ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

その愛の形に言葉を失う物語

彼女がその名を知らない鳥たち 』の

イラストブックレビューです。

8年前に別れた男、黒崎を忘れられない十和子。
その淋しさから、15も歳上の陣治と暮らし始める。
下品で地位もお金もない陣治に嫌悪感をあらわにしながらも
離れられないでいる。そんな時、黒崎が行方不明になったという
事を知った十和子は激しく動揺し、陣治が黒崎を殺したのでは
ないかと疑い始めるが…。

f:id:nukoco:20180729224903j:plain

かつて黒崎にボロボロにされながらも、忘れられない十和子。
陣治の金で、アパートに住み、働くこともなく、DVDをレンタルしては
日がな一日中眺めている。その陣治に対しては、不潔であったり
へつらうような態度に苛立ちと嫌悪感と同時に、陣治への複雑な
愛情を感じたりしている。めんどくさい女性です。

一方、陣治は、以前は大手の建設会社に勤めていたのですが、
優秀でありながら高卒であった陣治は、会社では使いづらく、次第に
居場所を失っていきます。毎日のように愚痴をこぼす陣治に
十和子はサッサとやめてしまえ!とハッパをかけまくります。
このあたりでは、多少なりとも2人の間には愛情のようなものが
わかりやすく存在していたと思うのですが。

十和子は非常に不安定な精神の持ち主。人と目を合わせる事が
できず、近所の人ともろくに挨拶を交わせないほど。
黒崎が行方不明という連絡を受けた十和子は、激しく動揺し、
黒崎は陣治に殺されたのではないかと疑問持ち始めます。
そんな十和子が、黒崎に雰囲気の似た別の男性と接点を持った時。
それがトリガーとなって、あっと驚くラストまで、怒涛の展開を見せます。

十和子、陣治、黒崎…。どれもクズの集まりのようで、最低な大人たち、
という言葉がぴったり。しかし、彼らなりに相手を愛していることが
伝わってきます。

メチャクチャにされても、忘れられない愛。今の自分を救い出してくれる
幻を見せてくれる愛。伴侶のように、親のように、ただ包み込む事に
幸せを感じる愛。
眉をひそめるようなやりとりばかりなのに、こんなにも多くの愛が
この作品には潜んでいるのです。

衝撃のラスト読んだ後、しばし呆然としてしまいました。
そのタイトルどおり、読む者の思いが鳥となって大空を飛んでいって
しまったようです。残ったのは軽やかな闇。薄いけれども消える事の
ない闇なのです。そんな深い余韻を残す物語です。