ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

奏者とピアノに寄り添い、美しい音を作り出す

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

羊と鋼の森』の

イラストブックレビューです。

 

高校生の時にピアノ調律師の板鳥と出会って以来、調律に魅せられた外村は
調律師として働きはじめます。個性豊かな先輩たちや顧客である双子の姉妹に
囲まれながら、調律の森へと深く入っていくのです。

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北海道の山の中で育った外村は、音楽やピアノとは無縁の生活を送っていました。
しかし、板鳥の調律したピアノの音に反応します。そのピアノの音は
外村が生きて以来初めて「美しい」という言葉を意識させます。そして
外村が連想する美しいものが、何とも豊かなのです。

それから、例えば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。
その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。
ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝云々せいで、山全体が発光しているか
のような光景を僕は毎年のように見てきた。

調律師として働き始めた頃、先輩よりももちろん経験は浅く、そして音楽を
聞いてきた量が多くないことに引け目を感じている外村ですが、こうした
生きてきた環境の中に溢れる色や音がとても美しく、豊かであることに
気がつくのです。

顧客である双子の姉妹の姉の演奏からも、こうした静かな美しさを感じます。
奏者のクセや能力に合わせて音を調節することも技術として大事ですが、
音から美しい物を感じ取る感性が、調律師には必要なのかもしれません。

早く確実な調律、気候や、奏者のレベル、使用頻度を鑑みて、最適な音を
作り出す仕事、調律師。彼らは決して表に出ることはありませんが、
とても繊細で、高い集中力を要する大変な仕事であることが伺えます。

本書でもう一つ注目したいのは、音に対する表現の多様性と美しさです。
美しい音を聞いた外村が体で感じたのは「耳から首筋にかけて鳥肌が
たっていた」こと。そしてその音は、

美しかった。粒が揃っていて、端正で、つやつやしていた。

のです。
他にも音が目に見えるような、いきいきとした表現をあちこちに見せて
くれます。

音のひとつひとつが連なって、いくつかの塊となって流れていくのが音楽。
調律師はそのひとつひとつを端正に整えて、単音で、または塊となった時に
美しい全体像を作り出す仕事です。美しい森は一本一本の木が、青々と茂り、
それだけでも美しいけれども、森として多くの木が連なった時に、重なり合い
集まるが故の複雑な美しさを生み出すのです。そうしたバランスを見ながら
美しい森を作り出すのにも似た仕事なのだと言えます。

何ができたら、どうなればゴールとなるのか分からない。森が広すぎて、
大きすぎて、どのように整えたら良いか分からない。外村が踏み入れたのは
そんな広大な音の森の世界。しかし、自分の美しいと感じる音、感じさせる
音を目指してコツコツと、ただコツコツと調律へと向かうのです。

静かな森に分け入ったような雰囲気と、そこから聞こえてくる音を
耳にして心が落ち着き癒されていくのを感じます。目だけでなく、耳も、
心も楽しめる感動の物語です。