一輝にとっては義母となる有吉克子の存在が
問題です。菜穂と出会う前に、特別な関係になりそうになったことが
一度あるのです。

社交的で色気溢れる克子は、今でも冗談とも本気ともつかない態度で、
一輝を食事に誘ったりしています。娘のことで婿を呼び出す、といった
形ですね。一輝のほうも、大きな金額が動く画商の世界で生きているので
真っ向から否定するような態度はせずに、でも肯定もせずに上手に克子を
あしらっています。真面目で主張しないタイプの人間かと思いきや
意外と世慣れている部分を持っているのですね。

東北で起きた震災の後に、妊娠が発覚した菜穂は、克子の強い勧めで
京都での生活をはじめます。気の乗らない様子の菜穂でしたが、ある画廊を
訪ね、そこで一枚の絵に出会います。そのとき菜穂は

自分の中で、何かが、ことりと動く感じがあった。
いや、違う。動いたのではない。刺さったのだ。
菜穂の胸中に、得体の知れない感情が、つむじ風のように巻き起こった。
絵もいわれぬ感情。見果てぬ欲望の予感があった。

と、感じています。
「美」を見つけ、求めるものはこのように、自分の深い部分で作品を
感じていて、そして感じてしまったならば手に入れずにはいられない
ようです。「美」を感知する素晴らしいセンサーを持ちながらも、
資金が底なしにあるわけでないので、手に入れられない苦しみも
発生するのです。

一方、名画の売買が済み、一時入金した相手にお金を持ち逃げされた
篁画廊は倒産の危機に見舞われます。有吉家の持つ名画を売るように
克子のもとへ説得しにいく一輝でしたが…。

美しい絵の価値を見抜く者、そうした絵を描く者。彼らは、誰にも
代わることのできない才能を持っています。しかし、そうした唯一の
存在であるゆえに、孤独でもあります。
一方、才能はないけれどもそうした「美」の世界に関わる者は、自分では
ない誰かの決めた価値によって、大きな利益をあげます。孤独では
ありませんが、誰かの、何かの力に振り回されているような印象を受けます。

京都という古都を舞台にして、背景や人の心を照らす光と影を鮮やかに描いた
美しい絵画のような物語です。

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