ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

取り扱いに注意が必要な珍しいもの

奇貨 』の

イラストブックレビューです。

奇貨 (新潮文庫)

奇貨 (新潮文庫)


 
 

 

男友だちも無く、女との恋も知らない45歳の中年男、本田は
35歳でレスビアンの女性、七島と同居し、その友情の深まりに
満足していたのだが。

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本田は、ゲイでもなく、男友だちも無く、女は好きだが情熱は無く、
女からは安心できる害のない存在として認められているが、
心を寄せられることはありません。本田は世の中の枠としては
はみ出してはいないけれども、人が他者の存在によって自分を
明確にするのだとすれば、ひどく曖昧な人間ということになります。
または自らも他者をそんなに必要としない人間。

そんな本田は、レズビアンの七島と出会い、同居をし、
友情を深めていきます。他人と関わりを続けていくことは本田にとって
新鮮な心情であったことが想像できます。
他人との関わりが続かない本田と、レズビアンである七島は、現代社会において
珍しい存在であり生きにくい面を持つところが共通していて、気が合ったのでしょうか。
あるいは、本田の孤独さ加減が、自分の趣向を公表したくない七島に
とって居心地の良いものであったのかもしれません。

一方本田は、七島に対し、そのまっすぐな思考回路や彼女の恋愛話を
聞き、彼女の生きる姿勢や強さに魅力を感じています。
肉体的には性行為をできない体なので(糖尿病により)、妹のような
尊敬する女友達のような気持ちで彼女を見守っています。

気軽な女友達のような関係を良好に保ってきたふたり。
しかし、七島に新たな女友達が出来ることで、2人の関係に変化が
訪れます。七島は本田と話をすることがなくなり、女友達と長々と
電話でしゃべっています。寂しさや見守ろうという気持ちが錯綜した
本田は、なんと七島の部屋に盗聴器をしかけてしまいます。

電話での会話を盗み聞きしているうちに、七島の友人との話し方は
自分と話す時と異なることに気づき、嫉妬を感じます。
しかし、やがてそれは親しい友達を得る、という状況に対して
嫉妬し、自分が激しくそれを望んでいたことに気がつくのです。

本田は七島のことを奇貨だ、と表現しました。
奇貨とは珍しいもののこと。友情を育んでいた、と思った七島を
珍しいものとして、眺めていたいと感じていたようです。
その時点で、本田という男はやはり誰とも距離を縮めることは
難しい人間なのかもしれません。

七島の変化を眺めるのでは無く、話しかけて、聞いてやるべき
だったのです。人との関係に対して憧れを持つことはあっても
実際に自ら行動を起こさない、または違った方向に行動を起こして
しまうのが本田という男なのでしょう。
居心地がいい、というのは案外何もない、空っぽの状態だから
と言えるかもしれません。

空っぽの本田と、ギュッと身のつまった七島。
それぞれの感情の動きを細かく、ていねいに書き綴っています。
七島は美しく珍しい生きもの、と表現されています。
美しい生き物には取り扱いに注意が必要です。
眺めているだけでは共に生きていくことはできない、そんな
ことを伝えてくれる物語です。