ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

わが子と、ひとりの人間と向き合うということ

Aではない君と 』の

イラストブックレビューです。

Aではない君と (講談社文庫)

Aではない君と (講談社文庫)

 

 

元妻が引き取った息子の翼が、死体遺棄の容疑で逮捕された。
父として息子の何を理解していたのか?
世界が崩れるような感覚の中で、事件について一言も発しない
翼の本意を必死に探ろうとする。

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殺人事件を起こした中学生の息子を持つ父親の物語です。
妻とは離婚し、元妻が引き取った息子の翼と3ヶ月に一度程度
共に食事をしていた吉永。
仕事も順調で、現在の交際相手には近いうちにプロポーズするつもり。
そんな吉永にかかってきたのは、息子が同級生の殺害事件で
逮捕された、という元妻からの電話でした。

吉永は信じられない気持ちで翼と面会しますが、翼は
何も話そうとはしません。警察の取り調べをはじめ、弁護士にも
事件について一切口を開かないのです。

元妻は鬱病を患っており、今回のことでパニック障害も併発。
吉永は自分で弁護士を調べ、協力してもらうことにします。
面会においても翼に必死に話しかけますが、帰ってくるのは
激しい憎しみだったり、何も宿さない無表情な目つきだったり。

吉永が翼の、殺人犯の父親として腹をくくるには時間がかかります。
息子が逮捕された事を会社に隠したり、ネット上に殺人犯の母子として
写真を晒されてしまった事に対して、密かに自分でなくて良かったと
安堵したり。

息子と会う回数が減っていたのも、現在の彼女と交際していたことと
関係していて、お世辞にもいい父親とは言い難いです。
しかし、もし自分が同じ立場であったらどうか?
行動以前に、事実を認めるまでに相当時間がかかり、頭が働かなく
なるのではないかと思います。その点、弁護士を手配したりと
何か行動を起こしたのはまだマシと言えるかもしれません。

母親は、仕事が忙しく翼のことをよく見てあげられなかったという
負い目、父親も翼が会いたがっていた時に会ってやれなかったという
負い目から、翼と面会するときはどうにも及び腰です。
やがて殺人を認めた翼ですが、相変わらず事件については何ひとつ
語りません。そこで吉永は翼の付添人になる事を決意します。

翼が友人を殺害したのは壮絶なイジメが原因でした。
殺した事に罪悪感や反省の気持ちを持たない翼は、吉永にこう尋ねます。

心を殺すのはゆるされるのにどうしてからだを殺しちゃいけないの?

心を殺される事で、うまく生きていけなくなってしまう人もいる。
自殺まで追い込まれてしまう人もいる。
でも心を殺したことは外から見えない。警察に捕まることもない。
吉永はうまく答えられずに、翼の反省を促すことはできませんでした。

その回答を息子にできるのは、翼が鑑別所から出所してしばらく
たってからのことです。アルバイトはじめてひとりでの生活も
板についてきた翼に、殺してしまった友人の家に、謝罪に行こうと
吉永が提案したときのことです。

たとえ翼の苦しむ姿を目の当たりにしなきゃいけなかったとしても、
生きていればこうやって話をしたり、作ってくれた料理を食べたり、
翼の成長を感じて喜ぶことができる。翼のことを見守っていられるんだ。
藤井さんにはもう叶わないことだ。

殺人を犯した自分に対して、生きていてくれて良かったと父親が
心の底から言ってくれた。そのことで、はじめて翼は殺した友人の
家族の心まで殺してしまった事に気がつくのです。
14歳という年齢は、個人差はあると思いますが学校と家が世界の
全てです。そこでイジメ受けるのは、学校が地獄になるということ。
家に戻っても頼りになる人間がいなければ、地獄から脱出する術は
自分だけで考えなければなりません。
そして、地獄の度合いが激しければ激しいほど、思いつめてその状況を
終わらせようとするでしょう。

翼は決してひねくれた子供ではなく、根は素直で優しい性質です。
そんな彼が追い詰められていく状況は痛ましく、親として何か
助けてやれなかったのかと、読みながら歯噛みしてしまいます。
しかし、起こってしまった事は消す事は出来ない。
どうであれ、生きていかなくてはならず、どこまでも子どもに
寄り添い、サポートしていかなくてはならないのです。
そして、少なからず、そこには成長を見守ることができる、という
喜びも伴うものなのです。

わが子と、ひとりの人間と向き合うということは、こんなにも
エネルギーと覚悟がいるものなのかと改めて考えさせられて
しまいます。読み進めていくのが苦しくなりますが、読まずには
いられません。今後の父子がどのように生きていくのか。
深い余韻を残す物語です。