ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

思い、続けながら生きていくということ

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

手のひらの音符 』の

イラストブックレビューです。

 

デザイナーの水樹は45歳、独身。仕事が好きで頑張ってきたが、
会社が服飾事業から撤退することに。途方にくれる水樹に、中高の同級生、
憲吾から恩師の入院を知らせる電話が入る。見舞いのために帰省する最中、
懐かしい記憶が蘇る。あの頃が水樹に新たな力を与えてくれる。

 

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好きなことを仕事にして、一途に頑張ってきた水樹。しかし、会社からは
当該事業の撤退を告げられ、転職を検討しなければならない事態に追い込まれます。
何とか次の会社を見つけた水樹ですが、デザインとは関連のない仕事。
しかし、このご時世で、この年齢での転職を考えたら恵まれた条件であるし、
デザイナーとしての転職を希望するのも厳しい状況です。

モヤモヤとした気持ちを抱える水樹のもとにかかってきた一本の電話は、
高校時代の恩師が入院中との連絡でした。お見舞いに行く道すがら、
子ども時代から高校までの記憶が思い出されていきます。

同じ団地に住んでいた三兄弟。思いを寄せていた次男の信也のこと。
貧しいけれども、その中からきれいなものや楽しいものを見つけていた日々。
内職して家計を助けていた母を手伝い、人形の洋服作りのビーズやレースを
縫い付けたりしていた水樹は、手先が器用なこともあって、作業も嫌がる
ことなく行っていました。そして、お金がないので洋服も買えず、持っている
服をアレンジして作り、着ていったところ、先生にそのセンスを認められて、
服飾系の専門学校を目指したらどうか、と勧められるのです。

そうした出来事と同時に、三兄弟との思い出が常にあります。
陽気で人気者だった信也は、長男の正浩が亡くなってから様子が変わります。
無口で人と関わらないようになっていきます。今でこそ発達障害と言われるような
弟の悠人の面倒を見ながら、周囲からの圧力などにも屈せず、毅然とした態度で
立っているのです。

水樹と信也は互いに心を寄せ合いながらも、付き合うことはなく、やがて連絡も
取れなくなり、25年以上の時が経ちます。先生をお見舞いに行ったり、連絡を
くれた同級生の憲吾と話をしているうちに、信也のことを心の片隅にいつも
感じていることを気付かされるのです。

状況はどう見ても苦しくて、続けて行くことが困難だし、意味がないようにも
思える。そんな中で、自分が生きて育ってきた環境を振り返り、「この道を行く」と
決めた瞬間とその時の気持ちを思い出します。
せねばならない、するべきだ、という考えから解放され、残ったのはシンプル
な自分。つまり「好きだ」という気持ちなのです。

生きてきた自分に起こった物事の全てが、今の自分に繋がっている。
関わってきた全ての人が今の自分を作り出すことに関係している。そうした事実に
気づいた水樹に訪れるのは大きな奇跡です。いや、奇跡でもなく、思い続けた
結果がもたらした当然の出来事なのかもしれません。

思い続けることの大切さ、生きていることの愛しさが込み上げてくるような、
素敵な物語です。このままでいいのだろうか、と生き方に悩んでいる人に
オススメです。