『蟋蟀』の
イラストブックレビューです。
馬、河童、蟋蟀、猫などさまざまな生き物をモチーフに
日常と非日常の境界線を描き出す、読めば読むほど
クセになる 11物語。
手を握ると相手の人生が見える女性の話、祖母の腰に
入った蟋蟀の入れ墨の話、大手商社の妻たちが加入し
楽しむ猫語サークル、河童の死後の話…
ひとつひとつのお話は静かに進行していき、幻想的で
現実ではあり得ない世界ながら、すんなりと入っていけるのは
美しくて静かな描写ゆえでしょうか。
短編ですから、一編はあっという間に終わり、えっ そこで!?
というラストも多々あります。
しかしそれは、尻切れとんぼなのではなく、読者の側で
ラストを考えさせられるものばかり。ですからひとつひとつの
話を読み終わるごとに、主人公の今後について、しばし思いを
馳せることとなります。
どのお話の中にも人間の愚かさや、どうにもならない悲しみや
切なさといった感情が漂っています。
それらが重すぎずにさらりと読めるのは、やはり文章の
美しさ、やわらかのおかげかなと思います。
天狗に河童、ユニコーンまで出てきますが、おとぎ話のような
完全なる非現実というわけでもなく、しっかりと現実を感じさせて
くれます。
各話短いながらも、人の生き様を見せつけられるような、
しっかり芯の通っている話のように感じました。
何度か読むと、各話のラストが示すものの解釈が変わって
いくのかもしれないな、とも思います。
不思議な世界でクセになる、そんな短編集でした。