ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

「今」だから感じられる 小さな幸せ

あなたは、誰かの大切な人  』の

イラストブックレビューです。

 

あなたは、誰かの大切な人 (講談社文庫)
 

 

歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない
人の存在に気が付いた時の温かい気持ちを描く珠玉の六編。

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咲子が訪れたのは、メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガンの邸宅。
かつてのビジネスパートナーが見たがっていた建物。しかし、彼は目を患い、
視力のほとんどを無くしていました。
彼の代わりに、私が彼の目となってこの建物を見る。
そんな決意でやってきたバラガン邸とは。

互いに元気で、仕事も順調だった頃、ビジネスパートナーとして
プロジェクトをこなした2人。
純粋に仕事上の付き合いであり、咲子には夫がいて、 青柳には
妻子が いました。

夢を語る青柳は力に溢れ、理想を語り、ぐんぐんと前に進んでいきます。
そんな青柳にあきれたり感心しながら、咲子は彼の実力を認めて
いくようになります。
エネルギッシュな性質ゆえ、青柳が大手ゼネコンから独立して事務所を立ち上げて
いくと、今度は妻子がついていけずに彼から離れていきました。

咲子は夫がいる身でありながら、常に誰か別の恋人を持っていました。
夫や仕事に不満を持っていたわけではありません。
ただ自分が女であることを証明するかのように恋愛を繰り返します。

仕事で成果をあげ、一見順調そうに見える2人。
でも、どこかが欠けている2人でもあります。
その欠けた部分を仕事上で補い合い、互いにバランスを
取っている、という関係だったのかもしれません。
あるいは、相手が持つ、自分の不足している部分が光り輝いて見えて、
自分の闇を照らしてくれるように感じていたのか。

2人の関係は、友情以上、恋愛未満、とサラッと一言では片付けられない
気がします。
やり甲斐のある仕事を協力して達成したことにより深い絆が発生するでしょう。
そして、飲み仲間である側面から、お互いの家庭の事情や未来に関する不安など、
深いところで感情や気持ちを共有している相手でもあります。
この関係を何というのか。
名前をつけようとすること自体が無粋なのかもしれませんね。

咲子が訪れたルイス・バラガン邸。
建物の形、色、窓から切り取った景色、そして空間。
読んでいると、その建物に足を踏み入れたような感覚を覚えます。
必要最低限のものだけを置いたその空間は、
壁や窓からの光の効果を最大限に生かしています。
壁の色がピンク??と一瞬驚きますが、読み進めるにつれ、
その邸宅がとても落ち着いた空間であることがわかります。

咲子が最後にたどり着いたのは食堂。
そこにあった食器に書いてあった言葉は「孤独」。
乳がんを患い、夫と離婚した咲子。
別れた妻子と再び生活を共にし、失明の恐怖に沈む青柳。
問題を抱え、未来が見えない恐怖に打ちひしがれ、立ち止まり
後ろを振り返っていた咲子。

しかし、人間は孤独である、ということを深く理解した
瞬間が訪れたのです。
この言葉は、咲子の目から口に、咀嚼して肚の中へ、
そして身体に染み込ませていくのです。
置いていかれる寂しさとは違い、孤独と共に歩んでいく、
という決意を感じます。

心の深い、奥底に潜んでいる感情がふとしたきっかけで、
表に出てきてしまうことがあります。そのきっかけは、
良いことばかりではなくて、悲しいこともあったりするのだけど、
その感情を見つめ、納得することは悪いことではありません。

年齢を重ねて生きていくことは、それだけ多くのものを
背負ってきたということです。奥底に追いやった感情も
多くあると思いますし、またそうしなければやっていけなかった
一面もあるでしょう。

そうした女性たちが、ふとしたきっかけから自分の感情や
今まで感じなかった人との絆に気づく、「今」だからその幸せに
気づくことができた、そんな物語たちです。
歳を取るのも案外悪くない、そう思える短編集。