ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

ほんのひととき息をつける 我が家ではない場所

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

ミナトホテルの裏庭には 』の

イラストブックレビューです。

 

祖父から、大正末期に建てられた宿泊施設「ミナトホテル」の
裏庭の鍵探しを頼まれた芯輔。金一封につられて赴いた先は
「わけあり」のお客だけを泊める変わったところ。さらには
失踪したホテルの猫まで捜すことに。

 

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芯輔は祖父と2人暮らし。口数の少ない芯輔ですが、祖父には
信頼を寄せていて、互いに依存はせず、困った時には協力する。
歳が離れていながらも、なんとなくイーブンで、尊重し合って
いる様子が伺えます。

祖父は「互助会」という数名の友人での集まりに参加しています。
集会は、メンバーの自宅を順番に回っているため、芯輔もメンバー
顔見知りであり、話しかけられれば応えたりしています。
祖父の仲間と知り合いというのもちょっほっこりします。

その互助会メンバーの一人、陽子さんの一周忌を、彼女が経営していた
ホテルの裏庭でやりたいのだが、裏庭へ出る扉の鍵がない。
そこで芯輔が鍵を探すよう頼まれたのです。もちろん謝礼ありで。

お金に惹かれて引き受けた芯輔でしたが、いざホテルへ出向くと
今しがたホテルから脱走していった猫の捜索や、夜間ホテルの受付など
様々なことを頼まれてしまいます。

お金を貯めようと、あらゆる事に頑張る芯輔。
陽子さんの願いを叶えようとする互助会のメンバー
陽子さんの息子であり、ミナトホテルを継いだ篤彦。
ホテルに長期滞在する桐子さんと息子の葵くん。
付き合っていた男性の「自分が彼女なのだ」と主張する女性から
手切れ金を渡され一方的に別れるよう宣告された花岡さん。

一人一人が、ハッキリとした輪郭を持って存在し、その人物にふさわしい
言葉を発しています。
登場するどのメンバーも、心がちぎれてしまいそうな、辛く悲しい思いを
胸に持っていて、それでも日常を穏やかに、自分で自分に叱咤激励しながら
生きています。その思いがあるからこそ、今の彼らがいて、そして新たな
答えや生き方を見つけることができるのでしょう。

悩みや苦しみを抱えながらも決して暗くはならず、軽くて暖かい空気が
本書には漂っています。それは、彼らが悩みや苦しみから目をそらさず、まっすぐに
顔を上げているから。苦しい心を抱えているから、人の痛みにもやさしく
寄り添うことができる。そんな彼らの、在り方がこの物語に温度を加えて
いるのでしょう。

自宅で眠れない「わけあり」のお客だけ泊めるミナトホテル。
最低限のサービスしかせず、お客の話を聞くこともしません。
ほんのわずかでも、そうした場所があるということが、ギリギリまでがんばって
いる人にとって大切なことになるのです。
そうして心と身体を休める「場」を提供し、静かにお客を見守ることは
登場人物たちの根底に流れる考え方や思いと共通しているものなのかもしれません。