ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

どう足掻いても逃れられない地獄

いまのはなんだ?地獄かな 』の

イラストブックレビューです。

いまのはなんだ? 地獄かな (光文社文庫)

いまのはなんだ? 地獄かな (光文社文庫)


 

 

五十八歳で初めて子供を得た小説家、愛葉條司。
家族クソくらえ、の條司であったが、子育ての喜びを知る。
幸福な日々の中に潜む家族の闇。それは娘が三歳になる直前に
姿を表した。

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心身ともに相性の良い、歳の離れた若い女房。
條司は若い頃はやんちゃもしていたが、この頃はまあ落ち着いてきた。
しかし、子持ちの家族礼賛主義は鼻持ちならない。特に
年賀状に子供の写真を載せる奴の気がしれない…と一人称で
語り始めます。

自分の子供が生まれると一転、その気持ちはよくわかるのだ、
と娘の成長、小さな柔らかい重み、熱、香り、全てを
愛おしい気持ちでとらえるようになります。
気難しいオヤジが、小さな娘を前にデレデレとなっている様子は
微笑ましくもあります。作家である彼はそんな自分を俯瞰して眺め
様々な表現を持って、娘への愛を書き綴っています。

これが花村萬月?と首を傾げてしまうような、文学的な表現の
数々。そこには暴力もエロも宗教も出てこないのです。
新しい手法になったのかな?と思いつつ、娘の成長とともに
ページを進めると何やら不穏な空気が漂いはじめます。

心身ともに相性が良い、と思っていた妻が突然姿を消します。
娘の泣き顔ばかりを数千枚も撮った画像ファイルを残して。
泣いている娘を助けるのではなく、ただカメラを向けている
と思われる画像です。これはゾッとします。わざわざ撮るために
泣かせたこともあるのではないか…。これは娘にとってはもちろん、
気づけなかった父親である自分にも地獄です。

娘と2人で條司は暮らし始め、育児に奮闘します。
一年後には娘と車で日本中を気ままにドライブする旅に出かけます。
街中では見られない、大自然に触れさせたい。心に残る体験を
させたい。たまに母を恋しがる娘を宥めつつ旅を続けていた二人に
妻から別れて以来、初の連絡が入ります。
物語はそこからまた別次元の地獄に入っていくのです。

子供は母親を求めるもの。父親はどんなに子供に尽くしても
母親には敵わない部分があること。家族という形は、脆いバランスの
上で成り立っていること。誰かが誰かを思う気持ち、方向、その
強さが少し変わっただけであっという間に崩れてしまうのです。

子供が子供らしく生きていけることは親の最大の願いですが
そのことが親を疲弊させ、摩耗させていく一面もあるのです。
最後の結末には、ほんとうに地獄へ突き落とされます。
胸が苦しくなって、言葉が出てきませんでした。
さすが花村萬月。暴力とセックスはないけれど、逃れられない
地獄を知っている。