ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

「死」へと向かう者の愛おしくせつない「生」

余命10年』の

イラストブックレビューです。

二十歳の茉莉は、数万人に一人という不治の病にかかり、
自分の余命が10年であることを知る。未来を諦め、趣味に
情熱を注ぎ、恋はしないと決めていた茉莉だったのだが…。

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二十歳という、人生の未来に胸をときめかせ、輝くばかりの
エネルギーに溢れているであろう時期に、難病が発覚した茉莉。
それでも、病気と徹底して向き合い、希望を持って治療に望みます。
しかし、ネットで調べてみても、希望的な要素は何一つなく、
辛い治療をひととおりこなし、告げられた未来への時間が
変わることはない、と理解します。

さらに彼女は明るくていい子、というキャラクターを自覚していたため、
自分が落ち込んでいては家族が心配すると思い、キレたり
落ち込んだ姿を極力見せずに、淡々と日々を過ごします。
自分の病気に対する怒りや、他人の未来ある生への嫉妬など、
ドロドロとした気持ちに蓋をしていたのでしょう。

一度退院した茉莉が出会ったのは、コスプレの世界。手先の器用さから
友人の衣装を作ってあげると、高い評価を得ます。そして、マンガも
描き始め、同人誌としてそこそこ売れるようにもなったことから、病気ゆえに
行動も制限され、何もできないと思っていた自分が認められた、
価値があるのだ、ということに気づき、喜びを感じます。

そんな中、小学校時代の同窓会で出会った和人と恋に落ちます。
最初は病気の事を隠して。そして、隠しきれなくなって病気の事を
話した後、和人に別れを告げます。余命三年、という時期でした。

二十歳からの10年間。なにかを始めるには短く、なにもしないで
いるには長い期間。彼女は趣味の世界で花開き、認められ、生きている
喜びを感じます。そして、愛する人と出会った時。胸が熱くなるような
強い喜びとともに、未来がない事への激しい絶望感が訪れるのです。

彼女の余命を、周囲の人全てが知っているわけではありません。
何気ない悩みや自慢、寄せられる同情が矢のように彼女の心に
グサグサと突き刺さる状況に胸が痛みます。相手は知らないのだから
仕方ない、とイラつきながらも受け流していた茉莉がついに
キレたのは、やはり和人と出会ったから。

和人と心を寄せ合った事で、茉莉の心の奥底にある冷たい塊が
溶け出したようです。そして身体から流れた熱いものが、感情の蓋を
こじ開け、外へと流れ出していったのです。これまでの、周囲からの
期待や印象どおりに振舞っていた茉莉ではなくて、湧き上がる思いを
認め、表に出すありのままの茉莉になったのです。

二人の関係は、とことん相手のことを思いやっています。そのことが
また、途切れるであろう未来と照らし合わせると、悲痛な気持ちになるのです。
自分の死と向き合い、生を続ける愛しいものたちに向けた、茉莉の
静かでまっすぐで、深く切ない愛は、読む者をやわらかく、大きく
包んでくれます。儚く透明な美しさを持った、恋愛物語です。